弐百弐.賀茂臨時祭
新嘗祭が終わると一息つく間もなく今度は賀茂の臨時祭だ。
臨時祭で奉納される神楽を帝が検分するために、試楽が臨時祭の前日に内裏で行われるのだが、これを鑑賞するのは貴族の中では人気の娯楽だ。といっても、内裏で行われるので誰でも見られるわけではない。選ばれた人だけが見られる行事なのだ。
せっかくなので是非見たいと思っていた俺は、雨に協力させて超法規的に観覧席を確保した。男3人分で。
雪「え、私、男装するんですか?」
俺「そうだよ。そっちの方がいい席が確保できたし」
雪「絶対バレますよ」
俺「大丈夫。私もバレたことないから」
これだけ巨乳でも大丈夫なんだから、雪なんてバレるわけないね。
墨「にゃあ」
俺「ごめん。墨はまたお留守番で。さすがに猫耳と尻尾は隠しきれる気がしないから」
目に見えて落ち込んで後ろを向いてしまったので頭を撫でて上げると、気持ちよさそうに耳の辺りを中心に俺の身体に擦りつけてきた。見た目は人間でもこういうところはやっぱり猫だ。
内裏に上がるにはそのための服を用意しなければいけない。俺は狩衣を持っているが、これは普段着で参内するときに使えるような服ではない。現代風に言ってみればTシャツ・ジーンズみたいなものだからだ。
参内するときの服は衣冠と呼ぶものを着る。束帯というもう1ランク上のものもあるが、昔はともかく今は衣冠でいい。
ただし、色柄はきちんと身分を反映したものにしなければならない。今回俺たちは中流貴族に化けて行くので、五位相当の淡い緋色を着ることにした。
男性の装束である衣冠を3着も女性の俺が手に入れるのは、通常の手続きではまず無理だ。既製品の服が売っているわけではないから誰かに仕立ててもらわないといけないけれど、そんなことが手配できるはずがない。
ていうことは、これまた手作りをしないといけない? 今から?
俺「いや、手作りとかありえないでしょ」
雨(だからって、なんで僕がこんな格好を)
雨は風呂敷を頭からかぶって鼻の下で端と端を結んで止めた格好をして、足音を殺して廊下を歩いていた。もちろん、そんな格好は雨だけで俺はしていない。
俺「そりゃ、気分の問題だよ。」
雨(大体、これは泥棒の格好じゃないのか? 神さまに泥棒をさせるなんて、なんて罰当たりなんだ)
俺「泥棒じゃないよ。借りるんだよ。無断で」
雨(それを泥棒って言うんだよ)
俺「後で返すからいいの」
そう。いちいち手作りするのが面倒になった俺は、適当な中流貴族から服を拝借することにしたのだ。できれば、最近昇進して色が変わって服が余っている人がいいな。
無断とは言うものの、一応、雨には家の主人の枕元に立ってもらって、服を借りて行くけど騒がないようにという暗示を掛けておいた。これで問題なし。
そうやって借りた服はそのままだと文様でバレてしまう可能性があるので魔法で文様を偽装した。ついでに服自身の魅力値を上げるようなチューニングをしたので、これが元の服と見抜ける人間はいないはず。