弐百参拾壱.寝落ち
天照と月☆読が喧嘩しても、月☆読が空に飛んでいっても、誰もそのことで騒いだりはしなかった。もう十分みんなできあがっているようだ。はらはらしたのは俺だけか。
雪「天照さま、かぐや姫さま……」
雪に声を掛けられ振り返ると、そこには俺の知らない雪がいた。
雪「ちょっとそこに座ってください」
具体的に言うと、目が、大変座っていらっしゃった。
雪「さっきから聞いていると、お2人とも飲み過ぎです」
俺「あの、私はまだ1滴も呑んでないんですけど」
雪「かぐや姫さまは昼間飲み過ぎましたっ!」
俺「は、はいっ」
どう見ても雪の方が飲み過ぎに見えるが、それを指摘するとさらに怒られそうなので黙っておくことにした。それにしても、雪ってば酔うとすせり姫とは別の方向性で絡むんだな。覚えとこ。
雪「天照さまもかぐや姫さまも、ご自分の立場を分かってらっしゃるのですか?」
天照『分かってるもん。でも、あたしは姫ちゃんが好きなの! 雪ちゃんまでそんなこと言うの?』
雪「そういうことじゃないんです。ただ、ちょっとご自分の持ってる力のことを考えるべきだと申し上げているんです」
と言って、雪は天井に空いた大穴を指した。
天照『あ、あ、あ、あれはなんて言うか、ついうっかり』
雪「世界を滅ぼす力を持った方がついうっかりでは困ります!」
天照『すみません……』
雪「かぐや姫さまもですよっ」
俺「ごめんなさい」
目が座ったままの雪はそのくらいでは許してくれず、さらに延々と説教をされることになり、天照と俺は並んで正座をしたまま雪の赦しを待って耐え続けた。なにせ全部正論で耳が痛すぎる。
すー、すー、すー
俺(……おい、天照。天照!)
信じられないことに、雪の説教を受けながら、正座のままで天照が寝息を立て始めた。雪に気づかれないように念話で呼びかけるが、全く起きる気配はない。
雪「天照さま、ちゃんと話を聞ぃれshrlk……」
俺『え?』
その時、突然雪のしゃべりが意味不明になったと思ったら、天照に遅れること数十秒で電池が切れるように雪も眠りに落ちてしまった。人間、話しながら寝るってできるものなんだな。
座ったまま寝息を立てる天照と雪の身体を横にして、ふと視線を上げると、すでにみんな夢の世界に旅立った後だった。壁際に逃げていた式神はどうしたかと思ったら、結局墨に捕まっていたらしく、2人で折り重なるように寝ていた。
散らばった瓶やコップやらを片付けながら、ふと俺は裳着の歌会の夜のことを思い出していた。
あの日も俺は今日みたいに自分の魅力を制御できなくなって落ち込んでたっけ。世界に自分一人取り残された気がして、孤独に耐えられないくせに、余計に雪を遠ざけるようなことを言ってた。
それが、いつのまにか俺の周りにはこんなにたくさんの人が集まってきていたんだな。
天照、雪、墨、式神、雨、大国主、すせり姫、後、どこかに行っちゃったけど、月☆読。
ここにはいないけど、爺、婆もそう。イッチー、タゴリン、タギちゃんも、中宮、明子、寛子だって。それから、中納言とスサノオもいる。
なんかベタだけど、俺はもう1人じゃないんだな。
もし今、本当に現代に帰れるとなったら、俺はどうするんだろう。喜んですぐに帰っちゃうんだろうか? それとも、もうしばらくここにいたいと思うんだろうか?
大国主は雪1人くらいを連れて行くのは問題にならないって言ってたけど、俺が連れて行きたいのは雪だけなんだろうか?
……、何か妙に感傷的になっちゃったな。そろそろ生理のせいだからそのせいかもな。うん。きっとそのせいだ。
俺はなぜか頬に感じる水の感触を女の子の日のせいだと割り切って、並んで眠る天照と雪の近くに横になって目を瞑った。
というわけで、ひな祭りのエピソードはこれでおしまいです。
気がつけばかぐや姫の連載も今日で満2年です。よくもまあ、こんなに長く続いているものです。字数的にはまだ30万字も行ってないのですが。
例によって、また書き溜めてから投稿再開しますので、次話の投稿までしばらくお待ち下さい。よろしくお願いします。