鳥の世界にとりっぷ!
「動物の世界にとりっぷ!」のシリーズに (*゜∀゜)=3ムッハー となってやってしまいました。
後悔はしていません。多分。
拝啓 母さんへ
お元気ですか?
それほど経ってもいないはずなのに、最後にあなたに会ったのも、随分と遠い昔のことのように思います。
そちらはそろそろ寒くなってくる頃でしょうか。
母さんのことですから抜かりはないでしょうが、ぴいちゃんの夜の掛け布をそろそろ冬仕様にしてあげて下さいね。
ところで、嬉しいお知らせです。
あなたの不肖の娘は、そちらの世界ではついぞ見つからなかった、理想のダンナさまをゲットしました。
時々、羽が生えてたりクチバシがあったりしますが、うちのダンナさまはお金も権力も持ってる上に、マメで子育てに協力的な優しい人です。
人の顔さえ見れば、結婚はまだか、ヘンな衣装着て踊ってばっかりいないで、いいかげんに孫を抱かせろと口やかましかったあなたですが、今ならどんと抱かせてあげられますよ。まだ卵ですけれども。
そう、いくら異世界だからってこれは無茶すぎるだろうと思いつつも、ついに先日、私は無事に卵を産み終えました。ダチョウの卵ぐらいのサイズを二つ。おそらくこれは人類初の快挙だと思うのですが、この感動を分かち合ってくれる人がこの世界にはあまりにも少ないのが残念です。
こちらの予想のはるか斜め上を行く出産と子育てに不安は尽きませんが、優秀なダンナさまが率先して働いてくれるので、大いに頼りにしています。
生活や風習の違いとか、いろいろありますが、今、私はとても幸せです。
母さん。
いきなり行方をくらませた娘に怒ってるでしょうね。心配もしてるでしょう。
でも、そのうち気持ちを切り替えて、自分の人生を楽しんでくれる人だと信じています。
なんたって、私の母親なんだし。
どうぞ身体には気をつけて。もう私はいないんだから、兄さんや義姉さんとは仲良くね。
あなたの娘、千鶴より
出すあてのない手紙をざっと眺め、丁寧に折りたたんで封をした後、引き出しの中へしまいこんで鍵をかけました。
私が元の世界のことを考えていると知ると、それでなくても気苦労の多いダンナさまがストレスでハゲをこさえそうになるので、決してこういうものを彼の目に触れさせてはいけないのです。
既にお気付きかと思いますが、私のダンナさまは鳥族です。鳥族の中でも力を持つ方々は、鳥の姿と人の姿、どちらも自在にとることが出来るんだとか。羨ましい。
ダンナさま自身は、一組のペアとその子供達、という核家族で育ったそうです。
しかし、巨大な岩山を利用して作られたこの要塞のようなお屋敷には、一族を治めるための組織が置かれて多くの鳥族が出入りしますので、いまいち集団行動が苦手だと自覚のあるダンナさまは、その取りまとめには非常に気を遣うそうです。
あの日も、縄張りのパトロールを口実にお屋敷を抜け出し、一人で息抜きをしていたところ、けたたましく絶叫しながら落ちてくる私を発見したのだとか。
落人の噂は聞いていたが、これほどやかましくて厄介なものだとは知らなかった、とはダンナさまの弁。
初対面の時のことを思い出すと、当時のやっちゃった感がありありと蘇って、今でもかなりいたたまれない思いに苛まれます。
しがないOL生活を送っていた私の最大の健康法は、学生時代から続けている競技ダンス。
そして、私の最大の癒しはオカメインコのぴいちゃんでした。
あの日は、就業後にこつこつと練習してやっとの思いで勝ち残ったラテン部門のセミファイナルだったのです。しかし結果は残念なものでした。
がっかりしている私に、審査員のある人が言いました。落ちた理由は簡単。技術はある。
しかし私がデカすぎて、パートナーとのバランスが悪すぎるんだそうで。
なんですとぉおおお!
ええそりゃ確かに、うちのご先祖さんには白人さんが紛れ込んでるらしいですけど?
私は日本人にしては大柄な175cmですけど?
うっかりダンス用のハイヒールなんぞ履いた日にゃ、180cm越えますけど何か?
背の低い男性だって気の毒だと思わなくもないけど、一々恨みがましい目で見られるのはうんざりなのよ!
胸だって、この乳牛が!と見知らぬ人に謂れの無い罵声を浴びせられること数知れず。
すくすく育っちゃったものを、今更縮められるか! 私にどうしろって言うのさ?!
ちやほやして寄り付いてくる男なんて、皆、私の胸目当てで碌なもんじゃなかったわ。
浮気を責められたからって、顔と中身は平凡なくせにって逆切れしてんじゃないわよ!
ええそうよ、どうせモデル事務所からのスカウトなんて来ませんともさ!
悪かったわね、うちの両親も祖父母も至って平均的な日本人よ! 何か文句ある?!
と、内心すっかりやさぐれていると、その人は、いっそ海外で挑戦してみたら?と一枚の名刺をくれました。
その瞬間、私の前には確かに新しい世界が開けたはずだったのです。
そっか、私がデカいんじゃない!
この国が、この国の男が、私にとって小さすぎるのよ!!
待ってろ世界! この手で成功を掴んでやるわ!!!
