電話を切るとき
いろいろなジャンルを書きたくて、まず恋愛に着手。
この話はフィクションです。実在する人名。
その他もろもろとは一切関係ありません。
異性と休み時間の度に会話をして、登下校を一緒にすれば、世間では付き合っているというらしい。
愛紗は不愉快だと言わんばかりの表情で目の前の男を見ていた。彼は先程から他愛のない話をしている。
愛紗の彼氏と位置付けられている裕真だ。
愛紗はそれに適当な相槌を打ちながら、違うことを考えていた。
彼に告白されたのは一週間前、だが愛紗は返事を保留にした。それから何を思ったか彼は愛紗の回りに頻繁に出没し始めた。
前からよく話はしていたが、登下校にふらりと近付いて来るようになったのだ。一人で登下校しているので、盾にする友人もいない。
正直うざいが、なぜか拒めなかった。話を聞くのも嫌ではない。
だがそれよりウザイのが恋愛には目がない女の子たちの噂だ。
悪く言われても気にならなかったが、この噂には心をかき乱された。わざわざ事実確認をする者までいて、別に、やら好きに考えて、とはぐらかした結果、一つの形に収まった。
噂は、もしかしたらあの二人付き合ってるんじゃ……から、とうとうあの二人付き合い始めたのね、に変わったのだ。事実無根、実に腹立たしい。
愛紗はチャイムが鳴って自分の席に帰っていく裕真の背を目で追った。知らず知らずに溜息が漏れていた……。
昼休み。愛紗は自称友だちに拉致されていた。誘い文句は奢るから、だ。
食堂の隅のテーブルに座り、愛紗は黙々と箸を動かす。彼女と話すことは何もない。
「ねぇ。あれから裕真くんとはどうなったの?」
彼女は身を乗りだし、声を潜めた。興味津津という様子だ。
「別に」
「ふーん。そっか、うまくいってるんだぁ」
彼女の顔がニヤッとからかいモードに変わった。ラブラブね~と茶茶を入れる。愛紗はじめっとした視線を友人(仮)に向けた。
火の無いところに煙は立たぬと言うが、燻っている火を煽るのが彼女だ。噂の大半は彼女が流したと、愛紗は確信している。
「ねぇ知ってる?」
知らない、と心の中で返した。
「電話で最後切る時ね、相手をより想ってるほうが、耳を傾けて相手が切るのを待つんだって。今までの会話の余韻に浸ってるの」
「……バカバカしい」
「なんで? 切るまでの時間が愛に比例してるんだよ? ロマンチックじゃん!」
愛紗は眉をひそめて、お茶を飲んだ。もしそれが本当ならば、愛紗の愛は無いに等しい。彼女はいつも会話が終わったらすぐに切っているからだ。
「バカバカしい」
さらに語気を強めて繰り返す。
彼もすぐ切っているに違いない。そんなメルヘンは現実には存在しないのだ。
「もぅ。可愛げがないんだから」
そんなものなくて結構と、愛紗は食べ終わった食器を持って席を立った。
彼女に話をするととんでもない噂になったりする。彼女は蒔かれた種を丁寧に育て花を咲せるだけでなく、その種を取ってさらに増やすのだ。
愛紗はなるべく関わらないようにしようと、げんなりした顔で教室へと戻っていった。
愛紗は午後の授業を終え、家に帰った。もちろん校門で裕真に掴まり家路を共にするはめになった。
制服を脱ぎ捨ててラフな格好になる。制服をハンガーに掛けていると、ベッドの上の携帯電話がなった。
愛紗は驚いて心臓が飛び跳ねる。徐々に鎮まってゆく鼓動を感じながら、それに手を伸ばした。一人だけ違う着信音。激しい曲調のものにしたのがまずかったのか、毎回心臓に悪い。
愛紗は震えるそれを手に取って、ボタンを押した。人と繋がれるボタンを。
「よう。何してる?」
彼は毎回それから始める。
「貴方と電話してる」
そう返すのが恒例となっていた。
「だよな」
裕真は笑って、学校で話すような他愛もない話を始めた。
愛紗が話すこともあるが、大抵短く、間が持たない。何より彼に相槌を入れる方が楽だった。
話の内容はどうでもいい、ただ声を聞くために電話をしていた。
三十分ほど話して、裕真は話をまとめ始めた。そろそろ終わりかと愛紗が思った時、昼休みに言われた言葉が甦った。
信じていない、なんの根拠のない話。だけど、気になった。
「じゃあ、また明日学校で」
彼の声はいつも優しく、暖かい。不思議と安心してしまう。
詐欺師になれるんじゃない? と嫌味でも言ってみようかと思ったが、代わりに出たのはいつもと同じ言葉だった。
「うん。また明日」
いつもと同じ、違うのは愛紗の指が、すぐにボタンを押さなかったこと。彼との繋がりのボタンを。
愛紗は黙って耳を傾けていた。だが一向に切れる気配が無い。
愛紗の胸に戸惑いとざわめきが走った。
(なんでさっさと切らないのよ!)
今さら愛紗が切るのもおかしい。
不自然な沈黙。どうすればいいかわからない。
「……えっと、そこにいる?」
スピーカーからは戸惑った裕真の声が流れた。
愛紗は言われた言葉と現実が繋がって、一気に顔が紅くなる。
「な、なんなのよ、あんたは! 勘違いしないでよね!」
動揺は極致に達し、愛紗は捨て台詞を吐いて通話を切った。
“より想ってるほうが、待ってるんだって”
愛紗の頭は先程からその言葉が何度も繰り返されている。
(なんなのよ、あいつ! たまたまよ!)
愛紗は手の平の中にある携帯電話に視線を落とした。
ただの機械なのに、と呟く。そして、まだ紅い頬に手を添えた。手の平に暖さが伝わる。
(言ってやるもんか。絶対、絶対言わない)
愛紗は口を一文字に結ぶと、ぷいっと顔を背けた。まるで彼が目の前にいるかのように。
返事は保留にしてある。驚いて言葉が出て来なかったから。
そして、自分の中にある言葉を言いたくなかったから。
(今さら、どんな顔して言えばいいのよ)
愛紗の口がわずかに動いた。二文字の動き。
声にならない、形だけ。
二人が周囲が胸焼けするような激甘カップルになるのはもう少し後のお話……。