百卅.3年なんとか組
式神「ふー。疲れたよー」
雪「お疲れ様でした、式神さま」
公卿たちが帰って式神と雪はようやく落ち着いてかぐや姫の部屋へと戻って来ていた。
式神「慣れないことはするもんじゃないよ」
雪「お茶でも飲みますか?」
式神「飲むっ!」
式神の返事を聞いて、雪はお茶を点て始めた。お茶は春日神社の神域で手に入れたもので、かぐや姫が滞在中に三羽烏を酷使して運ばせたものだ。
式神「ふー。生き返るー」
式神に1杯注ぎ、雪は自分も一口含んでほっと一息ついた。
かぐや姫はこういう珍しいものをこの離れから外に出そうとはしない。爺や婆にも見せるつもりはないらしい。だから、このお茶も普通の人間として口にすることができるのは雪だけだった。
一度、雪はなぜ爺や婆にまで秘密を通そうとするのかと聞いたことがあるが、その答えは、爺や婆の性格だといい人過ぎて打ち明けた秘密を心のなかに留めておくことは難しい、というものだった。それはきっと正解で、このお茶も爺の手に渡ったら今日の会合できっと公卿の方々にお茶を出してしまっていたに違いない。
雪「かぐや姫さまは今、何をしてらしゃるのかな」
雪は日が傾きはじめた西の空を眺めながら、そう呟いた。
式神「あれ? 雪ちゃんはかぐやちゃんと毎日話してるんじゃないの?」
雪「もちろん話してますよ。でも、ほとんど私の方の報告ばかりで、かぐや姫さまが何をなさっているかはあまり。今は、出雲にいらっしゃるとは聞いていますが」
式神「むー。こんな可愛い子に心配させるなんてかぐやちゃん、なんて悪いやつだ。帰ってきたらしっかりお仕置きしてやらないと。ぐふふ」
雪「式神さま?」
式神「おっと、よだれが。じゃあ、雪ちゃんはかぐやちゃんが最近何やってるか知りたい?」
雪「え、分かるんですか?」
式神「まあ、一応、おおよそのことはね」
そう言って、式神は手に持つ湯のみを一息に飲み干すと、いつもの定位置にごろりと転がった。
式神「じゃあ、どっから話そうかなー」
そして式神は、かぐや姫が春日神社を訪れて天児屋と武甕槌に会い、愛のムチで天児屋を使い魔にして、出雲の杵築大社では大国主に会って、またも愛のムチを振るうものの今度は愛が足りずに大国主が自室に閉じこもってしまったという話を、適当な嘘をまぜて話を大きく面白くしながら話した。
雪「天児屋命さまはなんておかわいそうな方なんでしょう」
雪は式神の話を聞きながら涙を流していた。
式神「きっとあの反抗的な態度も、寂しさの裏返しなんだよ。それが分かってて、かぐやちゃんはわざと厳しく接したんだね。だから、始めは心を閉ざしてた天児屋くんもだんだんかぐやちゃんを受け入れるようになったんだよ」
雪「かぐや姫さまーーーー(号泣)」
その後しばらくの間、雪と式神は、天児屋がいかに不遇な人生を送ってきて、それをかぐや姫に救われたか、大国主がなぜ現実の女性を恐れて豚になり、かぐや姫の愛を未だに拒否し続けているかについて、あれこれと妄想を膨らませていた。
雪「ところで、かぐや姫さまは大国主命さまに何をお聞きになりたいのかしら」
式神「うーん。時間転移魔法について知りたいみたいだけど、詳しいことはよくわからないな」
雪「時間転移……。じゃあ、かぐや姫さまはもうすぐ元の世界に戻ってしまわれるかもしれないの……?」