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蒼の樹海の魔素使い——魔法が使えない少年は、世界の秘密を視ていた  作者: 蒼月よる


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第九話 依頼と鍛錬

第九話 依頼と鍛錬


 冒険者の朝は早い。

 日が昇る前に起き出して、カイとの訓練が始まった。灰枝の外れにある空き地で、ナイフの構え方と身のかわし方を教わる。

「お前は戦わなくていい。でも、戦えないのと、逃げられないのは違う。最低限、身を守れるようになれ」

 カイが棒を振って、僕に避ける練習をさせた。最初は全然駄目で、肩や腕に棒が当たるたびに痣ができた。でも、流視を使うと——カイが動く直前に、体の周りの粒が微かに動くのが見える。筋肉が動く前に、粒が先に動く。わずかなタイムラグだけれど、それで反応が間に合うようになった。

「おいおい、見切りが早くなってるぞ。目で読んでるのか」

「うん。カイさんが動く前に、周りの粒が動くから、そっちを見てる」

「ずるすぎだろ」

 カイが笑った。

 それでも、僕の体は貧弱だ。避けられても反撃ができない。走る速さもカイの半分以下だし、持久力もない。

「体力はこれから作る。走り込みと素振りを毎日やれ。半年で見違える」

 半年か。長い。でも、やるしかない。


 訓練の後、ギルドで依頼を受けた。

 最初の依頼は根蛇の討伐だった。

 灰枝の周辺に出没する根蛇を三匹駆除してほしい、という内容。報酬は一匹あたり銅貨十枚。加えて、素材は回収者のもの。

 根蛇は地中に潜む魔獣で、地面の振動を感知して飛び出してくる。体が細長くて根のような外見をしていて、一見すると太い木の根に見える。毒を持っていて、噛まれると痺れが走る。

「銅牌の定番依頼だ。根蛇は魔素が薄いが、お前の目なら見つけられるだろ」

「やってみる」


 灰枝の南側の樹海の縁に入った。

 流視で地面を見ると——いた。地中に、細長い光の塊が蜷局を巻いている。魔素の密度は装甲猪より低いが、はっきり見える。

「あそこ。三歩先の地面の下に一匹いる」

「嘘だろ、見えるのか」

「密度が低いから粒視だと見落とすかもしれないけど、流視なら流れの乱れで分かる。地中に何かいると、そこだけ粒の流れが歪むんだ」

 カイが慎重に近づき、地面を槍で突いた。根蛇が飛び出してきた。細長い体を振り回しながら、カイに噛みかかる。カイが剣で頭を落とした。一瞬だった。

「うわ、気持ち悪い見た目だな。根っこそのものだ」

 蛇の体から鱗を剥ぎ、毒腺を慎重に摘出した。カイが小瓶に毒腺を入れる。

「根蛇の鱗は小さくて装飾品にしかならないが、毒腺は薬の材料になる。解毒薬や痺れ薬に使う。こっちのほうが本体より高い。一個で銅貨十五枚」

「討伐報酬より高いの?」

「素材のほうが儲かることは多いぞ。だから冒険者は解体と素材回収が大事なんだ」

 残りの二匹も、僕の流視で見つけて、カイが仕留めた。三匹で一時間もかからなかった。

 ギルドに戻って報告と素材の売却。

 討伐報酬:銅貨三十枚。根蛇の鱗×3セット:銅貨六枚。毒腺×3:銅貨四十五枚。合計銅貨八十一枚。

「分配は折半。お前が四十一枚、俺が四十枚。——いや、お前が四十枚でいい。一枚くらい引いとく」

「え、僕は戦ってないのに半分もらっていいの」

「お前がいなかったら、根蛇を探すのに半日かかる。お前の索敵あっての効率だ。当然の分け前だ」

 銅貨四十枚。安宿一泊が銅貨五枚だから、八日分の宿代だ。食堂の食事なら四回から八回。一日の依頼でこれだけ稼げるなら——冒険者という仕事は、悪くない。


 午後はもう一件、採取依頼をこなした。蒼苔の特定品種を指定量集めて納品する依頼で、報酬は銅貨二十枚。蒼苔なら僕の得意分野だ。品質の良い苔のある場所を流視で見つけて、短時間で集めた。