そしてやる気満々で一歩踏み出した先、そこには今まで見たことも聞いたこともない世界へ通じる穴が、ぽっかりと開いていたのでした。
「――え?!」
咄嗟に捕まえようと伸ばした手の先が、穴の縁に引っかかることもなく、するっと通り抜けるところを見てしまいました。
そして、すとーんと身体は空中へ。
「やだ落ちる!落ちるぅ!!!!!!!」
ぎぃやぁぁあああああああああ!!!!!!!!
もう命は無いと思いましたね、ええ。
それでもやっぱり、まだ死にたくはないわけで。
「誰かぁああああああ!!!助けてえええええ!!!!!」
必死で助けを呼ぶうち、
『分かった、安心しろ。叫ばなくとも聞こえている』
落ち着いた男の声とともに、視界の端をすっと何かの影が過ぎりました。
次の瞬間、耳の横で鋭く空気を切る音がして、目の前に巨大な青い鳥が滑り込んで来ます。
そのシルエット。
鮮やかなコバルトブルー。
ちらっとこちらを振り返ったときに見えた、鋭い眼の周りと頬のくっきりした山吹色。
私の目が確かならば、それは、かの世界最大級のインコにして希少なる絶滅危惧種!
鳥を愛する者なら何としても一度はお目にかかりたいと願う、あの!!
「きゃあああああ!スミレコンゴウ?!」
『やかましい。助かりたくば口を閉じてじっとしていろ。舌を噛むぞ』
柔らかな光沢のあるコバルトブルーの背中がぐっと迫ってきました。
夢中で手を伸ばして、その羽毛にすがりつきます。
「すごい、すごい、嘘みたい」
あー、すべすべで気持ちいーい。
いくらスミレコンゴウインコでも、こんなに大きいはずはないよね。
そうだこれはきっと夢、夢に違いない。
だったら覚めないうちに、存分に撫でくりまわしておかなければ!
羽毛の隙間に手を差し込んで地肌をカキカキしてやると、ぶわっとそこら中の羽毛が逆立ちました。
うわー、あったかーい。ふわふわー。リアルな夢だなー。
『やめろ、飛行中にくすぐるな!』
こちとら伊達に赤ん坊の頃からインコ達との付き合いがあるわけじゃありません。
背中から、肩、首にかけて羽毛を軽く逆立てるようにさわさわ~っと撫でていきます。
うふ、うふ、うふふふふふ。
『っく……! 何だ、この女!』
うわあ、何、この色っぽい男の声は!
激しく動揺したらしいその声を聞いた瞬間、ばっちーんと私の脳内のスイッチが入りましたともさ!
え、なに? これってクールなタフガイが、成す術も無く弄ばれちゃったりしてる訳?!
いいねぇ、実にけしからんですよ!
そっちがそう来るなら、こっちだって全力でお応えせねば!
せっかく夢の中なんだし、楽しまなきゃ損ってもんよね?!
そこで、手を休めることなく動かしながら、いかにもそれらしく、スミレコンゴウさんの背中に擦り寄ります。
「ねえ、気持ちいい?」
『お前は阿呆かっ、危険だ! 今すぐ止めろ!』
「だ~め!」
私の脳内アントワネットが、既におーっほっほっほと高笑いを始めております。
ふふふわたくしの前に現れてしまった以上、覚悟することね。
いずれ貴方も、決して抗えなくなるほどに手懐けてあげてよ?
我が家のインコ達を軒並みメロメロの腰砕けにしてきた、わたくしのテクニックに溺れるがいいわ。
『……うっ……ああ、くそっ……止めろ、止めてくれ……!』
ああ、そのこみ上げる衝動を無理矢理ねじ伏せようと堪えてるような声もいいわね。
理性の優った男って好きよ? もっと苛めてあげたくなるわ。
ほら、もっと気持ちよくなってごらんなさいな。
『あ、ああ、そこはっ……!』
「あらここ? ここがいいの?」
まあ可愛い。ガマンのしすぎでぷるぷる震えだしたのが丸分かりよ?
『ダ、ダメだっ、こんなところで墜落するわけにはいかん……!』
「ふふふ、貴方って本当に素敵ね」
いいのよ、そうやって抗いながらわたくしのところへ堕ちていらっしゃい?
そうしたらもう、貴方は骨の髄までわたくしのものよ。
ああその日が待ちきれないわ!
さわさわと手を動かしながらいけない妄想に耽っていると、コンゴウインコ特有の強烈な鳴き声がして、目の前から、ふっと青い背中が消えてしまいました。
「――え?!」
そこからしばらく記憶がありません。
次に目が覚めたときには、だだっ広くて柔らかいマットの片隅に寝かされていて、傍らに腰を下ろした、妙に威圧感のある男前に見下ろされていました。
「……起きたか」
彫りが深く、浅黒い顔に澄んだ黒い瞳の男性は、私の知る限りではあり得ない色の髪の毛をしていました。
どこかで見たようなコバルトブルーに、鮮やかな山吹色のメッシュ。
束ねきれずに顔のまわりに零れた青い髪と、光沢のある黒いドレスシャツの肌蹴た胸元が、どこか退廃的でもの憂い空気を感じさせます。
「起きたなら、話がある」
「はい」
もぞもぞと起き上がって身辺を整えます。今着ているのは穴に落っこちたときそのままの、大胆露出なラテンダンス用コスチュームであるわけなのですが、靴だけは脱がされておりました。
自意識過剰と言われようと、それなりに扇情的な格好である自覚はあります。
紳士的な人に拾ってもらったことに、内心ほっとしました。
ほつれかかったまとめ髪をそそくさと撫でつけ、見苦しくないように超ミニのスカート部分を整えていると、男前さんから強い視線を感じます。
「……なんですか?」
「お前にも恥じらいというものがあるのかと思うと意外でな」
なにげに失礼なことを仰る男前さんの顔が、ふっと緩みました。
わあ、何という色気! なんでしょうこの尋常でないセクスィーさは?!
