弐百捌.若菜
元旦が休みじゃなかったことからも分かる通り、宮中は正月だからといって現代の庶民のようにのんびりと過ごすわけではない。むしろ正月こそ重要な年中行事がひしめいている。
重要どころを上げても、1日の元日の節会、7日の白馬の節会、11日から3日間掛けての県召の除目、16日の踏歌の節会などなど。
この他にも大小様々な行事が立て込んでいて、これらをきちんと滞りなく進めていくことが公卿としての重要なお仕事の1つなので、新任公卿の爺としては年甲斐もなく頑張らざるを得ない。
なんか考えてたら爺が可哀想になってきたので、後でスタミナUpのためにマムシドリンクでも作って持っていってあげよう。
さて、そんな忙しい爺とは対照的に、家でのんびりの俺たちは、初子の日の若菜摘みという遊びに興じていた。
若菜摘みというのは現代の七草粥に繋がる行事で、正月の初子の日、あるいは7日に野の若菜を詰んで汁にして食べるというもので、奈良時代にはすでに行われていたという由緒正しい行事なのだ。
1月7日に若菜なんてと思うかもしれないけれど、旧暦なので現代ではすでに2月に入っていて、探して見れば意外に見つかる。
普通に探すのではなく、わざわざ人の足あとの付いていない新雪をかき分けて、溶けかけた雪の下からまだ柔らかい新芽を探して摘み取るという行為を繰り返していると、食欲を刺激するだけでなく、何かこう精神的な充足感も味わえるような気がする。
俺「後で雪の新芽の若菜摘みの方も、ぐふふ」
雪「かぐや姫さま、採れましたか?」
俺「えっ、ええ、も、もちろん、草の若菜のことよ」
雪「あ、はい? 草の若菜以外に何かございましたか?」
俺「な、なんでもない。なんでもないのよっ」
び、びっくりした。雪に聞かれたかと思った。
県召の除目では、爺の知行が10カ国になった。日本全国で66カ国ある内の10カ国ということは、数の上では日本の15%が爺の支配下に下ったことになる。
実際には荘園制度があるのでことはそれほど単純ではないが、ただでさえ蔵に入り切らないほどの金銀財宝を持つ爺の経済力が更に強化されたことには違いなかった。
そして、今日は今年初の満月の夜。月の光が雪に反射して得も言わない風情になっている。
とはいえ、「望月の欠けたることもなしとおもえば」という心境かといえば、そうでもない。むしろ、なんか出来過ぎていて、満月を見ていると逆に不安になってくる。
そういえば、最近、月☆読にも天照にも会ってないな。
用がなければ出てこない月☆読はともかく、呼んでもないのに出てくるオフロ○キーじゃなくて天照の方はこんなに期間が空くのは珍しい。
今日あたり、上賀茂神社に様子を見に行って来ようかな……
いやいや、俺はまだイッチーたちのことを許したわけじゃないんだから。
そんなことを考えながら、縁側に腰を下ろして足をぶらぶらさせながら月を眺めていると、不意に俺の隣に誰かが腰を下ろした。
俺「雪」
雪「かぐや姫さま。どうしましたか?」
俺「どうって?」
雪「何か、考え込んでいらっしゃったようですが」
俺「べ、別に何も考えてないよ」
なんだか雪に心を見透かされているような気になって、ちょっとぶっきらぼうに言って庭の奥の方へと目をやった。