弐百拾壱.大きな犠牲
俺は……、ようやく天照がどうして俺を転生させたのか、分かった気がする。理由なんてなんども聞いた気がするが、ようやく本当に理解した気がするのだ。そして、これまで天照が説明してきた理由がふざけてる訳ではなかったことも。
そりゃ、寂しいよな。
神にすら封印される程の力を、自分で制御することもできないような非力な少女が担っているのだ。
分身ですらスサノオと対等に張り合えるほどの力なんて、想像を超えている。その重圧を1人で何百年も耐えてきてたなんて。俺なんて、それと比較にならない程度の重圧ですら、雪なしじゃ心が折れそうになることもあるのに。
ただの変態かと思っていたけど、ただの変態じゃなかったんだな。
天照『あたしは変態じゃない』
……勝手に心を読まないでください。
俺『ところで、その話にイッチーたちの話が出てこなかったけど』
天照『市杵島姫たちはあたしが天照になる前に生まれた娘たちだから』
なるほど。身体は経験済みでも心は未経験なのか。
天照『いや、じゃなくて、身体も未経験よっ。市杵島姫たちは、スサノオが高天原を出るときに受け取った十拳剣を、その時の天照が噛み砕いて生まれた神さまなの』
俺『な、なかなかエキセントリックなプレイで……』
天照『違うわよっ。神さまは人間とは違う生まれ方をするのもいるの。市杵島姫たちはあたしとスサノオの神力は受け継いでるけど、別にそういう関係になったわけじゃないのよっ』
泣きそうな顔で必死に訴えてくる天照を見て、ちょっとS気を出した俺は、ちょっとそっけない言い方で冷たくあしらってみた。
俺『でも、人間としてはそうじゃなくても、神さまにとってはそういうことなんじゃないの?』
天照『いや、だからそうじゃなくて、あれはなんて言うか、契約というか呪術みたいなもので……。ああっ、もう、うまく説明できないっ』
困って焦った顔で頭を振っている天照を見て、ちょっと可愛らしいなと思って見ていたら、突然、唇に柔らかいものがあたったと思うと、次の瞬間、仰向けに倒されていた。
縁側に横たわる俺の顔の十数センチ上に、頬を赤くしながらも強い力で俺を見つめる天照の瞳がある。さっき唇にぶつかったのは、その瞳の下の方で艶やかに濡れる唇だ。
天照『あたしがそういう風になってもいいって思えるのは、姫ちゃんだけだよ。それ以外は人でも神さまでも嫌。なのに、どうしてそんな意地悪を言うの?』
俺『あ、いや、別に、そんな深く考えてたわけじゃないから……』
天照『深く考えてっ』
深く……考えたら、このシチュエーションはやばくないか? 俺、天照に押し倒されてるし、胸と胸が当たってるし。さっきのキスって俺のファーストキスだったし。
もしかして、このまま大人の階段を登っちゃうのか? 縁側で? 天照と?
俺『ちょっ、ちょっと待てっ』
慌てて俺は天照の肩を掴んで身体を起こした。ダメダメ、俺には雪がいるのにそんなこと。
俺『だっ、だいたい、そんなことを考えてるんだったら、何で俺を女にしたんだよ。その時点で間違ってるだろ』
天照『そ、それは、仕方なかったんだよ』
俺『何が仕方ないんだよ』
天照『だって、こっちに転移させるとき、姫ちゃん、竹取物語を読んでたでしょ』
俺『そうだっけ。確か、古典の試験勉強をしていたと思うけど』
天照『それが竹取物語だったんだよ』
俺『そうなのか。でも、それがどうしたんだよ』
天照『時間転移魔法は転移先に縁のあるものを犠牲にしないといけないんだ。過去なら過去につながるもの。未来なら未来につながるもの』
俺『じゃあ、俺の場合は』
天照『姫ちゃんがここに来た代わりに竹取物語が世界から失われたんだよ』
俺の代わりに日本最古の物語がなくなったのかよ!
もうすでに書かれているはずの竹取物語のことを登場人物たちが誰も知らないのは、なくなっていたからだったんです。