弐百参拾弐.燕と猫
雪「中宮さまは大丈夫でしょうか?」
俺「大したことじゃないって本人は言ってるけど」
時は卯月中旬。中宮から観月の会に呼ばれていたのだが、中宮の体調不良が原因で急遽中止の連絡が入った。
雪「だといいんですけど、こういうことは初めてですから」
人のいい雪は自分のことのように中宮のことを心配しているが、俺も別な意味で心配していた。雪には話していないが、中宮に何者かの手で鬼が憑いていた件のことを思い出したからだ。
天照の手で鬼は浄化され、中宮にも未来の子どもにも加護が与えられて鬼に対抗できる力を身につけたものの、その犯人が誰かはまだ分かっていない。
だから、その誰かが別の方法で再び中宮に手を出してきているという可能性は捨てきれないのだ。
俺「大丈夫よ。何かあっても私が何とかするわ」
俺は雪を安心させるように力強く言った。本当は何かあるようなことにならないのがいいんだけど。
墨「にゃー、にゃっ」
墨のちょっと興奮気味の声が聞こえてきて、俺と雪は会話を中断してそちらの方へと視線を向けた。
墨「にゃにゃっ」
見ると、墨が縁側で背伸びをして手を伸ばして振り回している。どうやら燕がいるらしい。
そういえば、もうすっかり燕の季節になったのだ。冬の間は全く見なかった燕たちだが、暖かくなってまた戻ってきて巣作りをしていた。
雪「もう初夏ですからね」
旧暦で卯月と言えば新暦では5月頃になってもう暦の上では初夏だ。まだ気温は夏というほどでもないが、植物も動物も生き物の種類や数がどんどん増えて、世界が急速に賑やかになっていく。
俺「そういえば、燕といえば……」
雪「どうしましたか?」
中納言の課題は燕の子安貝だったけれど、そろそろ探し始めたのだろうか。見つかるわけないと思うんだけど。
中宮も中納言の課題については何やら気にしていたし、個人的にも中納言とは竹仁として顔見知りなので、どういう状況になっているのか興味があるといえばある。まあ、だからといって結婚する気は毛頭ないんだけど。
俺「何でもないわ」
雪「そうですか」
そんな話をする間も、墨はぴょんぴょん飛び始めて燕に夢中だ。ああ、可愛いなぁ。あのぴょこぴょこ動く耳に尻尾……
俺は我慢できなくなって、墨の後ろにこっそりと近づいて一気に飛びつくと心からもふもふを堪能した。
墨「にゃぁっ、ひっ、姫さまっ。あん、だめです。そこは敏感だから……」
もふもふもふもふ
雨(いいなぁ。僕も尻尾を生やしたらあんな風に巨乳に溺れさせてもらえるのかなぁ)




