百捌拾肆.夜なべ
さて、中宮さまのところに参上するにあたって、一つ問題なのは、どんな服を着ていくかだ。
平安時代の貴族というのは相当におしゃれで、服の着こなし一つで尊敬されたりバカにされたりする。特に女性はそういうのが厳しい。
中宮さまはいいとしても、その周りに侍っている女房たちは競争心を持っているから、お互いのあら探しに必死になっているはずだ。ましてや、京中の男をとりこにしたと言われている俺が、彼女らのご主人さまの中宮から直々に招待されたのだ。内心面白くないから、殊更に厳しく俺の服装のチェックをしてくるに違いない。
そんなところにいい加減な服で行ったら絶対に笑いものにされてしまう。俺1人で笑いものになるのならともかく、雪まで笑いものにされるのは許せない。
とはいえ、どういう色使い、どういう柄、どういう技法が使えるかというのは身分に応じて決まっていて、格上のものを勝手に着ることは許されない。
さらに、その許される範囲内でどれだけ華やかに見せるかというのは、中宮のサロンなどではそれこそ日々切磋琢磨していて、さすがにその積み重ねに一朝一夕の俺がまともに戦って勝てるとは思えない。
つまり、これは初めから負けの決まっている戦いなのだ。
俺「ふふふっ」
だけど、このかぐや姫さまがそんなことで諦めると思ってるのかしら?
っと、いけない。心の声まで女性化したらもう戻れなくなってしまう。危うく恐ろしい罠にかかるところだった。
俺「雪」
雪「お呼びですか?」
俺「これからあるものを用意して欲しいんだけど」
雪「分かりました。お任せください」
俺「雨」
雨(ん? ご主人さま、どうしたんだ?)
俺「ちょっと手伝ってくださるかしら?」
見てなさい。この私の真の力を見せてあげるわ。
じゃなくて、
見てろよ。この俺の真の力を見せつけてやるぜ。
見てろよ。この俺の真の力を見せつけてやるぜ。
大事なことなので二回言ってみた。
雪「かぐや姫さま。起きてください。かぐや姫さま」
俺「ん……。あ、雪、おはよう」
雪「おはようじゃないです。何て格好で寝てらしたんですか」
俺「へ?」
ふと自分の様子を見てみると、俺は袿も袴も脱がずに半分畳からずり落ちた状態でうつ伏せになって寝ていたのだ。
あ、昨日、寝るギリギリまで着物の仕上げをしてたんだった。
中宮に会う話が急だったせいで、服の準備が突貫作業になってようやく昨日の夜中になって完成したのだ。ちなみに毎日その作業に付きあわせてこき使ってきた雨は、さすがに昨日は俺より早く寝落ちしたので、かわいそうに思って起こさずに寝かせてやった。縁側でな。