 ナタリアに納品すると、目を丸くされた。

「この品質の蒼苔を、この量、一時間で? 普通は半日かかりますよ」

「魔素の濃い場所を探して、そこに生えてる苔を採ったから」

「すごい……。索敵能力だけじゃなくて、採取にも使えるんですね」

 カイが横で得意そうな顔をしていた。僕の手柄なのに。


 その日の夜、食堂で夕飯を食べた。今日の稼ぎから出す。

 装甲猪の煮込み——じっくり煮込まれた肉が柔らかくて、口の中でほろほろと崩れる。根菜が甘い。汁にパンを浸して食べると、肉の旨味を全部吸い取って、最高に美味しかった。

「明日もやるぞ。依頼をこなして実績を積む。銅牌8まで上がれば、もう少しいい依頼が受けられる」

「うん」


 それから、日々は繰り返しになった。

 朝の訓練。ギルドで依頼を受ける。樹海に出て依頼をこなす。素材を売る。夕方に食堂で飯を食う。宿に帰って寝る。

 根蛇の討伐を五回。蒼苔の採取を三回。装甲猪の追跡・仕留め補助を二回。魔獣の気配がある区域の偵察を一回。

 二週間で、銅牌の数字が10から8に上がった。

 カイとの連携も良くなった。僕が索敵して、カイが仕留める。無駄がない。僕は戦闘に加わらないが、位置と動きの情報を正確に伝えることで、カイの戦闘効率が格段に上がった。

「お前と組んでから、仕事の速さが三倍になった。リーナとベルトがいた頃より稼いでるぞ」

「……それはちょっと複雑だね」

「褒めてるんだよ」


 訓練で体力も少しずつついてきた。朝の走り込みで息が上がらなくなったし、ナイフの構えも形になってきた。戦えるとは言えないけれど、最低限の身の守り方は覚えた。

 宿の部屋で、装備の手入れをするのが日課になった。カイに教わったのだ。

「革鎧には獣脂を塗れ。革が柔らかくなって、撥水性が長持ちする。ナイフは使ったら必ず布で拭いて、鞘にしまう前に脂を薄く塗る。装備の手入れを怠る冒険者は、長生きできない」

 僕は毎晩、革鎧に獣脂を塗り、ナイフを拭いた。カイも自分の剣を研石で研いでいる。石の上を滑る刃の音が、宿の部屋に静かに響く。

 日常の音だ。冒険者の、日常。


 金銭感覚も掴めてきた。

 銅貨の重みが、最初の頃とは違って感じる。銅貨一枚で食堂のスープが飲める。十枚で安い武器が買える。百枚で銀貨一枚。銀貨一枚で安宿に一泊。銀貨十枚で上等な革鎧が買える。

 装備に投資するか、食事に使うか、貯めるか。その判断が、冒険者の生活そのものだった。

「金の使い方は大事だぞ。腹が減って動けなくなるのは論外だが、装備に投資しすぎて飯が食えないのも駄目だ。バランスだ」

 カイの言葉は実感がこもっていた。下水道で育った人間の金銭感覚は、僕のそれとは根本的に違う。

 この人は、金の値打ちを体で知っている。


 ある日の夕方、カイが真剣な顔で言った。

「ユーリ。お前、そろそろ実戦を経験したほうがいい」

「……実戦?」

「今まではずっと後方で索敵だけだったろ。でも、いつまでもそれじゃいられない。俺がやられたとき、お前は一人で逃げるか、戦うかを選ばなきゃならない」

「それは——逃げるほうがいいんじゃ」

「逃げられる状況ならな。でも、逃げ場がないときもある。——明日、少し危ない依頼を受ける。お前にもナイフを握ってもらう場面があるかもしれない」

 胸がざわついた。

 怖い、とは言いたくなかった。でも——正直に言えば、少しだけ怖かった。


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