百拾捌.ふわふわと脳筋
とりつく島もない武甕槌の様子に、これ以上春日神社に滞在しても無意味だと悟った俺は、天児屋の話に出てきた大国主に会うために出雲の杵築大社へと向かうことにした。ちなみに、杵築大社とは現代では出雲大社と呼ばれる神社で、そこに大国主が祀られているのだ。
俺(天児屋、出雲に行くぞ)
天児屋(えー、なんで僕が?)
俺(お前は俺の使い魔だろ。主人に同行するのは当たり前じゃないか。むしろお前からお願いしろ)
天児屋(そんなこと言ったって、僕はこの神社の主神なんだよ? 主神が勝手に神社からいなくなったら、人間たちは大混乱じゃないか)
俺(大丈夫。人間はどうせ神さまなんて見えてないから、いてもいなくてもおんなじだよ)
天児屋(ひどっ。僕はちゃんと人間界の方にも顔を出して、お祈りとか聞いて時々願いを叶えてやったりしてるんだよ)
俺(へー、意外に律儀じゃん。そんなキャラに見えないけどな)
と言ったところで、俺は気づかなくてもいい事実に気付いてしまった。
俺(あ、もしかして、こっちじゃ誰にも相手にされないから……)
天児屋(うっ、うわーん。ごっ、ご主人さまなんて大嫌いだー)
俺(……、ごめん。悪かったよ。だから、そんな泣くな)
うっかり無意識に鋭い言葉で心をえぐってしまったせいで、俺はショックで倒れこんだ天児屋を必死でなだめるはめになってしまった。……、テメー、どさくさに紛れて胸揉んでんじゃねぇっ!
ゴツン
(全く、油断も隙もない)
俺(とにかく、これから出雲に行く。お前もついて来い)
天児屋(うー)
俺(「ついて行かせてください、お願いします」って言わないと、これから「いいこと」するぞ)
天児屋(すいません、マジ、勘弁して下さい、それだけは)
そんなわけで、天児屋に土下座されてお願いされた俺は、仕方なく天児屋も一緒に出雲に連れて行くことにした。全く面倒な事だ。
天児屋は神さまだけあってやっぱり問題なく飛べるらしい。ただ、本人曰く飛ぶのはあまり得意ではないらしい。
天児屋(僕は知的な神さまなんだよ。空を飛ぶなんて野蛮なことは、いっつもふわふわ浮いてる連中か脳筋なやつらにでもやらせておけばいいんだ)
本当に飛ぶのは苦手らしく、しょっちゅう疲れたと言って休憩を要求する。そのたびに地面に下りることになるからなかなか進まない。
天児屋(ご主人さまが僕を抱っこして飛んでくれたらもっと早く着くと思うんだけどなー)
ちらちら……
休憩をする度に天児屋が何かを期待するような視線を送ってくるのがなにげにむかつく。後、なぜか「ご主人さま」という呼び方が気に入ったらしく最近ずっとそう呼ばれているが、それについてもちょっとイラッときた。
俺(俺は墨を抱っこするので精一杯だ)
天児屋(じゃあ、ご主人さまが僕を抱っこして、僕がその貧相な猫を抱っこすればいいじゃん。腕が疲れるけど仕方ないから我慢してやるよ)
俺(うるさい。墨は俺のだ)
誰がわざわざこんな手触りの良い抱き枕(=猫)を手放してエロガキと交換しなければいけないんだ。
墨「かっ、かぐや姫さま……」
俺の隣に腰を下ろしていた墨は、何を思ったのか急に顔を赤くして下を向いてしまった。あれ? そんなフラグあったっけ?
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天児屋は名前の由来が「小さい屋根の建物」で託宣に関係しているとされていたり、岩戸隠れの時に祝詞を唱えたりと、どちらかというと頭脳派の神さまです。それに対して武甕槌の名前は「雷」が由来で、雷神、軍神とされている神さまです。そんなわけで、天児屋に言わせれば武甕槌は「脳筋」という範疇に入ることになるのですが……