百玖拾玖.チョココロネ
明子「あ、ありがとうございます、かぐや姫さん」
明子は最初びっくりした様子だったが、俺の目が真剣だったのを見て、少し目を潤ませて手を握り返してきた。
中宮「雪ちゃん、私、雪ちゃんがかぐや姫さんのことがそんなに好きな理由がわかった気がするわ」
雪「はい。かぐや姫さまは、本当に素敵な方なんです」
その後、中宮は長居しすぎたと言ってそそくさと立ち去り、俺たちは再び五節舞の練習に取り組み始めた。
3人とも事前練習をきちんとしていたせいで、合同での練習はスムーズに進んだ。何度目かの通し練習をしている時に、廊下の向こうから誰かが近づいてくる足音がした。
「あら、みなさま、もう始めてらっしゃるのですか? 熱心なことですわね」
挨拶をするでもなくずかずかと入ってきたのは、いかにも金髪縦ロールが似合いそうな(黒髪ストレートだけど)、周囲を見下すような態度を隠さないお嬢様だった。
大納言の娘の寛子だ。実際に見るのは始めてだが、三羽烏の目を通してなら見たことがある。歳の頃は明子と同じくらいだったはずだ。
寛子「お願い」
そう言うと、寛子の周りにお付きの女房たちが集まって、舞を舞いやすいように着物を整えた。
寛子「通し練習をなさっているのかしら?」
俺「そうだけど」
そう言うと、寛子は何も返事をせずにスーっと舞台の中の方へと移動した。
俺「あ、あの?」
寛子「どうしたの、始めないの?」
寛子がそういうので、俺たちも舞台に立って練習しようとしたのだが、急に寛子に止められた。
寛子「ちょっと、あなた、どういうつもり?」
不機嫌そうに寛子が声を掛けたのは雪だ。
雪「はっ、はい、何でしょうか?」
寛子「どきなさい」
雪「えっ」
寛子「そこに立ってると、帝が私をよくご覧になれないでしょう?」
雪「あの、でも」
寛子「口答えをしないで頂戴。これだから下賎なものは」
寛子の横柄な態度にすっかり萎縮してしまった雪はそれ以上何も言わずに舞台の端の方へと移動した。しかし、1人だけそんな所で舞うなんて明らかに不自然だ。
俺「ちょっと、寛子さん、あなた、何を考えているの?」
寛子「あら、誰かと思えば、男とあれば誰にでも色目を使うかぐや姫さん、何か用ですか?」
俺「なっ」