百捌拾漆.今でしょ!
その後、唄と舞を鑑賞しながら、雑談をして時を過ごした。
雑談は和漢の古典に関するウィットを利かせていることが多かったが、この時代に手に入るほぼすべての書物を暗記している俺に分からないネタがあるはずもなく、すべてに適切に返事を返していると、中宮はあまりの俺の知識の量に舌を巻いているようだった。
中宮「本当にかぐや姫さんは素晴らしい方ですね。私、少し不安になってしまいました」
俺「不安ですか?」
中宮「ええ。このままだとこの世のすべての男性があなたに心を奪われてしまいそうですわ」
俺「そんなご冗談を」
確かに俺は「京中の男を虜にした」が、それはまあ言葉の綾で中宮が言うほど真剣な意味で「すべて」の男を手玉に取ったわけではない。中宮はちょっと生真面目すぎるんじゃないだろうか。
中宮「今でも関白を含む5人もの公卿がかぐや姫さんの課題に取り組んでいます。他の方々もかぐや姫さんのことに興味がないわけではなく、競争に負けただけです」
まあ、それはそうだ。それに、公卿の5人の執着は、竹取物語のあらすじを踏まえても、俺の想像を超えていたことも事実だ。
中宮「今日、かぐや姫さんに会って皆があなたに惹かれた理由が分かりました。……きっと帝もあなたのことに興味を持つに違いありません」
俺「…………」
中宮「だから不安なんですわ」
この会話は、俺と中宮の2人だけが聞こえるひそひそ声で交わされたため、俺たち2人以外に聞かれることはなかった。
中宮の心配をよそに宴は滞りなく進み、俺たちは大過なく行事をこなし、御所を後にした。しかし、俺はその間、ずっと中宮の不安について考えていた。
京中の男はともかく、帝が俺に求婚するというシナリオはありえなくはない。竹取物語がどうだったかもう忘れてしまったけど。
しかし、不安の原因は、もちろん俺の存在なのだが、加えて中宮に子どもがいないというのも大きな問題なんだろう。話によれば中宮が帝に嫁いだのは随分以前のことだが、未だに2人の間に子どもはいない。
帝には中宮の他に側室が何人かいて、生まれてまだ1年にもならない子が1人いるが、娘なので後継者としては考えられていない。しかし、子ができないのが帝のせいではないことが証明された形になってしまったため、中宮にかかっているプレッシャーは相当なものだろう。
むしろライバルになるはずの俺に不安な本音を吐露してしまうくらいなんだから、本質的な問題は不妊の方に違いない。
俺「雨」
雨(ご主人さま、おしおきですか?)
俺「あなたのその残念な思考はなんとかならないの? 死ななきゃだめなの?」
雨(ご主人さまに殺されるなら本望ですぅ)
俺「はぁ」
だめだ。雨のペースに飲み込まれると話が進まなくなる。
俺「ねぇ、雨は子宝とかそっちの方の力はあったりしないの?」
雨(なん……だと……!)
雪「かぐや姫さま!?」
雨(そりゃあ、僕だって男だから、ご主人さまとそういうことになるのはやぶさかではない、というかむしろお願いします。いつやるか? 今でしょ!)
俺「何を勘違いしてんのよっ」
グサッ
すらりと抜き放った太刀の切っ先を、騒ぐ雨の首筋を掠めるように壁に突き立てると、雨は足の力が抜けたようにぺたりと座り込んだ。
雨(ご主人さま。…………ぽっ)
俺「意味わかんないわっ」
やっぱり雨のペースに巻き込まれてる。