百卅捌.ヒントの欠片
俺「そう。変わらないもの。今の私と雪の立場や環境は、元の時代に戻ったら何もかも変わってしまうわ。それこそ本当に何もかも。だから、立場や環境と関係のないもののことをもっと考えていかなきゃダメなのよ」
雪「そんなものがあるんでしょうか?」
俺「分からない。でも、それがなければきっと元の時代に戻った後にうまくいかなくなると思うの」
雪「……」
雪は不安そうな顔で俺を見つめている。俺自身、変わらないものが何なのか分かっていないので雪の不安は共感できるのだが、ここで俺まで不安な顔をしてしまうと雪の不安はきっともっと大きくなってしまう。だから、ここはわざと自信を装って断言しようと思った。
俺「大丈夫。私と雪ならすぐに見つけられるよ」
雪「……、私はかぐや姫さまのことが好きです。例えかぐや姫さまが何者であっても、それは変わりません。……それは変わらないものではないんでしょうか?」
俺「……雪はどうして私のことが好きなの?」
雪「それは、かぐや姫さまがお美しくて、聡明で、お優しい方だから……」
俺「じゃあ、私が醜くて、バカで、冷淡な人間だったら、雪は私のことが嫌いになる?」
雪「そ、そんなことは……」
俺「元の時代の私は、取り立てて優れたところもない平凡な男なのよ。それに私が優しく見えるのは、雪が私のことを好意的に見てるからよ。実際には私は自分勝手なことをたくさん雪に押し付けて来たじゃない」
雪はさらに何か言おうと口を開きかけたが、何も話さず口を閉ざしてしまった。
俺「前に私が雪に、私のことが怖くないかと聞いた時のこと覚えてる?」
雪「私はかぐや姫さまの寂しそうな表情を見るのが辛くて、それを癒して差し上げたいと思ったのでした」
俺「それが私のことが好きな理由じゃないの?」
雪「……、その時はそうでした。その気持ちは今も変わってませんが、今はそれだけじゃない気がします」
俺「それは?」
雪「……、分からないです」
雪はそう言うと、首を横に振った。
俺「多分、きっとその分からない何かが大事なことなんじゃないかな。だから、これからそれが何なのかを考えていけばいいんだと思うよ」
雪「はい」
雪はまだ半分くらい分かっていないような面持ちで、掴みかけたヒントの欠片を逃さないように言葉を反芻するようにして返事をした。
俺自身、何が答えなのか分かっていないわけで、偉そうに雪に言ってはみたものの、正解に近づいているかどうかすらわからないのだ。だけど、こういう試行錯誤そのものが正解に近づく道なのじゃないかと思う。というより、信じるという方が適切かもしれない。
俺「それはともかく、朝ごはんを食べたいな。昨日、夜ずっと飛んできたからお腹空いちゃったよ」
雪「わかりました。お召替えの後にすぐにお持ちいたします」
雪はいつものように俺の服を着せ替え、朝食の用意を始めた。そして、朝食の後には、お互いのことをもっとよく知ろうと、それぞれの昔話を大いに語り合ったのだった。
まるまる1日掛けて話をした後、俺は式神に、雪に現代語と算数を教えるように指示をして、杵築大社へと帰ることにした。
現代語と算数は雪が現代に来た時に必ず必要となる現代人として生きるための基礎教養としてだ。お互いの昔話をしていた時に、雪の算数の知識の乏しさに危機感を覚えたので、俺と知識を共有する式神に俺のいない間の雪の教育係をさせることにしたのだ。
俺「式神じゃ心許ないけど」
雪「大丈夫ですよ。式神さまはいい方ですから」
式神『ふふ。かぐやちゃんがいない隙に雪ちゃんにあれやこれやといろいろ教育しておいてあげるから安心してね』
俺『お前の言い方は全然安心できないんだよ』
いろいろと不安な式神に雪を託して、俺はその夜、出雲へと旅立った。
これからは毎日、雪に式神から何を教わったかちゃんと聞いておかないと、どんな嘘知識を教えこまれるか分かったもんじゃないと、旅の空で思うのだった。
早いもので今日で連載1周年です。去年の10月24日に第1話を投稿した時はこんなに多くの方に読んでもらってこんなに長く続くとは思っていませんでした。
この物語を書いてみて一番の驚きは雪の活躍です。雪は当初のプロットには存在しなかったキャラクターで、第3章での雪のエピソードもかなりアドリブで進めています。にもかかわらず、今や雪なしにはこの物語はエンディングを迎えられないほどに重要な存在になってしまいました。まるで、彼女がどこかで生きているかのような不思議な錯覚におちいってしまいます。
ところで、私が雪のことばかり話をするので本作のメインヒロインが雪だと思われている方がいるかも知れませんが、あくまでメインヒロインは天照です。これからも話の本筋は天照とその周辺の事情を背景に進んでいくことになりますのでよろしくお願いします。(話はそれますが、最初期の設定資料には天照はドキンちゃん風と書かれていました。どことなく面影くらいはありますかね)
第3章はまた杵築大社へと舞台を移し、久しぶりに天照も登場してさらに盛り上がっていく予定です。これからも拙作におつきあいいただければ嬉しく思います。