百伍拾捌.悪鬼
しかし、とにもかくにも天照の興奮は落ち着いたようで、さっきまで発せられていた禍々しいほどの陽の光はいくぶん穏やかになり、天照におびえて逃げ出した木々や岩や生き物も恐る恐る元の場所に戻って来ているようだ。
スサノオ(お前は、一体……?)
俺『ん?』
ふと気づくと、スサノオが不思議そうな顔で俺を見ていたが、俺の視線に気づくとすぐにいつもの表情に戻って言った。
スサノオ(天照。今すぐここから立ち去れ。お前がここにいるのがどれだけ危険か、わからないわけではあるまい)
天照『いいよ。姫ちゃんさえ取り戻せたら。えへへ』
俺『どういうことだ?』
天照『あたしが姫ちゃんLOVEってことだよっ』
俺『お前じゃねぇっ!』
スサノオ(穢れは太陽を嫌う。それはここでも同じだ。むしろ、だからこそ太陽のない根の国に穢れが集まっているのだ。それなのに、天照が根の国にいつまでも逗留したら、穢れは逃げ場を求めて葦原中国に溢れ出す。そうなったらもう、俺の力でもどうにもならないんだ)
俺『げっ、それだめじゃん。急がないともう溢れだしてるんじゃない?』
スサノオ(大丈夫だ。黄泉比良坂はそう簡単に穢れが乗り越えられないように、強力な封印が施されている)
俺『そうなんだ、よかった。じゃあ、早く帰ろう、天照』
俺はむずがる天照をなだめて先行させ、自分は一旦地上に降りて墨と天児屋を回収して後を追いかけた。
天児屋(へへー。おっぱいが2人もいるよー)
いつもは文句を言う飛行も全く嫌がる様子もなく、なぜか超ご機嫌でついてくる天児屋を一度といわず何度でも殴り飛ばしたくなる衝動をどうにか抑えながら、スサノオの先導に従って行くといつか見た洞穴が見えてきた。
天児屋(痛い、痛いよ、ご主人さま)
おっと、抑えてたつもりだったんだけど。
スサノオ(ここが入り口だ。真っすぐ行けば葦原中国に出られる)
俺『いろいろ、どうもありがとうございました』
天照『また来るねっ』
スサノオ(来なくていい。というか、2度と来るなっ)
そして、俺たちは洞穴を通って地上の世界へと向かったのだ。
天照『よかった。もう姫ちゃん、家に帰ってもよさそうだね』
俺『え?』
天児屋(そうだね。これだけ動ければ十分だよ)
俺『あー、そうだな』
そういえば、根の国のことですっかり失念していたけれど、俺がまだ杵築大社に滞在しているのは俺の体力の回復を待つためだった。根の国ではすっかり以前と同じように動けたからもう十分なはず。ようやく雪の待つ我が家に帰れるよ。
天照『あ、やばっ。落し物しちゃった。ちょっと戻って探してくる』
俺『やめろ。お前はスサノオに言われたことを忘れたのか』
天照『ちょっとだけ。ちょっとだけだからさ。ほんのちょっと入ってすぐ出るだけだから』
俺『ダメ。ちょっとだけって言って取り返しのつかないことになったらどうするつもりなんだ』
天照『大丈夫。中にいるのはほんの一瞬だから』
俺『ダメなもんはダメッ』
ふくれっ面の天照だったが取りに戻るのは諦めたらしく、不機嫌そうに早足で歩いて行った。
天照『あーあ、借り物だから後で謝っておかないと』
俺『そうなのか。じゃあ、今度行った時に俺が探してくるよ』
天照『何言ってんの。姫ちゃんはもう2度とあんなとこ行っちゃだめだよ』
天児屋(そうですよ、ご主人さまっ)
墨「ダメ」
俺『何、その全力否定は!?』
何はともあれ、俺たちは無事根の国から脱出して、杵築大社を離れ、雪の待つ平安京へと帰ることになったのであった。
…………
スサノオ(何だ、これは?)
厄介者の天照を追い返してホッとした帰り道、スサノオはふと視線の下に何か見慣れないものがあるのに気づいた。忘れ物なら後で時間のあるときに届けてやってもいいかと拾ってみると、何か本のようだ。
スサノオ(『二本書紀シリーズ ~根の国編~』??)
パラパラパラ…………
その日、根の国では神代の昔にも見たことがないほど凶悪な悪鬼が暴れていたという目撃談が多数報告されたらしい……。
第3章「八百万」完
第3章、終わりました。次章からは再び平安京に戻って雪とイチャラブな日々に戻る予定です。
ちなみに黄泉比良坂の封印というのはイザナギが残していったやつです。ちなみにこの先触れることもないと思うので裏話をしておくと、イザナギもイザナミもこの頃にはご隠居で表舞台には出て来ません。大橋○泉みたいな感じです。
さて、次回更新予定ですが、年内は予定がプロットを書く時間が十分に取れるかどうか自信が持てないので、年明けから本格的にプロットを書いて1月半ばからの投稿になると思います。進捗については、また、適宜活動報告の方に上げておくので、気になる方はそちらをご確認ください。
あと、誰かクリスマスプレゼントください。
では、良いお年を!