ものすごい勢いでフェロモンがダダ漏れですよ!
いい歳した私ですら、思わず頬を染めちゃったりするじゃありませんか!
「あ、あの、貴方は?」
「先ほど、空から落ちてきたお前を助けた者だ」
ロベルトと名乗ったその男前さんは、自分が鳥族の首長の一人でさっきの巨大インコであること、私の手を止めさせるために一旦空中へ放り出し、足で掴み直してここまで運んだということ、気を失うまでは暴れて大変だったということ、飛行中の鳥族にああいう触れ方をすると大変危険であること、それ以前にそもそも許し無く人の身体にああいう触れ方をするというのはあるまじきことだと、抑えた口調で語りました。
「……ええと、あれって夢じゃ……?」
「夢ではない」
「嘘っ?!」
「嘘でもない。運が良かったな。私相手にあのような振る舞いを仕掛けておいて、命があったのはお前ぐらいなものだろう」
何かその時の様子でも思い出されたのでしょうか。
急に黒目が小さく窄まって、その目が!目が怖いです……!
本気でがっつりとご立腹であられる様子に、全身から血の気がざあっと引きました。
オカメインコのぴいちゃんがこの目をしたときは、攻撃開始まであと3秒。
ぴいちゃんサイズで流血沙汰です。あのスミレコンゴウさんなら私の首の一つや二つ、いとも簡単に食いちぎってしまうに違いありません。
「も、申し訳ありませんでした!」
慌ててその場にひれ伏し、マットの上ではありましたが男前さんに日本人の最敬礼でお詫びをいたしました。
これって、例えて言うなら、海で沖へ流されて溺れかけたところに救助に来てくれたライフセイバーの身体に一目惚れして、救助作業中にも関わらずエロ目的で撫でくり回して互いを危険に晒したようなもんだよね。
言語道断です。どんな痴女ですか。阿呆にも程があります。
小一時間に亘ってひたすら平謝りした挙句、この一件は他言無用とクギを刺されてようやく放免となりました。
ああ怖かった。絶対、この人の逆鱗には触れないように注意しよう。
それと、妄想はほどほどに。
ところで、この世界には、たまさか空から降ってくる人間の女性がいるらしく、落人と呼ばれているそうな。
落人は落下先の一族の手厚い保護を受けるものなんだそうです。
それが理由か、落ちてきてから数日しか経たないのに、屋敷で顔を合わせる多くの鳥族男性から、挨拶早々こっちがドン引く勢いで口説かれまくりです。
人の一生、モテ期は三回あると聞きますが、まさに今がその真っ最中であるにちがいありません。
このお屋敷は鳥族の中でもインコやオウムのグループを管轄する所だそうで、他にも種族の近いものが集まって、いくつかグループを形成しているのだとか。で、それぞれグループに長がいて、共同で鳥族を治めているのだそうです。
そもそもこのお屋敷にいて人の姿になれるような人たちは、グループの中核を担うような大物揃いなんだそうな。それが、一回会っただけなのに、服だの花だの宝石だの果物だのお菓子だのと、びっくりするような高価そうなプレゼントを贈りつけてくるので、浮かれるよりも、困惑が先に立ちます。
異世界いっちゃいました~v
セレブでステキな異性に囲まれちゃって、うふ、どうしよう?vv
――って、勘弁して下さい、それどんな乙女ゲーよ?!
しかも皆さんどういうわけだか無駄にフェロモンむんむんで暑苦しいし!
一つの組織にセ○○ィー部長は一人で充分でしょ!
今の気持ちをダンスで!とか言って踊り出されても訳わかんないし!
私はどっちかって言うと、女性の皆さんと和気藹々をしたいの!
なのにこんな状況だから、思いっきり競争心をむき出しにされちゃって、居心地の悪いこと悪いこと。
彼らに止めさせて欲しいと、セ○○ィー首長もといスミレコンゴウのロベルト様(ナチュラルに様付け。他の鳥族とはさすがに格が違います)にお願いしたけれど、放っておけとのつれないお返事。
いつもクールな口調で淡々とこちらの様子を気遣ってくれるロベルト様ですが、そもそも、そのご当人にしてからが、首長ってそんなにヒマなんですかと尋ねたくなるぐらい、なんだかんだと理由をつけては頻繁に顔を見せにこられます。
他に話し相手もいないので有難いといえば有難いのですが、あまりにしょっちゅうだと、私のせいで仕事に差し支えやしないかと不安になります。
しかしロベルト様曰く、これも仕事の一環なのだとか。
理由を聞くと、落人たる私の身の安全を確保し、快適な生活を送ってもらうためなんだそうな。
「だったら、何とかして下さい。これじゃ部屋から外に出ることすら出来ません」
困ってるんですお願いしますとしつこく食い下がったところ、ロベルト様はふと何かに気付いたような顔をされました。
「……そうだな。一つ、手がないこともないが」
「お願いしますっ!」
おおお、さすが鳥族の首長の一人!
「但し、お前の全面的な協力が前提条件だ」
「分かりました、この状況から逃れるためなら何でもやります!」
サー!イエッサー!
