弐百拾捌.結婚と美肌
パチン
このまま押し切れるかと思った矢先、突然、右大臣は自ら自分の頬を手で叩いた。半分以上虚ろになっていた目の色が元に戻る。
右大臣「かぐや姫殿、やはり証拠がなければこれが火鼠の裘ではないと納得するわけにはいきません」
俺「そんなぁ」
右大臣「しかし、これが火鼠の裘ならば、私とかぐや姫殿は結婚します。そうなればこの火鼠の裘をかぐや姫殿に差し上げることは何の問題もありません。夫婦ですから」
くっ。こいつ、賢い……
これが火鼠の裘ではないと証明するには、この衣を燃やさなければならず、そうすると玉艶の毛皮を手に入れることはできなくなる。
逆にこれが火鼠の裘と認めてしまえば、右大臣との結婚と引き換えに玉艶の毛皮を無傷で手に入れることができる。
つまり、右大臣は、問題を火鼠の裘の真贋から、右大臣との結婚を拒否するか玉艶の毛皮を手に入れるかの選択へとすり替えたのだ。もし玉艶の毛皮が欲しければ右大臣と結婚するしかない……
結婚か、美肌か、結婚か、美肌か、結婚か、美肌か、……
俺はちらと雪を見た。
正直、俺だけのことを考えたら玉艶の毛皮なんてなくても大きな問題ではない。俺の身体は不老不死で、生まれてこの方肌トラブルに巻き込まれたことなんてない。
でも、雪は違う。
これまで俺は、平安の常識に囚われた雪を、お風呂に入れ、石鹸で身体を洗い清め、保湿剤で肌の水分バランスを整え、ニキビができたら治療し、余分な油はあぶらとり紙に吸わせ、食事の栄養バランスに気をつけて肌に良い食材を厳選してきた。
おかげで雪の肌のコンディションは以前とは見違えるほどになった。でも、それは所詮、普通の人としてのレベル。俺や天照や雨はおろか、墨と比べてさえもやはり肌トラブルはまだ多い。
だから、俺はこの毛皮で雪をぴかぴかに磨き上げていつでも綺麗な雪でいてほしいのだ。
この玉艶の毛皮さえ、この毛皮さえあれば…………
俺「……、分かりました」
雪「かぐや姫さまっ!」
不穏な空気に泣きそうな顔になっている雪を見て、安心するように少し笑いかけ、俺は右大臣の目を見て宣言した。
俺「では、仕方ありません。この毛皮が本物かどうか、誰の目にも分かる形で確認しましょう」
たしかにこの毛皮は喉から手が出るほど欲しいけど、そのために雪を裏切ることになったら本末転倒だ。実際の結婚生活は全部式神に押し付けるという手も考えたが、そんなことをしても多分雪は喜ばないと思う。
それに、課題の品の真贋が曖昧なままでプロポーズを受けるというのは、他の候補者に対する公平性という点でも、禍根を残しそうな気がする。
右大臣「ということは」
俺「この衣に火をつけてみて、燃えるかどうか実際に確かめてみます」
右大臣「うぅ…………」
俺の言葉を聞いて、右大臣は小さくうめいた。