百廿捌.どえす
俺が杵築大社で足止めを食らっている頃、平安京では事態が進展していた。
雪「かぐや姫さま、文のやり取りの相手がとうとう5人に絞られました」
ある日、毎晩の雪との定時連絡の時に、雪がそう言った。
俺「本当?」
雪「はい。この数日は5人以外からの文は届いていません」
俺「わかったわ。じゃあ、今度、その5人を屋敷に招待しましょう。その時に、私の結婚相手の条件を伝えます」
雪「えっ、かぐや姫さま、やっぱりじゃあ、結婚なさるんですか?」
俺「ふふ、もし条件をクリアできるような方がいればね」
そして、俺は心のなかで温めていた意地悪な条件を雪に説明した。
竹取物語では5人の公卿に求婚されてそれぞれ別々の課題を出して解決した相手と結婚するという条件を出した。といっても、その課題は現実には絶対に不可能な無理難題ばかりで、結局5人ともひどい目にあってしまって結婚はできなかったという落ちがついている。
俺もその真似をしようと思い立ったのだが、肝心の課題の内容がなんだったのか全く覚えていなかった。そこで、『できる平安魔法』に載っていたちょっと入手が難しい、というか絶対無理そうなものを選んで探してもらうことにしたのだ。
かぐや姫から結婚の条件を聞かされた雪は驚いた。そこに挙げられたものはどれも伝説の中にしか存在しないもので、普通の人間に入手できるものとはとても思えなかったからだ。
(かぐや姫さまは、是が非でも結婚なさりたくないのですね)
課題を出して、それを誰も達成できなかったから結婚しないというのは、たしかに言い訳としてはなりたつ。特に相手が親王や関白を含んでいる以上、それよりも下の貴族は出された課題以上の課題を解決できなければ、求婚すら難しい。
しかし、これほどあからさまな課題を出して、公卿たちの気分を害さなければいいのだけど。
翌日、雪はかぐや姫の言いつけにしたがって、5人の公卿に使者を送った。明日の午後、結婚の件について重要な話があるので、屋敷までおいでください、という内容の手紙を持たせて。
雪「式神さま」
式神「あ、雪ちゃん。どうしたの?」
雪「あの、お話があります」
式神「はーい」
式神は雪の側に来ると、必ず床をごろごろして雪を見上げるようにする。前にどうしてそういう格好をするのかと聞いたら、この角度から見る顎と首筋のラインが完璧なのだ、と強く主張されたことがある。
雪「明日、文を通わせている5人の公卿の方々をこちらにお呼び申し上げます」
式神「ふーん」
雪「式神さまには5人の方々にそれぞれ別の課題を出していただきたいのですが」
式神「仏の御石の鉢に、蓬莱の玉の枝、火鼠の裘、龍の頸の玉と、燕の子安貝か。よくもまあ、こんなに意地の悪いものを考えたなー。姫ちゃんって、見かけと違ってドSだよね」
雪が説明する前に式神は課題の内容を列挙した。多分、例の記憶の共有という能力を使ったのだと思うけど、いきなりだと本当にびっくりする。
雪「あの、ドSって何ですか?」
式神「わざと痛いことや恥ずかしいことをさせて興奮する変態ってことだよ」
雪「かっ、かぐや姫さまはそんな意地悪な方じゃないです。とっても優しい方ですよ」
式神「ふっふっふ、それはまだ猫かぶってるんだね。本性を見せたらきっとすごいよー」
(そ、そうなのかな。私、まだかぐや姫さまに信頼されてないから、全部見せて頂いてないのかしら)
雪の知らないかぐや姫の一面を式神に聞いて、雪は少しだけ悲しい気持ちになった。胸の奥が締め付けられるようなこの気持ちに何と名前をつければいいのか雪にはわからない。
式神「ん? どうしたの、変な顔して」
雪「えっ、いえ、なんでもないです。ただちょっと考え事を」
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