「本当だな?」
「はい!」
「よし。ならば作戦決行は明日だ」
楽しみに待っておけと立ち上がったロベルト様の口元に、邪悪な笑みが浮かびました。
わあ、エロス大魔王の降臨ですよ! 男性の皆さん逃げて逃げてー!
で、誰よりも真っ先に逃げ出すべきは私だったと気付いた時には、もう手遅れだった、と。
その翌日、まずはロベルト様が自ら私の服を持って来られました。
ご自分の髪の色と合わせたのか、鮮やかなコバルトブルーのシルクサテンで出来たミニドレスです。
デザインは胸の谷間&ヨコ乳&お背中丸見せなホルターネック。もちろんノーブラです。
そしてドレスと一緒に渡されたのは、ラインストーンの入った華奢なミュールと、ゴージャスでラグジュアリーなタンガ。Tバックともいうアレです。
胸もお尻もちゃんとリフトサポートしてないと垂れてくるというのに、一体このムッツリすけべはどういう了見なんでしょうか。
いや、折角ですから全部有難く使わせて頂きますけども。
そして、髪はぐるっと適当に夜会巻き。そこへロベルト様が直々に、あちらでは見たこともないような、不思議な光沢のあるオレンジ色の石を使った揃いのチョーカーとコームをつけてくれました。
こちらへ来て早々に化粧道具の差し入れがあったので、装うということに全く不自由はありません。
ロベルト様からは毎日こういう服ばかり届けられるので、最初のうちこそ、私が着て来たラテンダンス用のコスチュームがあちらの標準的な衣類だと思われてるのかと疑っていたのですが、全く違いました。
この世界ではむしろ、今着ているコレですら、落ち着いて見えるぐらいです。
どうも謎なんですが、ここの鳥族って、どうしてこうも露出度の高い格好をしているのでしょうか。
男性は光沢のあるシャツの胸元をやたらと肌蹴てたりする人や、上半身裸の上にワイルドな革っぽい素材のベストを直接着て、筋肉を見せびらかしたりしている人が多いです。
女性はラメ入りの水着に超ミニとかローライズのホットパンツが主流。ノーブラ、ハミ乳、ハミ尻はデフォルトです。身体にぴたっと張り付く素材のカットソーを着ててもニプレスなんて使いません。ご立派!
実際に飛ぶ必要があるからか、どなたもスリムで無駄の無い立派な身体です。眼福だなあ。
健康的な肌の色と、鮮やかな髪の色とがあいまって、ホント目が痛くなるほどにキラキラしています。
まるで何かの祭りのようです。背中に大きな羽背負って、サンバカーニバルとか出来そうな勢いです。
ここの鳥族は確かにラテン系のノリの種族だとは思うのですが、皆してこんなに浮ついてるってどうなんでしょうか? いくら仕事中の服装は自由だって言っても、本当に、この状態でお仕事出来てるのかどうか、激しく疑問です。
その最たるものが、今現在、テーブルに片肘ついて鼻血モノの笑顔を浮かべ、フォークの先に一口大のアップルパイを載せ、はいあ~んとばかりに差し出すエロス大魔王なのでした。
大魔王様の本日のお召し物は、立派な胸板のチラ見せ具合も絶妙な、黒いVネックのフリルシャツ。
充分にノーブルな空気を醸し出しているのですが、王子様というには威圧感がありすぎです。
鳥の翼を象ったペンダントヘッドには、私の着けているジュエリーと同じ宝石があしらわれており、フォークを差し伸べる手の指にもその宝石を使った大きな指輪が燦然と輝いていたりするのでした。
こういうのって、昨日の今日で揃えられるような代物ではないような気が。
それともこの人には簡単なことだとでも言うのでしょうか。
「ほら、チヅル。口を開けろ」
阿呆か!
何が悲しゅうて、人が集まるお茶時のサロンの真っ只中で、バカップルのフリをせにゃならんのだ!
「あ、あの、ロベルト様?」
「ん? どうした?」
「恥ずかしいんですけど……」
上目遣いを装ってじとっと睨みつけると、エロス大魔王はフォークを置いて立ち上がるなり、向かいの席から私を抱き上げて膝に座らせてしまいました。
すると周囲のギャラリーから、ひっ!と声を呑む気配がします。
あー、女性陣をますます敵に回したなー。
「お前は、実にいい顔をする。そそられるな」
大きな割には繊細そうな指が、ふにふにと私の頬っぺたを弄びます。
「何も遠慮することはない。これはお前のために用意したものだ」
お前のためって強調しやがりましたよこの人は。
しかも、何でもするって言ったよな、と書いてある満面の笑みで。
ちっ、仕方ない。
ヤケクソで口を開けると、すかさずアップルパイが入れられます。
「――あ、美味しい」
バターとシナモンのいい香りがする、さくさくとした歯ごたえも美味しい手作り感満載の素朴な味です。
「そうか。先に来ていた他所の落人に作って欲しいと頼んでみたのだが、気に入ってもらえてよかった」
周囲のどよめきは、先ほどの比じゃありません。
え、何ですって?
この辺は温暖だから、リンゴって随分遠くまで行かないと無いの?
他所の落人って、ロベルト様クラスでも滅多に会えないものなの?
そんな凄いものを手ずから食べさせてもらえるなんて、どんだけ愛されてんだって?
あ、あーそうですか、そういうことだったんですか解説ありがとうございます。
――って!
あんたたちのお喋りがこっちまで全部聞こえてるっつーの!
もうあんたたちジャマ! 私は見世物じゃない!! あっち行って!!!
