百玖拾.異変
近衛たちが全員寝静まった頃合いを見て、俺たちは内裏に降り立った。
俺「いい? 今日のお仕事は「神さまとして」子宝を授けるんだからね。分かった?」
雨(はーい)
俺「それ以上のことをしたら、もう口も聞いてあげないからね」
雨は若干不服そうだったが、反論はしなかった。小さな声でぶつぶつと「ちょっと確認くらい」とか言っていたが、聞こえなかった振りをした。
そのまま俺たちは邸内を歩いて、中宮の寝室までたどり着いた。
ちょっと待て。もしかして、この中に入って、いたしている最中だったらどうしよう。催眠香のせいで起きてるはずはないけど、服とか乱れてるかもしれないし……。
以前も似たようなことで悩んだ気がするのに、ちっとも学習していなかった俺だった。
雨(こんばんわー)
俺「ちょっと、雨」
そして、逡巡しているうちに勝手に入られてしまうのも同じだった。
はたして、中宮の服は乱れてはいなかったし、帝は部屋にはいなかった。中央に敷かれた畳の上で行儀よく寝ていて、部屋の隅には宿直の女房が催眠香のせいで寝崩れていた。
雨は真面目くさった顔で中宮の側に近づいて、まじまじとその姿を服の上から眺めた。
俺「どう? うまく行きそう?」
雨(D、……、いや、Eか?)
ゴツン
俺「何を見てんのよ」
雨(想像するくらいいいじゃないかっ)
ふたたび雨は中宮を見ると、すっと目を細めた。
雨(うーん。特に中宮の身体に妊娠を妨げているような障害はないように見えるんだけどなぁ)
俺「え?」
雨(僕が直接手を触れないなら、僕にできることは妊娠の妨げを取り除くくらいしかないんだけど、彼女の場合、そういうのはなさそうに見えるんだよね)
俺「つまり、どういうこと?」
雨(要するに、中宮はいつ子供ができてもおかしくないってこと。なのに何年も子どもが生まれないってことは……)
その時、俺の視界に何かが映った。と思ったら、その次の瞬間には雨の右上腕を何かがかすめた。
雨(ぎゃあっ!)
雨は弾かれたように横倒しに倒れて左手で右上腕を押さえていた。袖は鋭利な刃物で着られたように裂け、押さえる手からは鮮血が滲み出していた。
俺「雨っ」