百廿肆.3次元
それは庭で一心に何かをしていた。その前にはひらひらと布らしきものが数多くはためいている。その光景は何かものすごい既視感を呼び起こすもので……
俺『物干し竿かっ』
それは、現代日本の都会ではすでに伝説になりつつあるほどの、庭に立てるタイプの立派な物干し竿が何本も並んでいて、染色を施した小袖にタスキをかけた女性が洗濯物を干している光景だった。あまりにも昭和なその光景に、一瞬ここが何時代だったのか完全に混乱してしまった。
墨「かぐや姫さま?」
俺「一体、この神社の時の流れはどうなってるんだ」
墨は俺が何を言っているのか全くわからないようで、俺の顔を不思議そうに見つめている。まあ、未来の知識がないとこの衝撃は理解できないよな。
天児屋(一体、何を驚いてるんだ?)
俺(いや、なんでもない。それより、あの人は誰か知ってるか?)
天児屋に未来の話をしてもぴんと来ないらしいことはすでに確認済みだから今更くどくどと話をするつもりはない。それよりも、昭和感たっぷりな本人に直接話を聞くほうが有意義だろう。
天児屋(すせり姫だよ。大国主の嫁さん)
俺(なにぃっ!!)
よ、嫁だとぉっ!
天児屋(おっ、大声出すなよっ! びっくりするだろっ!!)
俺(ごめん。ってか、嘘だろ?)
天児屋(嘘なわけないだろ)
確かに日本書紀によれば大国主とすせり姫は夫婦だけれども、そんなことを言ったら天児屋だって天美津玉照姫という嫁がいるという設定がある。
俺(お前も結婚してんのか?)
天児屋(してるわけないだろっ)
俺(だよな)
天児屋(……、また僕のことバカにしただろ)
それにしても大国主、仕事もちゃんとしてて、だけど残業なしで、その上結婚してるとかどんなリア充だよ。しかも、すせり姫って遠目からだけどすごい美人じゃない? 何がみゆきちゃんだ。何が3次には興味がないだ。くっそ、死ねばいいのに。
墨「かぐや姫さま、顔が怖いです」
一瞬黒い影に心を支配されかけたような気がしたが、気を取り直してとにかくすせり姫と話をしてみようと、一生懸命洗濯物を干しているところへと近づいていった。
俺(あ、あの)
すせり(はっ、はいっ?)
俺(あ、ごめんなさい。あの、俺、かぐや姫というものですけど)
すせり(はあ)
俺(その、すこしお話したいことが)
すせり(ごめんなさい。布団でしたら間に合っていますので)
俺(は?)
すせり(あ、それともマッサージチェアですか? うちには電気が通っていないもので)
俺(いや、あの)
すせり(投資信託とかでしたら、あたし、無理ですから)
俺(何を言っているんですか!?)
すせり(あれ? 押し売りの方じゃないんですか?)
俺(違いますっ!!!)