私の剣呑な様子を察したのか、ロベルト様はふっと普段のように威圧感満載な空気を纏って、ついっと周囲を見渡しました。
途端に目を逸らし、そそくさとサロンを退場していくギャラリー達。
「ロベルト様、ちょっとお話が」
「それは後だ。――ほら、気に入ったのならもっと食べろ」
途端に甘ったるい空気を巻き散らかし始めるエロス大魔王。
しかも合間合間に、人の頬っぺた撫でたり髪を梳いたり、何遠慮なく触りまくってんのよ!
昨日までは、一線引いてあんなに紳士だったくせに!
口の端にお菓子がくっついたからって、貴方が舐め取る必要がありますか?!
そもそも口移しでお茶を飲ませる必要ってどこにあります?!
そのままディープキスになだれ込むってどうなんですか!
なんで勝手に、(ピ―――――――――――――――――――――――――――)!
他の奴らは気にするな、って気になるでしょう?! 見られてんのよ?!
だからって(ピ―――――――――――――――――――――――――、―――――――――――――――――――――――――――――――)!!!
そこで溺れてしまう私も私だけど、どんだけドSなのよ、このエロス大魔王様は!!!
もう最後は(ピ――――――――――――――――――――――――――――――――)なんて、さてはこのお屋敷の風紀の乱れは貴様が元凶か!!!
いや、大変素晴らしい、目くるめくひとときでしたが何か?
アップルパイも何もかも結局完食ですよ!
しかも美味しく頂きましたよ! どうもご馳走様でした!
……なのに何だろう、この敗北感は。
どうにもこうにもしてやられたという気分が否めません。
私はどちらかというと自分が主導権を握りたいんですよね。なのに全く形勢逆転出来ないままこの顛末、というのは軽く屈辱的だったりするわけで。
確かにね、ロベルト様は、一方的に流されて抱かれたってこっちがお礼を言いたいぐらいの素晴らしい男性なんですけれども、やはり牽制にしてはやりすぎじゃないのかと。
おまけに、ふと我に返れば「うちの首長に嫁が出来たぞおめでとうキャンペーン」が、屋敷の内外で絶賛開催中というこの状況。
そもそも、抱かれる即ち結婚成立ってのは、私の感覚ではありえないわけで。
素敵なダンナさま大募集中の私でも、これにはちょっと引きます。
困ったなあ。
ちょっと一人になりたかったので、送るというロベルト様をお断りして軽く黄昏ながら戻る途中、ずいっと私の行く手を阻む一群が現れました。
ロベルト様の狂信的なファンのお嬢さん方です。
「ちょっと顔を貸してもらうわ」
あっという間に、だだっ広い倉庫らしいところへ連れて行かれました。
ああなんというお約束の展開でしょうか。
やれロベルト様に近づくなだの、ぽっとやって来ただけくせにふざけんなだの、あんたよりも私のほうが、だのと10人からのお嬢さん達がぎゃあぎゃあ喚きたてます。
まあ、それだけのことを言うだけあって、皆さん、見事なプロポーションに漲るセックスアピールがハンパじゃありません。
ふん、それでも集団に埋もれて満足してるんじゃ、値打ちは無いわね。
ひと通りお嬢さんたちの乙女の主張を聞いたところで、私は言いました。
「――言いたいことはそれだけ?」
さっきはいいようにロベルト様の掌で転がされたという苛立ちが燻っている上、なお言いがかりをつけられた悔しさで、私の目は完全に据わっていたと思います。
「要は、私が貴女達より優れてるってことが分かればいいのよね。――誰でもいいわ。鳥の姿でかかってらっしゃい」
さあ、私のゴールドフィンガーがお待ちかねですよ!
その間、私の姿が部屋に見当たらないというので、ロベルト様は半狂乱と言ってもいい勢いで屋敷中の人員を総動員し、随分探し回っておられたそうです。
で、やっとのことで倉庫までやってきたところ、発見したのは、妖しい空気の中に恍惚と倒れ伏した、牛ほどもある大きさのメスインコ10羽と、憮然とした顔で腕をさすっている仁王立ちの私だったそうな。
「――チヅル!」
駆け寄って来たロベルト様に腕を伸ばすと、背骨がみしっと言いそうなほど抱きしめられました。
一体どうしたというのでしょうか。まるで縋りつかれているようです。
「チヅル、チヅル、こんなところにいたのか、探したんだぞ」
背中に触れるロベルト様の手が、さっきの熱さが嘘のように冷たくなって震えていました。
随分不安にさせたようで、心苦しい限りです。
ああ、意地なんて張らずに送ってもらえばよかった。
「お前はどうしてメス相手にこんなことをしてるんだ? 俺では満足出来なかったのか? 次はもっと努力する。頼むから、思うことがあるなら、ちゃんと俺に言ってくれ」
ロベルト様が、私の頭に頬ずりしながら一生懸命に呟いています。
「お前の気持ちも考えずに済まなかった。どうしてもあの場でお前が欲しかった。こんな衝動は初めてだったんだ。止められなかった。お前を満足させるより、自分の欲望を優先してしまったことは謝る。俺の生涯にはお前が必要なんだ。頼む、俺を見捨てないでくれ。お前に拒絶されたら俺はもう生きていけない」
うおおおおお何と情熱的な告白でしょうか!
