弐百伍.ボーイ・ミーツ・ガール
用を足し終わったら、今度は元の部屋に帰る道が分からない。
来る時はとにかく必死で道を覚える余裕なんてなかったし、そもそも迷ってたしで、今、自分がどこにいるのか全く分からなくなってしまった。
雨(こっち、こっち)
俺「本当に?」
雨(僕は神さまだよ。こんなところで道に迷うわけないじゃん)
雪「さっき、中納言さまとお会いしたのは反対側だったと思いますが」
俺「雨ーーっ!」
雨(え、あれ?)
とりあえず、現状で一番頼りになりそうなのは雪なので、全面的に雪を信頼して進むことにした。
雪「わ、私の記憶も曖昧なので、間違えるかもしれませんけど」
俺「いい。雪に分からなかったら誰にも分からないから、仕方ないわ。私が何とかする」
途中、渡り廊下を渡ったので、今いるところは最初にいた建物ではない。建物内の移動は基本的に外廊下を進めばいいので、問題はおおよそどの渡り廊下を渡るかということに絞られる。
だけど、うっかり違う渡り廊下を渡ってしまうと入ってはいけない建物に入ってしまいそうで怖い。どうにもならなくなったらこっそり空に逃げようと思うけど、それは最後の手段にしておきたい。
雪「こっち、いや、こっちだったかな?」
雨(こっちだって。間違いないよ)
雪が困った様子できょろきょろしていると、雨がいかにも自信ありげに勝手に歩きはじめたので、俺はそれとは逆の方を指さして言った。
俺「こっちだな」
雨(ひどいっ)
喚く雨を無視して、俺が先頭で歩いて行くと、角の所で突然死角から人影が現れた。
それはどうやら貴族の女性のようだった。向こうにとっても不意のことだったのか、慌てて俺を避けようとしてうっかりよろけて転びそうになってしまった。
女「きゃっ」
俺「おっと危ない」
とっさに俺は転びそうになった女性に人外の身体能力で後から手を伸ばして、先回りして肩を抱くように支えてあげた。
女「あ……」
俺「大丈夫?」
不審に思われないよう俺がなるべく優しく声を掛けると、女性は返事をしようと顔をあげたが、その顔に俺はつい驚きを声に漏らしてしまった。
俺「明子さん」
明子「えっ?」
俺「あ、いえ、申し訳ありません。お怪我はありませんか?」
明子「……」
俺「あの?」
明子「あ、だ、大丈夫です。ありがとうございます」
俺「よかった。では、これで」
思わず漏らしてしまったつぶやきをなかったことにするように、明子の無事を確認して肩を支える手を離すと、俺はすぐにその場を立ち去ろうとした。
正体不明の人物が関白の妹と親密にしている様子なんて見られたら、余計なトラブルしか招きそうもない。