弐百肆拾壱.自分で招き寄せていやがる
それから30分後、俺たちは内裏上空にいた。
俺『なあ、天照、この服は何なんだ?』
天照『この世を治めるの資格があるのは姫ちゃんだってことを教えてあげるの』
俺『話が繋がってないし、この世を治めるつもりなんてないし』
天照『この服は、黄櫨染っていう染色をした衣でね、帝しか着ちゃいけない服ってことになってるんだって。この色は太陽の色らしいよ』
なるほど。これがあの黄櫨染か。五節の舞の時には着ていなかったから、今まで見たことがなかった。
天照『それから、姫ちゃんが来てるのは黄丹の衣。それは皇太子しか着ちゃいけないんだって』
俺『へー、ってちょっと待て。俺はこの世は治めないって言ってるだろ』
天照『自分が誰のお陰でその地位についているのか忘れた愚か者には、ご先祖様が誰なのかをもう一度思い出させてあげるのよ』
怒りで我を忘れているのだわ。鎮めなきゃ、谷が、じゃなくて俺が!
と、そう言えば何で夜なのにこんなに明るいんだろう?
天照との会話に集中していて気が付かなかったが、よく見ると天照の周囲に輝く光球が幾つも浮かんでいた。しかも、どんどん数が増えていく。
俺『人死だけはやめてください』
光球はいつか見たミニ太陽と同じものだと気づいた俺は、その最悪の結末を想像して本気でお願いした。あれは1個でも俺の手に余るのに、あんな数があったら平安京が琵琶湖に代わって日本一の湖になっても不思議じゃない。
天照『何言ってるの、姫ちゃん。これはただの話し合いよ。話し合い(にっこり』
そんな雰囲気に見えねー!
俺『とりあえずその物騒なミニ太陽を消してください』
天照は今更気づいたように手を一振りしてミニ太陽を掻き消した。
地上では上空に出現した未確認飛行物体に気づいた衛兵たちが集まってきていた。
俺『ああっ、見つかっちゃったじゃん』
うろたえる俺を尻目に天照は平然と衛兵の集まる地上へと降り立った。俺も慌てて後に続く。もうこれは人が死なないことだけを目標に頑張るしかない。
天照『退け』
現代語で言ったその言葉、衛兵たちには何の意味か全く分からなかったはずだが、取り囲んでいた衛兵たちはあっさりと道を空けた。行き先は清涼殿、夜の御殿である。
ずかずかと清涼殿に上がりこみ、昼の御座を抜けて手を一振りすると、夜の御殿の南北の妻戸がいっせいに開いた。
その間、宿直の者たちはぴくりとも動かない。いや、動けなかった。最高神、天照大御神が人型を取って衆目の中に降臨しているのだ。垂れ流される神力に気を抜けば精神が持って行かれてしまう。
天照『お前が当代の帝か? 今回は私の姫ちゃんが世話になったようだな』
帝「な、何者!?」
天照『自分がどの神に祈っているかも分からなくなるとは、世も末だな』
帝「お前たち、早くこの者を排除しろっ」
天照のプレッシャーの中でも帝が心が折れていないのは、ニニギの時に得た加護がまだ生きているからということなのだろう。つまり、帝も中納言や右大臣と同様加護持ちだということだ。
帝「お前、誰の許可を得て、その黄櫨染の衣を着ているのだ」
天照『お前こそ、誰の許しを得てその地位に座ってられると思っているのだ?』