百陸拾捌.不老不死
俺「雪?」
俺は思わず雪に声を掛けた。雪は下唇を噛んだまま虚空の1点を見つめていた。怒っているに様子でもがっかりしている様子でもなく、何か思い詰めたような表情だった。
俺「あの、ごめん……」
雪「ごめんなさい」
俺「え?」
雪「私、また喜んでいました……」
俺「なんで……?」
一体、あの話のどこに喜ぶ要素があったんだろう?
雪「かぐや姫さまが未来に帰らなければ、私とかぐや姫さまの関係はこのままで、いつまでも私はお仕えすることができます」
ああ、そうか。俺はまた自分勝手に考えていたんだ。雪にとってみたら現代なんて想像すらできない遠い世界の話で、そんなところに行かなくてもよくなって安心こそすれ、がっかりするはずがないじゃないか。
俺は自分の考えの至らなさに呆れながら、雪が怒らなかったことに安堵したが、雪の話はまだ続いた。
雪「でも、かぐや姫さまはそうではないですよね。生まれ故郷を失って、帰る望みも絶たれてしまって、私1人が喜んでる場合じゃないですよね」
俺「大丈夫だよ。永遠に帰れないわけじゃないし、100年経ったら帰れるんだから」
雪「100年なんて帰れないも同じじゃないですか」
雪はどんなときでも俺のことを一番に考えようとしてくれる。そして俺が悩むよりも前に悩んでくれるんだ。それなのに、俺は現代に帰れなくなったことを雪に相談しなかったんだな。
そう思うと、俺は思わず雪を抱きしめていた。
俺「大丈夫。雪と一緒なら100年なんて大した事じゃないよ」
雨(そうそう。100年なんてあっという間だって)
俺「何年経っても年を取らないあなたたちと一緒にしないで」
空気の読めない雨の発言に、俺はやんわりとツッコミを入れておいた。
雨(何言ってんのさ。ご主人さまだって年なんか取らないじゃないか)
俺「ぐぅ。わ、私は心は人間なんだからね!」
体の方はなんかやたらと改造されてなんだかよく分からないことになってるけど、心は雪と同じなんだ。人間の心はもっと繊細なんだよっ。
天照(心……)
天照が呟く声が聞こえて何気なく振り返った時、俺の目に映ったのは天照の目から大粒の涙が溢れている様子だった。
俺「どうしたの、天照?」
しかし、天照は首を振るだけで何も答えることはなかった。口を開くと漏れてしまいそうな嗚咽を抑えることに必死で、それ以上の何もできないようだった。
そして、俺も雪も雨も墨も、何が起こっているのか分からないまま、皆、ただそんな天照を見つめることしかできなかったのだ。