今までの人生で、こんな口説かれ方をしたのは初めてです。
しかし、なにやら盛大な誤解があるようで、どうリアクションしたものやら。
ここへは彼女達に勝手に連れて来られただけで、私が欲求不満の解消に、お嬢さん方を連れ込んでいかがわしい行為に及んでいたわけではありません。
困り果ててしまい、少し離れて見上げると、ロベルト様の黒い瞳は潤んで不安げに揺れていました。
「お前が元の世界に帰りたがっているのは知っている。向こうの世界に愛する鳥がいるのも知っている。お前の願いなら何だって叶えてやりたい。だが、どれほど飛んでも、俺の力ではお前を元の世界まで運んでやることが出来ないんだ」
ああ、せっかくの男前が、なんて情けない顔。
「――だから、頼む。向こうの鳥のことは諦めてくれ。その代わり、俺の力の届くこと全てでお前を幸せにすると誓う」
微塵も余裕のなさそうなその様子が、可哀相でいとおしくて、柄にもなくきゅんとなりました。
こんなところを見せられてしまえば、私が思っているよりも、この人はもっとずっと真剣に私を好いてくれているのかもしれない、と信じるより他ないでしょう。
今すぐは無理でも、出来るなら同じ気持ちを返してあげたい。
こういうのを、ほだされるって言うんでしょうか。
安心して欲しくて、手を伸ばすとロベルト様の頬っぺたを両手で捕まえて引き下ろしました。
そのまま冷たくなった頬っぺたを撫でて、乱れているコバルトブルーの髪を手櫛で整えて。
「ロベルト様?」
えいやっと背伸びしてちゅっとキスをしてみます。
おお!憧れの身長差!! コレ、一度はやってみたかったのよね。
「お願いですから、貴方のせいでもないことで、自分を責めたりしないで下さい。それに」
頬から耳の後ろをするっと撫で下ろしながら、耳の中へ吐息を流し込むように囁いてみます。
「……さっきの、とても素敵でしたよ?」
ちょっとした意趣返し。このくらいしてもいいよね。
すると、驚いて大きく目を見開いていたロベルト様が、見る見るうちに耳まで赤くなりました。
うっわー、何、この可愛い人。
責めるのには慣れてるくせに、責められると動揺しちゃうの?
おねえさん、またいけないスイッチが入っちゃいそうだなー!
「……チヅル、その、許してくれるのか……?」
頷くと、ロベルト様は邪気のない、嬉しそうな笑みを浮かべました。
と、急に、さっきまでの弱気が嘘のように、がっつりと人の後頭部を鷲掴みにして、食らいつくようなディープキスをかましてきます。
周囲のギャラリーから、盛大な拍手と祝福の言葉が降り注ぎました。
ふと気がつけば、人前式ですか?! おいおいおいおい!
そして完全に復活したロベルト様は、事情を正確に把握するなり、またあのインコの点目になって激怒り。
こいつら許さん死刑にしてやると周囲も凍るキレっぷりです。
ヤバい。この人、クールなのは外側一枚だけだ。
きっと、首長を務めるために、いつも相当抑圧されてるんだろうな。
それにしても極端な人です。
万一浮気の疑いでも持ち上がろうものなら、相手は間違いなく消されてしまうことでしょう。
困ったなあ。
さて、一生懸命に助命嘆願をした甲斐あって、例のお嬢さん達は処刑されることも僻地へ飛ばされることもなく済みました。
カキカキのしすぎで私は軽く筋肉痛になりましたが、どうやら彼女達を手懐けることには成功したらしく、ロベルト様の狂信的なファンが、ロベルト様と私の狂信的なファンに変化した、ということのようです。
図らずも10羽の忠実な親衛隊を手に入れてしまったので、ロベルト様の助言に従い、なおもしつこくアプローチしてくる男性をお断りするのは、彼女達にお願いすることにしました。
そんなこんなで、結構こちらの世界にも馴染んできた私でしたが、それでもやっぱり、ふと元の世界が恋しくなってしまうことは止められません。
ロベルト様にはその辺もバレバレで、いろいろと気を遣わせてしまっているのが、やや心苦しいところです。
鳥族のお屋敷は、巨大な岩山を利用して作られています。私の部屋も、岩をくりぬいて作ったらしく、採光と換気のための窓が高いところにあるだけで、外の景色などちっとも見えません。
危ないから屋敷から外へは出したくないと渋るロベルト様に、このままでは病気になってしまう、ちょっとは外の空気を吸わせろとゴネまくり、ついにお屋敷の玄関を出て、――出て?!
うわっ!何で? 空しか見えないんですけど!
広い岩棚の縁へ恐る恐る近づいて、真下を見下ろしたときの衝撃は忘れられません。
遥か眼下に広がる森や平原、うねる大河と伸びる道。ぽつんぽつんと見える町。
何これ、リアルも○○け姫ですか?!
