弐百玖.誤解
そんな子どもっぽい態度の俺をなだめるように、軽く肩に身体を預けるようにして雪が語りかけてくる。袿越しに伝わる体温が泡立つ俺の心を優しく落ち着かせてくれるみたいだ。
雪「かぐや姫さまは優しい方ですから、きっと誰かのことを思ってなさったのでしょうけど、そのことで苦しんでいらっしゃるのでしたら、もう一度話をしてご覧になったほうがいいかもしれませんわ」
俺「雪、どうしてそのことを?」
雪「私は何も知りません。ただ、先程からお客さまがお見えになっておられまして」
雪に言われてふと廊下の端に目をやると、そこには見知った人影が立っていた。
俺『……、天照』
俺が天照を見つけるや、雪はすっと身を引いて、足音も立てずに室内へと戻っていった。
その場に残されたのは俺と天照の2人だけ。天照の表情は叱られた子犬のように不安そうにしていた。
天照『こんばんわ、姫ちゃん』
俺『何しに来たんだよ』
久しぶりの天照の姿に嬉しく思ったけど、すぐにイッチーたちのことでまだ怒っていることを思い出して無愛想に答えた。
天照『3人に会ってきた』
俺『3人って?』
天照『市杵島姫、田心姫、湍津姫の3人』
そうか。イッチーたちに会ってきたんだ。じゃあ、少し話を聞いてあげてもいいか。
俺『で?』
天照『3人ともすごく喜んでくれて、いろいろ話をした』
そうだろうな。あんなに会いたがってたものな。
天照『あたしも初めて聞く話ばかりだったから、面白かった。でね、反省したんだ。もっと早くにこの娘たちにあっておけばよかったって』
俺『当たり前だ』
天照『3人のことはあたしが天照になる前のことだったし、スサノオの係累だからって月☆読があんまりいい顔しなかったから、つい会う機会を逃してたんだよね。でも、姫ちゃんのお陰で会ってよかった』
俺『は?』
天照『ん? 何?』
俺『今、何て?』
天照『えっ? 姫ちゃんのお陰?』
俺『もっと前』
天照『反省した?』
俺『それより後。「天照になる前」って、お前「はじめから」天照じゃなかったのか?』
天照って生まれた時から天照だったんじゃないのか? それにさっきの話だと、イッチーたちが生まれた後に天照に「なった」みたいな言い方だったけど、イッチーたちって天照の子どもなんだよな?
天照『違うよ。あたしは最初は人間だったんだよ、姫ちゃんと同じで』
俺『はっ? 天照は最高神なんじゃないのか?』
天照『最高神だよ。でも、人間だったんだ。ううん、今でも心は人間なんだよ』
俺『えっと、詳しく説明してくれるか?』