百肆拾伍.朗読
大国主『そうだ』
俺『……』
俺は思わず天照を睨みつけた。知っていたならなんで初めから言わなかったんだ。
天照『……ごめんなさい……』
天照は相変わらず泣きそうな顔ではあるものの、泣いてはいないようだった。というか、泣きたいのはむしろこっちだ。
俺『100年か。……その頃にはもう俺は死んでるな』
天照『大丈夫、死なないわ。姫ちゃんは特別だから、成人した後は歳も取らない』
でも、雪は確実に死んでるな。歳を取って、おばあさんになって……
天照『100年経ったら、必ず元の時代に帰してあげる。だから……』
俺『雪も……』
天照『ん?』
俺『俺が元の時代に帰るときは雪も一緒って約束したんだ』
その言葉に対する返事は天照からも大国主からも帰って来なかった。
沈黙が支配してどのくらいったのか、空気の重さに時間の感覚を失いかけていた時、すせり姫が何かもぞもぞと動き出した。
すせり『……あの、音読は……?』
3人の視線がすせり姫に集まる。その手にあったのは例のあの本だった。
すせり『だ、だって、や、約束だったじゃないですか。楽しみに待ってたのに……』
天照『……あたしが読むわ』
大国主『!』
俺『!』
天照『こんな雰囲気で姫ちゃんに読ませられるわけないじゃない……』
すせり『じゃ、よろしくっ!』
すせり姫は嬉々として本を天照に手渡し、天照は直立して本を目の高さに構えて、俺と大国主はぽかんとそれを見上げて。
天照『す、「スサノオ、もう我慢できない」「待て、大国主。娘が……」「いい。気にするな」』
大国主『ちょっ、ちょっと待てぇ!!』
すせり『いいの。天照さま、続けて!』
大国主『いやだ。聞きたくない』
すせり『いいから聞いてなさい』
必死に逃げようとする大国主と、それを馬乗りになって押しとどめるすせり姫。そして、躊躇することなく音読を続ける天照。って、今読んでるそれはヤマタノオロチ編とは別のものじゃないのか?
どんどん調子に乗って最後はのりのりで終わった天照の朗読は、青い顔ですっかりやつれてしまった大国主と、逆にほんのり上気してつやつやになったすせり姫を残して終わった。俺? 俺はまあ……、すせり姫には才能があるとだけ言っておこうかな。
その後、天照が時刻を確認して月☆読に怒られると言いながら慌てて帰っていってから、大国主はすこし申し訳なさそうに丁寧な口調で切り出した。
大国主『天照さまのことは、まあ無理かもしれないけれど、あまり悪く思わないでください。あの方にはいろいろあるもので……。僕の方でも未来に帰る方法が他にないか調べてみます』