弐百肆拾漆.神の住まう処
雪「そ、そんな恐れ多いところに、私なんかが」
俺「恐れ多いというか、ただの快適便利空間ってだけだけどね」
それどころかたまに放置された神域にただの人が迷い込んで神隠しにあってしまうお騒がせ空間でもある。
俺「上賀茂神社は賀茂別雷大神っていう神さまが住んでいるんだけど、その神さまは今は隠居して世界旅行中なんだ。だから、ここにいるのは私と雪の2人だけなんだよ」
雪「そんな、お留守の家に勝手に上がり込んじゃって大丈夫なんですか?」
俺「ん、大丈夫じゃないかな。天照はしょっちゅう勝手に使ってるみたいだし。それに私は賀茂別雷大神の加護をもらってるしね」
代々受け継ぐものを除いて、加護を受けるにはその神さまが直接授けないといけないことになっているので、覚えていないけど俺は少なくとも一度は賀茂別雷大神と会っているはずなのだ。
雪「あっ」
俺は話を打ち切るように雪の烏帽子を外した。まとめていた髪の一部が解けて絹のような髪がふぁさと広がった。その後、自分の烏帽子も外した。神域に入ったからもう人目を気にする必要はない。
俺「どこかにお屋敷があるはずだから、まずそれを探そ」
雪「はい」
探すと言っても、大抵は道なりに進んで行けばそれなりの場所に出る。罠や認識阻害の結界があったりするので、そういうのに引っ掛からないようにさえ気を付けておけば問題ない。
雪「かぐや姫さま、そちらは崖ではございませんか?」
俺「大丈夫。こっちであってるよ」
足元の道は真っ直ぐに崖の方へと伸びている。
雪「え? あ、ちょっと、あの、落ちちゃいます。……ダメッ!!」
慌てて俺にしがみつく雪。しかし、俺はそんな雪の手を取って引っ張った。雪は一歩二歩とよろめくように前に出た。
雪「あ、あれ?」
俺「どうしたの?」
雪「だって、ここは崖のはずなのに……」
いたずらが成功してにこにこしている俺の顔を見て不思議そうにしている雪に種明かしをしてあげた。
俺「この辺りは認識阻害の結界があるせいで、見た目は崖だけど実は地面があるんだよ」
雪「えっ?」
半信半疑の雪が、俺にしがみついたまま恐る恐る足を伸ばしてあたりを踏みしめた。そして、そっと俺から手を離す。
雪「ほんと。空中に浮いてるみたい」
俺「ふふふー。すごいでしょ。ほら、こんな風に走ったって大丈夫なんだよ」
雪「か、かぐや姫さま!」
まだまだおっかなびっくりの雪を挑発するように、軽やかにステップを踏んで踊るように空中を駆け回ってみせる俺。
雪「かぐや姫さま~」
いつもしっかりしている雪が珍しくおろおろしている様子に何か満足感を感じた俺は更に大胆にステップを踏んでみせる。
その時、突然、天地が入れ替わった。
ドスンッ
雪「かぐや姫さまっ!!!」