百.出家願望
(最悪だ……)
俺はすべてが終わった後の自室で畳に突っ伏して自己嫌悪に陥っていた。
歌会は名立たる公卿・貴族がことごとく失神するという大惨事になり、かろうじて死者は出ていないものの未だに目が覚めない貴族もいるという状況である。俺が近くにいると目覚めた時に再びショックを受けるかもしれないということで自室に帰されてしまったが、責任は全部俺にあるわけで。
不幸中の幸いは爺が生理現象のために席を立っていたことで、残った貴族たちはみんな若く体力がある上に、育ちがいいせいで生まれた時から美しいものを見ていたために魅力に対して耐性が強かったということだろう。そうでなければ間違いなく死者が出ていた事故だった。
なぜか貴族たちは帰り際にみな「いいものを見せてもらった」と満足気だったのが不可解だったが。
雪「かぐや姫さま……」
俺「雪。ごめん、独りにしておいて」
雪「かしこまりました」
(雪に当たるなんてどうかしてる)
そう思うが、今の俺は雪の目を見るのも嫌だった。別に今回の件で雪は何も悪くない。だけど、雪に俺の気持ちなんてわかるわけないと思うから、雪のどんな言葉も薄っぺらい嘘の言葉のような気がして妙に腹が立ってくるのだ。それが余計に自己嫌悪を引き起こしてさらに落ち込むという悪循環になってしまっていた。
あの会場で雪が他の貴族と一緒に失神していたのを見て、改めて最近はすっかりなりを潜めていた苦悩が結局解決していないことを思い知ってしまったのだ。
俺は、孤独だ。
心は男で身体は女。そんな俺にはこの世界でまともな友情や恋愛なんて不可能だ。その上、この魅力という呪い。自分の心をすべて見せようとすると相手が失神して、場合によっては死んでしまう。だけど俺は、この見知らぬ世界で何よりも信頼できる友人や恋人を求めているのだ。
もし俺が心も女だったら…。心を変えられるはずがないけれど、つい現実を否定したくなる。もしそうなら、きっと雪とは気のおけない友人になれるし、選びたい放題の美形公卿の中からお気に入りのを見つけて結婚して、天照の気が変わって現代に戻れるのをゆっくり待つこともできるだろう。
だけど、俺は男だ。雪が時折見せる可愛らしい表情や仕草にどうしてもときめいてしまう。それに俺は女心はわからないから年頃の女の子らしい会話なんてできるはずもない。どうしたってぐだぐだなデートのなりそこねみたいな空気の会話をするのが精一杯だ。
その上、どうも俺の身体には成熟するにつれて性欲が生まれてきたらしい。そして、それが今の自己嫌悪のもう1つの理由でもある。
そのことは、今回の祝宴で美形男子をたくさん見ていて途中から気がついた。心とは無関係に男性の容姿を確認してその値踏みをしていることが何度かあって、そのたびに自分が信じられない思いになった。だけど、歌会の時に逆ハーレムの妄想をしていたことで、疑惑は確定的になった。
(……帰りたい)
今ほど強くそう思ったことはなかったかもしれない。ここのところ、今の生活にも慣れて正直このままでもいいかもと思い始めていたけれど、やっぱりこんな生活は無理だ。
別にこっちの生活に未練なんてない。だから今すぐにでも帰れるものなら帰りたい。でも、帰り方は天照しか知らないし、天照が本当に俺を現代に帰せるのかどうかすら月☆読の話だと保証できない。もし本当に帰れなかったらどうしよう。
(いっそ、尼にでもなって山にこもろうか)
魔法を使えばどんな場所でもそれなりに快適な生活ができるはず。人目につかなければどんなことをやっていても問題になることはない。俺みたいな規格外の人間はそういう生活の方がマシなんじゃないだろうか。
できれば人里離れた、めったに誰も踏み込んでこないような山奥の古寺がいいな……
とうとう第百話に到達しました。三桁ですよ、三桁。書き始めた当初はここまで書き続けられるとは思ってなかった上に、プロットももっとシンプルなものだったのですが、どんどん話が大きくなってきてしまいました。まだまだネタ元の竹取物語では冒頭部分でしかないですが、これからもよろしくお願いします。




