弐百肆拾陸.葵祭
葵祭、現代ではそう呼ばれている祭りがある。平安時代には葵はまだシンボルとしては使われておらず、ただ祭りとのみ呼ばれていた。
現代では5月15日に行われるその祭りは、古くは卯月の中酉の日に行われていた。波乱に満ちた俺の満1歳の誕生日から1週間ほど後のことだ。
中納言の湿布になっていた雨は昨日ようやく帰ってきたが、ショックで寝込んでしまっている。夜中に俺の布団の中に忍び込もうとしてきて蹴り出したのが効いて少し元気になっていたが、まだ外に出られそうではない。
墨は猫耳と尻尾が目立って人目につくところに連れていけないので、今回の祭りは雪と2人きりでのお出かけになる。
俺「雪と2人きりって考えてみたら久しぶりだね」
雪「そういえば」
俺「今日は一日よろしくね」
女の身で、しかも今や公卿の娘となった身分では外出するにも牛車に乗って供を付けるのが当然なのだが、せっかく雪と2人きりなのに供を付けるとか全く嬉しくない。だから今回も例によって男装することにした。
臨時祭のときは衣冠を適当な貴族から(無断で)借りたが、今回は参内する訳ではないのでカジュアルな狩衣でいい。
俺のはいつもの服でいいとして雪の分をどうするかだが、雨がもともと着ていた服が余っていたので丈を伸ばす形で仕立て直すことにした。雨が湿布になっている間に仕立ててしまったので、出かけるときに雨が文句を言っていたが、雨だしいいよね。
俺「大丈夫。誰も居ないわ。さ、早く」
雪「はい」
屋敷の塀に空けた秘密の扉から外に出た俺たちは、真っ直ぐに上賀茂神社へと向かって歩いて行った。葵祭では御所から下鴨神社を経て上賀茂神社まで行列ができるのだが、まだ時間が早いので沿道に人は集まってはいなかった。
2人で手をつないで道を歩いて行くとなんかデートみたいな気がしてくる。まあ、デートなんだけど。
雪「あの、かぐや姫さま、今日はどちらに?」
俺「沿道から見ると場所取りとか大変だし、人目があって落ち着いて見れないかもしれないから、今回は特等席から観覧しようかなと思ってね」
雪「特等席?」
俺「うん。神様と同じ所でお祭りを見るのも楽しいかなって」
臨時祭の時もそうだったが、この時代、祭りと言っても屋台が立ったりするわけではない。そもそも祭りは神様に祈願したり感謝を捧げたりする行事であって、屋台は祭りが庶民のものになった後にできたおまけなのだ。
じゃあ見どころはどこかというと、葵祭は臨時祭と違って規模が大きいのでいろいろあるのだが、やはり一番の見所は先に説明した行列、中でも斎王を中心とした女人列だろう、俺的に。しかも最近、斎王が代替わりして若くて美人で有名なんだよね。
雪「かぐや姫さまの方がずっと美人です」
俺「ありがと。雪もかわいいよ」
雪「わ、私なんてそんな、とんでもないです」
なんてべたべたであまあまな雰囲気を醸し出しながら上賀茂神社への道のりを歩いていた。男装しているので傍から見れば男2人が手をつないであまあまな会話をしているわけで、どう見えていたのか若干不安だ。
そうしているうちにいつのまにか上賀茂神社に到着していた。もうちょっとラブラブで歩いていたかったのに。
さて、境内をうろうろしていて人に見つかると面倒なのでさっさと神域に入ってしまおう。
上賀茂神社の神域の扉を開くのは実のところこれが初めてだが、春日神社や杵築大社で神域の出入りには慣れたので、すぐに入り口を見つけて中へと入った。
ちなみに神域に入るのに特別な資格が必要なわけではない。入り口の場所と入り方さえ知っていれば誰でも入れるし、出口と出方を知っていれば誰でも出られる。ただ、普通の人はそんな知識はないし、万が一偶然入っても出方が分からないので、自由に出入りしているのは神さまくらいしかいないのだ。
雪「ここは!?」
俺「あ、雪は神域は初めてなんだっけ」
Xmas番外編で雪の話をしなかったのは直後に雪とのツーショットが控えていたからでした。