百玖拾陸.五節舞
そんなことがあってから、日々は過ぎ、時は霜月へと入っていった。日はどんどん短くなり、最近ではさっき日が昇ったと思ったらすぐに日が沈んでしまようになった。
冬至が近づいてきているんだ。そして、冬至が近いということは、五節舞の時期が近づいているということでもある。
五節舞とは、新嘗祭の最終日にある豊明節会で行われる貴族の娘による舞のことだ。
毎年、4人の女性が舞姫として選ばれて、帝がご覧になる中、舞を踊る。2人が公卿の娘から、残りの2人はその他の貴族から選ばれ、舞姫に選ばれるのは名誉なこととされているのだ。
そして、今年の五節舞には俺と雪が舞姫として選ばれてしまったのだ。
舞姫に選ばれたと聞いた時の雪は、喜ぶかと思いきやショックを受けたように放心していた。後で聞いたところによると、帝の前で舞を舞うなど恐れ多くて足が震えるのだそうだ。
そういえば中宮に会う時も、やたらと緊張してたっけな。
とはいえ、選ばれたからには辞退する訳にはいかない。雪は仕方なく覚悟を決めたのだった。
え、俺? 俺は女装を他人に披露するのにもそろそろ耐性がついてきた。それに、中宮のときもそうだったけど、帝って言っても頭で偉さは分かっても、いまいちピンとこないんだよね。
さすがに帝を始めとした貴族たちの前で公式な行事の一環として舞を舞うとなれば、ぶっつけ本番でアドリブで舞うというわけにはいかず、先生について練習する必要がある。
といっても、それほど難しい舞というわけではないので、何ヶ月も特訓に次ぐ特訓というほどのことはいらず、数日の練習で十分間に合うらしい。
舞の先生は、舞姫の経験者の中から宮中の指名で決まり、本番の1週間ほど前に俺の屋敷に訪問してきた。想像以上におばあちゃん先生で、その割に結構厳しく、ちょっとでも間違えるとビシバシと手足を棒で叩くのだ。
かなり年季の入った先生で俺の魅惑もほとんど効きやしない。手加減してもらおうと思ったのに。やりすぎると雪に影響が出るから力を押さえ気味したとはいえ、少しくらい反応してもいいんじゃない?
怒られすぎて泣きそうなんだけど、俺。
ただ、俺が泣きそうになるたびに先生の頬が上気したように赤くなっているような気がするんだけど、何故だろう?
先生の熱心な稽古は日が暮れるまで続き、最後に「すごく良かったわ」って言ってくれたのでよしとしよう。雪が耐えられないように息を荒くしていたけど、それだけきつかったんだな。
先生が来てくれるのは1日だけで、残りは自習して、新嘗祭の前々日に参内して、それからは内裏に設けられた練習場で他の舞姫と顔を合わせて練習をするのだ。
残りの舞姫は、関白の妹の明子と、大納言の娘の寛子だ。
ちなみに、こういう風に女性の名前に「子」を付けるのは貴族の伝統だ。現代では少し古臭くなったこの慣習だが、もともとは貴族の名前を真似して庶民に広まったものだ。
内裏へと向かう当日、因縁の深い2人の人選に、俺は内心少しビビりながら参内した。雪は別の意味でびくびくしていたけど。
明子「明子と申します。よろしくお願いしますわ」
俺「かぐや姫です。こちらこそ、よろしくお願いします」
雪「ゆ、雪と申し上げます。よろしくお願い申し上げます」
俺たちがついた時には、すでに明子がいて練習を始めていた。顔を合わせてまず挨拶をしたのだが、兄の関白とは違ってとても感じのいいお嬢さんだ。
参内は夜に従者を引き連れて行われ、その様子は貴族たちが見ていたようなので、ここに描くような和気藹々とした練習風景は実際には余裕がなくて不可能かもしれませんが、この方がお話として面白いと思ったのでこうしてみました。
明子も寛子も実在する人物から名前をもらいました。ただし、明子は「あきらけいこ」という、どうしてそうなった?という読みが付いていますが。ここでは単に「あきこ」と読んでいます。