百漆拾弐.暗黒湯煙紀行
翌日の早朝、俺は雪と墨を両手に抱えて空へと飛び上がった。近頃、冷え込んできているので寒さ対策で大国主経由で手に入れたヒートテックを着物の下に着込んでいる。ちなみに今回は狩衣男装姿ではなく、かぐや姫の姿のままだ。だって、女子会っぽくしたかったんだもん。
……、最近、俺自身、元男としての自覚がだいぶ薄れてきている気がする。気のせいかな。
雨は留守番に納得したらしく、あの後は文句を言ったりして来なかった。そんな雨を横目に見て式神がすごく悪い顔をしていたのを、俺は見逃さなかった。ま、雨が相手なら何をやってもいいや。
温泉といっても、平安時代はまだ現代的な意味での温泉は発達していない。そもそも風呂に入る習慣すら確立していないのだ。湯治という概念はあるけれど、観光地としての温泉地を期待することはできない。
だったら作っちゃえばいいよね!
正にコロンブスの卵的コペルニクス転回。弘法大師だって温泉を掘り当てたんだし、俺にできないわけがない。瀬戸内海にかぐや姫温泉を作ってしまおう。
俺「と言っても、上から見てるだけじゃどこから温泉が沸くのかなんて分からないわ」
日本は火山国だから温泉はどこにでもあるとかいう話を聞いたことがあるぞ。本当か嘘か分からないけど、分からないものは分からないんだから、むしろ露天風呂が作りやすそうかどうかで選んだほうがいい気がしてきた。
雪「あ、あの島、すごく紅葉が綺麗ですね」
俺「どれ? あ、本当だ。よし、あそこに作りましょう」
雪の一言で決めた俺は、紅葉がびっくりするほど綺麗な島に降り立った。
地上に降りてしまえば、温泉探しは多少楽になる。なにせ俺にはダウジングという最強の探索魔法があるのだから。
雪と墨を地上に下ろした俺は、すぐさまL字型に曲がった金属の棒を取り出して、平行に持ったままあちこち歩き始めた。後ろから不思議そうな顔で雪と墨がついてくるが、ここで心を乱すと感覚が鈍ってしまう。心を透明にしてガイアのエネルギーに耳を傾けるんだ!!
俺「ここだっ」
その日、計10個ほどの深い縦穴を掘った俺は、いつまでも見つからない温泉にちょっと泣きそうになりながら、日が暮れる前にと宿泊の準備を始めた。
といっても、必要な準備の大半は出かける前に済ませてあるのでやるべきことは宿泊の場所を決めることくらいだった。後は魔法具を駆使して宿泊環境を整えていくだけの簡単なお仕事だ。
雨は魔法具作りの助手としては極めて優秀で、今回の旅行のグッズもほとんど雨を助手にして作りためていたものだ。あいつが自分のことを「知的」だと自称しているのも案外真実なのかもしれない。
まず、最初に出したのはインスタント・ロッジだ。神紙を使って作ったロッジで紙の状態から復元すると立派な1LDKのロッジができあがる。風呂、トイレつきだ。
次に、エターナル・フォース・ダーク・フレイム・キャンプファイヤーだ。言っておくが命名は雨だ。その正体は何のことはない、夜中消えることがない焚き火のことだ。
最後に、ヘンリエッタおばさんの魔法のお鍋だ。なぜか外人だが、これは珍しくできる平安魔法の本の中に名前が書いてあったのだから仕方ない。効果は絶大で、食べられそうな食材を未加工のまま放り込んで火にかけておくだけで絶品料理に早変わりするという代物だ。
パチパチパチ
俺「美味しかったわ」
雪「本当に不思議なお鍋ですね」
墨「もぐもぐ」
俺「墨はゆっくり食べてていいよ」