百伍拾肆.コツ
大丈夫とは言ったもののやっぱり怖い……。いや、何も怖がることなんてないはずだ。だって、だだの夕食の支度なんだよ?
バタッ、バタン
ビクゥゥッ
ガタガタッ
(な、何事!?)
突然大きな音が響いて思わず身が縮んだと思った瞬間、後方で何かが倒れるような音がしたのだ。ぱっと振り向くと、仰向けの墨の上に覆いかぶさるようにしている天児屋。
俺(そ、そういうのは廊下じゃなくて部屋でしたほうが……)
墨「ふぇ?」
天児屋(……、ちっ、違うよっ。ごっ、誤解だよっ)
俺(分かってるよ。ていうか、そんなこそこそ付いてくるなら一緒に来ればいいじゃないか)
天児屋(……)
結局3人で台所の方へと向かうことになった。
廊下の突き当り、台所と思しきそこのドアを恐る恐る開けると、闇にうごめく巨大な何かが……
スサノオ(お、やっときた。ちょっとこいつ持ってくれ。さっさと捌いてしまうから)
それは体長2メートル弱の、何か豚か猪のような、しかし手足の形が明らかに違う生き物、というより化け物だった。
スサノオ(活きがいいだろ。とれたてのもぐらだ)
俺(もぐらかよっ)
しかも、今獲ったのか……
スサノオ(美味しく〆るにはコツがあって、これだけ大きいと誰かに押さえててもらわないとできないんだ)
俺はスサノオに促されるまま、どうにかもぐらを押さえつけると、スサノオは包丁を取ってその一瞬でもぐらを〆てしまった。
スサノオ(よっし。じゃあ、できたら持ってくから、またあっちの部屋で待っててくれよ)
あっけに取られた俺たちは、部屋に戻った後も何をするでもなく待っていると、やがて大鍋を担いでスサノオが戻ってきた。鍋からはいかにも美味しそうな臭いがぷんぷんする。そして、はたしてその中身は想像通り美味しかったのだ。
スサノオ(はっはっは。まあ呑め)
俺(呑みません)
この会話は前にもやった気がするが、前回と違うのは横ですでに天児屋がいい気分で酔っ払って船を漕ぎ始めていることだ。というか、お前、酒飲めるんだな。
鍋を作るというのが何かの比喩でなく本当に鍋だったということにようやく安心した天児屋は、とうとう部屋の真ん中で輪の中に入ってきたのだ。そして、そうとなったら現金なもので、鍋の半分は1人で平らげて、酒まで飲んでいる始末。
スサノオ(で、お前らはこんなところへ何しに来たんだ?)
俺(いえ、ちょっと庭の洞穴を探検していたら迷子になってしまって)
スサノオ(そりゃ、災難だったな。しかし、そっちのはともかく、お前は見たところ人間のようなのによく通れたな。黄泉比良坂は普通の人間が通るには負担が強すぎるはずなんだが)
俺(いや、まあいろいろありまして。ははは)
そんなこんなで、強面のくせに気さくで面白いスサノオの話を聞いているうちに、夜は更け、天児屋も墨も床に横になって寝てしまった。俺も、もうそろそろ眠くなってきた。
スサノオ(すっかり話し込んだな。こんな辺境にまともに話ができるやつが来るのは大国主以来だから、つい長くなってしまった)