異世界だ、落人だと言われてもどこかピンときていなかったのですが、この時改めて、私はもう取り返しのつかない、それまでとは全く別の人生を歩まなければならないのだと腹の底から理解したのでした。
「――ここは、他の獣人たちの住まう平原の背後にそびえる高山の中腹にあたる」
いつしか背後に立っていたロベルト様の腕が私の腹に回って、岩棚の縁からひょいと引き戻しました。
「暑すぎず寒すぎず、風も安定していて飛びやすい。我が一族にとっては理想的な場所だが、お前には危なすぎる。あまり端へは行くな。間違っても、自分一人で下へ降りようなどとは思うなよ」
ふと見上げると、またロベルト様が不安げな瞳をしています。
「……そんなことしませんよ」
ここから一人で脱出しようとすれば、まずは命綱無しのフリークライミングをしながら、ファイトぉ!いっぱーつ!で断崖絶壁を下りる羽目になります。
間違いなく死ぬでしょう。
ああ、ここから先、私はもうどこへも行けない。
そのことが、息も出来ないほど恐ろしく、身体が震えだすのが止められませんでした。
ロベルト様と一線を越えた件は、その後の事件もあって瞬く間に広まりました。お屋敷の皆さんは、私が首長の妻であると信じて疑いません。
どういう理由か想像もつきませんが、当のロベルト様も私を気に入ってくれているのは間違いありません。
これほど執着している姿を見せられれば、私にだって分かります。
我々が別々のところで暮らすというのはありえない。
私が地上で生活したいと主張しても、首長の意に背いてまで下へ運んでくれる鳥族はいないでしょう。
私に残された居場所は、もうこの岩山の中だけしかないのです。
その夜、私がマットの片隅でうじうじと眠れない夜を過ごしていると、ロベルト様がひっそりと寝間までやって来ました。
髪は洗いざらしで束ねてもおらず、どうみても裸にローブ一枚に見えます。
「……どうしたんですか、こんな夜中に」
こちらの質問には答えず、ロベルト様は黙って、ローブの袖で丁寧に私の顔を拭いました。
そして何の躊躇いもなくローブを脱ぎ捨てると、次の瞬間、ばさっと巨大な青い鳥に姿を変えたのです。そして、ひょいとだだっ広いマットの上に載ると、真ん中でうずくまり、私を呼びました。
『――来い、チヅル』
「何でしょう?」
近寄っていくと、ロベルト様は器用にクチバシで私を転がし、ふわふわの腹毛の中へ仕舞い込みました。
ああ何という至福・・・・・・!
犬好きな人にとっては、巨大なもふもふにまたがって道を行くのが生涯尽きせぬ憧れなのだとすれば、やはり巨大な翼で風を切って飛ぶとか、巨大な鳥の腹毛にくるまって眠る、というのは、鳥好きな人にとって永遠の夢だったりするわけですよ!
『どうだ?』
「――いいですね!」
腹毛の中から顔を出してみると、ロベルト様がぐいっと背を曲げて私を覗き込んでいました。
『やっと笑ったな』
黄色い縁取りのある目が満足げに細くなります。
『ついててやる。今夜はこのまま寝てしまえ』
「夜這いに来たんじゃないんですか?」
『女の傷心につけ込むほど不自由はしていない』
「人の弱みにはつけ込むくせに」
『ふっ、まあな』
上向きにロベルト様の足の間に寝転んでいると、時折、ゆぅるりゆぅるりと、先の尖った大きなクチバシが繊細な動きで私の髪を額の生え際から毛づくろいしてくれます。
すると髪を地肌から優しく撫でられているようで、張り詰めた神経がほぐれていくような気がします。
「ここって、どうしてこんなに広いベッドなのかと思ったら、こんな風に使うんですね」
「基本は止まり木の使えない者のための寝床だ。足を怪我した者や産卵を控えた夫婦に割り当てられる」
「……へえ、卵産む人もいるんだ」
「大抵は自宅に戻るが、間に合わない時はここでの産卵・育児になるな」
うとうとしかかっていたので、その時は聞き逃したようなのですが、どうやらその後、ロベルト様は爆弾発言をしていたようなのです。
お前もここで俺達の卵を産むんだぞ、と。
それからもロベルト様との蜜月は続きました。
岩山のお屋敷に軽く軟禁状態なのは変わりませんが、他の落人さん方との手紙の遣り取りをさせてもらえるようになりました。よほど天候に問題がない限り、配達が滞ることはありません。
渡りをする鳥族の方がもたらしたという世界中のニュースを聞くことも出来るようになりました。
こういった細やかな気遣いを見せる一方、ロベルト様の情熱はいささか激しすぎるように思えてなりません。
昼間っから私にあれやこれやと飲み食いさせては、その都度押し倒す、とか。
競技ダンスのステップを練習しているときにロベルト様が来合わせたので、教えてあげて一緒に踊っていたら、その気になられて押し倒される、とか。
夜は夜とて、鳥の姿のロベルト様をカキカキしているうちに、二人して主導権争いに燃え上がる、とか。
もう昼夜問わずにサカリまくりです。
首長がこんなんで、このあたりの鳥族の未来は大丈夫なのでしょうか。本気で心配です。
そうこうするうちに、体調に異変が生じました。
お医者さんが呼ばれてご懐妊発覚。
その頃と期を一にして、お屋敷中に漂う浮ついた空気もおさまってきました。
やたらと露出の激しい人も見なくなりました。そもそも、人の姿が少なくなってきたような。
どうも何かを隠しているらしいロベルト様を、この際だからとじっくり問い詰めてみました。
すると!
ちょうど、私の落ちた頃が鳥族の繁殖期だったなんて、知るわけないじゃん!!!
