弐百参拾参.骨折り損
それから小一時間、墨の魅惑のもふもふを堪能した後、ふと我に返ると雪がなにやら慌てていた。
雪「かぐや姫さま、さっき連絡が入ったばかりなのですがっ」
俺「雪、どうしたの?」
ぐったりとしている墨を床に寝かせて、俺は慌てる雪の手を取った。中宮の身に何かあったんだろうか?
雪「中納言さまが倒れられたそうです」
俺「ええっ! 中納言? 中宮じゃなくて?」
雪「中納言さまです。どこからか落ちられたとのことで、しばらく公務をお休みになられるようです」
俺「公務を休むって、結構大変なことなんじゃ?」
雪「詳しいことまでは……」
ただごとではないと思った俺は、すぐに三羽烏を呼び出した。
俺(中納言に何が起きたか知ってるか?)
三羽烏はお互いの顔を見合わすと、首を傾げた。
俺(お前たち、仕事はどうなってるんだっ!?)
三羽烏(あっ、あの、最近は中宮さまと明子さまと寛子さまの監視を重点的にとおっしゃってましたので……)
三羽烏の恐る恐るの抗議に、そういえばそんなことを言った記憶もあることを思い出した。
俺(あー、まあ、その、それじゃ、今から中納言の様子を探ってきてくれ)
三羽烏(…………)
俺(さっさと行けっ)
ジト目で見てくるカラスたちを追い立てると、視覚をカラスたちに繋いだ。程なくして三羽烏は中納言の屋敷に到着した。
屋敷全体をざっと眺めてみたが、鬼のいそうな雰囲気はない。もういなくなったのか、それとも息を潜めているだけなのか。
中に入って中納言を探すと、脂汗を流しながら寝ている様子が見えた。その隣には医者らしき人物が座っている。何やら前の大納言の時とは違い、深刻な容態のようだ。
中納言の着物ははだけられていて、腰回りに添え木が当てられ、しっかりと布で固定されていた。部屋にはお香が焚かれている他、枕元には薬の瓶らしきものが置かれている。中身は分からないが、気付け薬や痛み止めのたぐいだろうか。
落ちたってことは、腰の当たりを骨折したってことなんだろうか。だとしたら大変なことなんじゃないか?
この時代、レントゲンもギプスもないので、骨折したら経験を頼りに骨をくっつけて添え木で固定するくらいしかできることはない。でも、腰の骨は添え木くらいで簡単に固定できるはずもないのでたとえ治っても間違いなくずれが残ってしまうに違いない。
それにもしかして脊椎を損傷しているようなことがあったら……
俺『雨!』
雨(何ー、ご主人さまー?)
俺『お前、骨折の治療とかできるか?』
雨(腕の骨折くらいならできるけど)
俺『腰だ』
雨(うーん。そういうのは大国主の得意技だと思うんだけどね)
俺『大国主か』