百陸拾伍.秘密の趣味
俺「天照!」
天照『ハロー』
俺『手をどけろ』
天照『んー、嫌』
そう言うと天照は両手をその位置でもぞもぞとし始めた。
雨(おおおーーーっ)
俺『いい加減に、しろっ』
雨(あぐっ)
天照の手を強引に取った俺は、そのまま背負投げの要領で雨を目がけて投げ飛ばした。身を乗り出すようにこちらを凝視していた雨は避けることもできずに巧みに空中で態勢を整えた天照の足に踏まれることになった。
雪「あのっ」
俺「ん?」
雪「今のは現代語ですか?」
俺「あ、ええ、そうよ」
そういえば、あまりに自然だったので自分でも意識していなかったけれど、今、天照に話しかけたときは現代語になっていた。天照はいつも現代語で話してくるせいで自然に現代語に切り替わってしまう。
神さまや使い魔は念話に慣れているので特に意識しなくても言葉の意味を直接理解することができるが、雪は普通の人間だから念話で話すにしてもちゃんと相手に伝えるように話さないと伝わらない。だから、この場で俺が現代語で話した時に意味がわからないのは雪だけなのだ。
俺が現代語を話していたことに初めて気づいた雪は、目を輝かせて興奮した顔をした。
雪「私、勉強、もっと頑張りますね」
俺「あ、……、うん……」
それを聞いて、俺は罪悪感で胸が痛んだ。雪はまだ、もう現代に行くことはできないのだということを知らない。俺は、ここにきてまだ真実を伝えられないでいたのだ。
天照(あれ、雪ちゃん、何か勉強してるの?)
雪「はい。現代語を少し」
天照(え?)
俺「ちょ、ちょっと」
この展開はまずい。このままだとここで現代に帰れなくなった話をしないといけなくなってしまう。
雪「どうかしたんですか?」
俺「なんでもないわ」
天照(なんで雪ちゃんが現代語の勉強をしてるの?)
俺「趣味よね、趣味」
雪「かぐや姫さまが未来にお帰りになるときには、私も連れて行ってくださると約束していただいたんです。ですから、その時のために現代語の勉強をさせていただいているんです」
天照(あ……、ごめんなさい)
雪「どうかしたんですか?」
俺「ちょっ、天照、こっち、こっち」
俺は慌てて天照を引っ張って離れた部屋の中へと進んだ。こんなところで秘密をいきなり暴露されたら、俺の心臓が持たないよ。