ペアの出来ている人たちや面倒ごとを避けたい人たちは、既にそれぞれの自宅に移動済みで、お屋敷にいたのは殆どが、絶賛お相手募集中の人達だったそうです。
私の目の前に現れる鳥族がやたらとセ○○ィー光線を放ちまくっていたのも繁殖期だったからだそうで、日頃はそんなことはないんだとか。
そりゃ年に一度の恋の季節なら浮つきもするでしょうよ。祭りにもなるよね。
なーんだ。もう、心配して損したじゃない。
どうして今まで黙っていたのかと訊けば、言えば絶対避けられると思ったからだと、ロベルト様はしれっとした顔でのたまいます。
「お前がペアを求めていないことは分かっていたからな。そのくせ、誰からでもプレゼントは受け取るし、ちょっと目を離せばひらひら踊っていたりする。隙だらけで危なっかしくて見ていられなかった。だったら、誰か他の者に掻っ攫われる前に、自分のものにしたかった」
落ちてきた当初、ロベルト様以外と喋る機会が殆ど与えられなかったのも、私が口説かれる機会を減らしたかったからだそうです。
ロベルト様以外の鳥の姿をついぞ見ないのも、他の鳥族にカキカキさせたくないので、私の前では鳥の姿になることを一族に禁じていたからだとか。
「そもそも、何で私だったんですか?」
膝の上に抱っこした私の髪を優しく梳きながら、ロベルト様は目を細めました。
「鳥族の女はその男が持つ地位や財に重きを置く。お前は最初から真っ直ぐに俺だけを求めてくれた。言うなれば、一目惚れだな」
それなら、こっちだってひと目惚れだよね。
ロベルト様を見た途端に、撫でくり回したくて仕方なかったんだから。
「どれだけ尽くせるかが男の器量ならば、相手にどれだけ尽くさせるかが女の器量だと、我々鳥族は考える。それが常識だ。しかしお前は一方的に尽くされることを良しとしない。昼間からでも積極的に男を誘い、盛んに翻弄しては楽しんでいる。これも我が一族の女ではあり得ないことだ」
……は? 積極的? 翻弄? 何のこと?
いっつも勝手にサカって押し倒してたのはそっちじゃないですか。
「え? 昼間は一度もこちらから誘ったことはありませんでしたけど?」
「あれだけ俺の前で踊りまくっていたくせに、よく言う」
「踊るって、え? ただ一緒に練習してただけじゃないですか」
どうしてそういうことになるのですか、と心底疑問に思っているのが伝わったらしく、ロベルト様は額に手を当てて、しばらく考え込んでしまいました。
「……ひょっとして、お前は知らなかったのか?」
ロベルト様が何かと自分の手から私にものを食べさせたがったり、口移ししたがるのは、実は鳥族の求愛給餌だったそうです。
だから、受け取った時点で、お付き合いOKという意味になるそうな。
うん、それは何となく理解してました。
ただ、一緒に踊ってるたびに押し倒されていたのは、ロベルト様が私から求愛ダンスを仕掛けられたと理解していたからだそうです。
つまり、繁殖期の異性の目の前で踊ってみせるということは、さあ今からヤりましょうという意味で、しかも鳥族にはありえない女性の側から始められるそれというのは、今すぐ目の前の男をねじ伏せたいほどの情熱でもって求めている、とロベルト様の目には映ったらしいのです。
ゆえに、ドS魂が激しく掻き立てられた、と。
出会った早々に性的接触を仕掛けてきた私ならあり得ることだと思った、鳥族の男としてはこれほど征服欲を刺激する女もないと告白されれば、がっくりとうなだれるしか無いわけで。
ってか、鳥族の世界ではどんだけ変態だと思われてるんですか、私は。
その後、合意もないのにコトに及んで申し訳なかったとしょんぼりするロベルト様を宥めるのが、これまた一仕事でした。
ああ、文化の違いというものが、かくも恐ろしいものだったとは。
この手のカルチャーギャップというのは、この後も頻々と起こりました。
例えば、私のお腹の中に胎児ではなく卵がいると分かった時。
もちろん私はひどく驚いて、人間が卵なんて産めるはずが無いとパニックを起こしました。
それを「鳥族の子なんて産む気がしないわ」という意味だと勘違いしたロベルト様が大激怒。
大モメにモメたあげく、勇気あるお医者さんが間に入ってくれたので、ようやく互いに相手を理解するに至ったのでした。
またある時は、鳥の姿のロベルト様が、子供達の健全な発育のためにとわざわざ取り寄せた離乳食のサンプルをゴキゲンで運んできました。
しかし、巨大なバケツの中に、にんじんほどの大きさもある何かの幼虫がみっしりつまって蠢いているのを見て、虫食の習慣がある地域の出身ではない私は、激しく取り乱しました。
どうして私が逆上しているのかが全く分からず、ロベルト様は、これが安全な食べ物だと証明しようとして、その場でぱくりと一つ食べてしまったのでした。
そして、事態はますます収拾から遠ざかる、と。
そういう時に、しみじみと思うのです。
――ああ、ここは鳥の国なんだな、と。
そして現在、私は抱卵に挑戦しています。
私だけでは体温が足りないので、病鳥用の温石と一緒に特注の掛け布団(この屋敷には基本的に掛け布団が存在しないのです)にくるまって温度を調節し、一定時間置きに少しずつ卵を転がします。
時々卵を撫でて話しかけてやるのが中の子の情操教育上良いそうな。生まれたての目の開いていない雛でも、声で親と分かるので安心するのだそうです。
昼間は、今回卵を産まなかったお母さん達が、抱卵の指導かたがた遊びに来てくれます。
夜は、仕事を終えたロベルト様がいそいそと卵を抱いておられます。
私も卵達と一緒にダンナさまのふわふわの腹毛にうずまって眠ります。
最近は卵の中で雛の動く気配がするようになりました。
そういう時にも、しみじみと思うのです。
――ああ、ここは鳥の国なんだな、と。
<終>