百卅陸.決意
俺「どういうこと?」
雪「かぐや姫さまは1000年先の未来からいらっしゃって、いつかはそこにお帰りになるんですよね」
俺「うん。帰りたいと思ってる」
雪「だったら、私とはそこでお別れなんです」
俺「あ」
雪「私はあなたが元の世界にお戻りになるまでの間、あなたのお側でお世話をするのが使命でございます。ですが、それはいつかは別れる運命。だから、かぐや姫さまのことを詳しく知っても、私の心が穏やかになることはないんです」
雪は俺の瞳を真っ直ぐに見つめ返してそう言った。瞳は優しく微笑んでいるようだったが、その奥には悲しみとも諦めともつかない感情が沈んでいて、その周りを献身的な愛情で包んで隠しているような、そんな微笑みだった。
俺はそんな雪の瞳を見て、何も答えられなかった。そして、またしても俺は自分が自分の感情だけで動いてしまったことに気づいたのだ。
雪「だからって、このお仕事が嫌いということではないんですよ。かぐや姫さまのことは大好きですし、かぐや姫さまのお世話をすることも大好きです。できればこの時間がずっと続いて欲しいとは思いますけど、それが無理ならせめて今だけでも全力でお仕え申し上げたいんです。だから、昨日は私のほうが間違っていました」
俺「……、いや。お別れにはならないよ」
雪「は?」
俺「お別れにはしないわ。雪は私が元の時代に戻るときには一緒に連れて行ってあげる」
雪「えっ。そんなことができるんですか?」
俺「分からない。今はその方法を探してるの」
実のところ、雪を連れて行くというのは頭の片隅には可能性としてあったが、これまで真剣に考えたことはなかった。でも、雪の思いを聞いて考えが変わった。雪が望むなら、帰る時は必ず一緒にだ。
雪「かぐや姫さま……」
俺「もちろん、雪が一緒に来たくないというのなら別だけど」
雪「いいえ。是非、一緒に行かせてください」
俺「その結論は、私の話を聞いてからにしたほうがいいと思う。だって、雪は私の元いた時代がどんなところか、まだ分かってないもの」
雪「どんなところでも、そこが例え黄泉の国でも、私はかぐや姫さまの下についていきます」
俺は雪の熱烈なアピールに若干苦笑しながらも嬉しい気持ちになった。ちなみに黄泉の国とは別名を根の国とも言い、死者の国とされているところだ。
俺「いえ。やっぱりちゃんと話を聞いてから結論を出したほうがいいと思うわ。まだ、私は雪に一番大切なことを伝えてないから」
雪「天照大御神さまに呼ばれて未来からいらっしゃった以上に大切なことですか?」
俺「ええ」
そんなものがあるのかと不審顔の雪だったが、一呼吸おいてから話した俺の次の一言は、雪の想像をはるかに超える事実であった。
俺「私は……、元の時代では男だったのよ」
雪「……え、……えっ? …………、ええーっ!!?」
雪はぱくぱくと口を動かして何かを話そうとしているが、出てくるのは意味不明なうめき声だけだった。そんな雪を見た俺は、言いたいことは先に言い切ってしまおうと慌てて次の言葉を探した。
俺「もちろん、元の時代に帰った時に男に戻るかどうかは分からない。私は元に戻りたいけど。でも、まだどういう理由で女になったのかも分からないから」
雪「かぐや姫さまは男の方だったんですか?」
俺「昔はね。今は私自身なんだかよくわからない。身体は間違いなく女だし、心の方は、男だったことは忘れないけど、だんだん女の部分が大きくなってきてる気がして、不安なんだ」
雪「……」
雪は何度か話そうとしては思い直すというのを繰り返していた。聞いてみたいことはたくさんあったが、どれも聞いてもいいことか躊躇して結局言葉にならなかった。しかし、いつまでも黙っているわけにもいかなくて、雪はようやく1つ聞いてみた。
雪「かぐや姫さまは私のことはどう思われているんですか?」