百卅伍.ただの人間
かぐや姫「んぁ。もう朝なの」
(あれ、なんか変だな?)
部屋に入った雪は中の様子にいつもと違うわずかな違和感を感じた。何がおかしいのかよくわからなかったが、何となくいつもと勝手が違うような。
かぐや姫「あ、ゆ、雪!?」
そうだ。いつもと頭の向きが違うんだ。式神はいつも庭の側に頭を向けて寝ているから目が覚めるとすぐに目が合うけど、かぐや姫は反対向きだから振り向くまで目が合わないんだった。ということは、
雪「え、かぐや姫さま?」
ちょっとだけ仮眠をとって夜明けには雪の部屋をもう一度訪れるつもりだった俺は、気がつかないうちに完全に寝入っていて、部屋に入ってきた誰かの声に起こされるまで全く意識がなかった。
目覚めて後もまだ頭がぼーっとしていて、自分が一体どこで何をしていたのか一瞬思い出すことができなかったが、ひさしぶりの声を聞いて我に返り、慌てて振り返ると朝日に照らされる庭を背にしてこちらを覗きこむ雪の姿があった。
俺「雪。ごめんっ!」
その顔を見た瞬間、俺は額を床にぶつける勢いで謝った。
雪「あの、かぐや姫さま。そんなのやめてください。頭を上げてください」
そのまま頭を下げたままでいると、頭の上から困惑した声が聞こえてきた。
俺「ううん。今回は完全に私が悪いんだから、謝るのは私。本当にごめん」
雪「やめてくださいっ!」
雪はそう叫ぶと、俺の肩を掴んで無理矢理身体を起こした。
雪「これ以上そんなことをされると、私が私を許せなくなってしまいます。だから、お願いします」
俺「雪?」
言葉の意味が分からなかった俺が改めて雪の顔を見ると、雪は涙を精一杯堪えた様子で俺をしっかりと見つめていた。
雪「私はあなたのお世話をするただの女房でございます。主人のなさることをお助けする立場です。ましてやあなたはかぐや姫さま、ただの人ではなく、天照大御神さまの恩寵をお受けになったお方です。そんな方の心を煩わせるなんて私は女房失格です」
俺「それは違うよ」
俺は思わず叫んでいた。
俺「私はただの人間だよ。雪と全く何も変わらない。ただ天照に攫われてここに連れてこられただけの人間なんだよ。だから、雪の心を傷つけたのなら私は謝らなきゃいけないんだよ」
雪は何か反論しようとしたけれど、それを遮って俺は更に言葉を重ねた。
俺「あのね、ここまで飛んでくる間、考えたんだよ。私は多分、自分のことは不幸だと考えすぎてて、雪のことは都合よく考えすぎてたんだ。だから、私の不安を説明しないまま、一方的にぶつけてたんだと思う。でも、雪だって感情のある人間で、ちゃんと説明されなきゃ不安になって当然なんだよね」
そう言って、俺は雪の目をじっと見て言った。
俺「だから、ここで今まで話してなかったことも全部説明しようと思うの」
雪「いえ、それはいいんです」
それに対する雪の答えは意外なものだった。
雪「それを聞いても、私にはどうしようもないんですから」