百陸拾玖.La Belle au bois dormant
そのまましばらくして、ようやく落ち着いた天照は、結局涙の理由を説明することなくお月見をしようと言い出した。あまりにもあからさまに話題をそらそうとする態度に、逆に俺は追及しようとする気も失せてしまった。
天照は雨のお膳を奪い取って、墨を説得して席を譲ってもらって俺の隣に座った。墨は席を譲る代わりに天照から何かもらった様子で素直に従っていた。雨は例によって縛られていた。墨も雨も満足そうだからいいとしよう。
雨(んー、んー、んー)
月見と言ってもやることは歌ったり踊ったり食べたり飲んだり雑談したりして時間を潰すだけだ。
大きな会になれば進行役を立てて仕切らないと収拾がつかなくなるが数人で集まるだけならその場の思いつきでも十分だ。その辺の感覚は時代が変わっても変化するものではない。雨もいつの間にか縛めを解いてもらって月見に参加していた。席次も時間とともに適当になって、皆思い思いにわいわいとやっていた。
すっかり夜も更けて墨も雨もいつの間にか寝てしまったので、そろそろお開きとしようとしたとき、天照がぼそっと呟いた。
天照(あのさ、姫ちゃん)
俺「なあに?」
天照(もし、姫ちゃんが望むなら、100年間ずっと眠らせて未来に帰ることができるようになったときになったら起こしてあげることもできるよ)
俺「……」
雪「……!」
これは盲点だった。確かに寝ていれば時間の感覚は忘れてしまう。ただ俺は1晩寝るだけで、起きたらすぐに現代に帰れるのだ。それは俺にとって願ってもない申し出だった……
俺「いや、いいよ」
雪「どうしてですかっ!?」
俺「たしかに未来には帰りたいけど、私は雪や天照や墨やそこの変なのや、お爺さまやお婆さまや他のみんなと一緒にいるのが嫌なわけじゃないから」
雪「あぁ」
俺「別に強がってるわけじゃないよ。本当にそう思ってるんだ。帰れるなら帰るけど、帰れないならこっちの生活をもっと楽しんでいたいなって思うんだよ」
それは本当に本音だった。こちらに来てはや5ヶ月、絆ができるには十分すぎる時間だ。
天照(本当にいいの?)
俺「うん。だから心配しないで」
天照(……、ありがとう。ごめんね)
無垢な少女のように俺を見つめる天照は、いつの間にか俺よりも身長が低くなっていて、こんなに弱々しかったっけと思うほどに儚げで、思わず俺は……
……
天照の背後を取ると華麗にジャーマンスープレックスを放った。
天照(ゲフッ)
雪「かっ、かぐや姫さま!!」
雨(ご主人さま?)
墨「にゃぁっ?」
人外の力で放たれたジャーマンスープレックスは地響きを伴い、夢の国にいた墨と雨までも呼び戻してしまった。しかし、周囲の驚きの声を無視して俺はフォールしたまま天照に話しかけた。
俺「最近、天照は様子がおかしいよ。前はもっと破天荒で、『ごめーん、拉致しちゃった、てへぺろ』とかで終わってたはずなのに、どうしちゃったのさ。気持ち悪いよ」
天照(そ、そうかな?)
俺「うん。そんなに気にされるとこっちまで居心地悪くなっちゃうよ。もう過ぎたことなんだからこれ以上気にしないで、いつものようにしててよ」
天照(……うん)
天照はそう言ってにっこりと笑った。その笑顔は眩しいほどに可愛くて……
天照(グフフフフフフ。じゃあ、遠慮なくやらせてもらいますよ)
俺「え、ちょ、ちょっと、今日はもう……、あぁん」
雨(おおおぉぉぉ!)
ちょ、待て、天照。誰がそんなことまでやっていいと。あっ、や、やめ、ああっ。
俺『いい加減にしろっ!!!』
ガツン、ガツンッ
こうしていつものように秋の夜長は過ぎていくのであった。
一段落つきましたので、また少しお休みを頂きたいと思います。猫魔女の第4章の初稿がそろそろ完成するので、それを待ってから少し書き溜めを作って投稿再開したいと思いますので、10日ほどお時間を頂きたいと思っています。
進捗についての最新情報は活動報告の方に載せていきますので、そちらの方もご確認ください。よろしくお願いいたします。