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蒼の樹海の魔素使い——魔法が使えない少年は、世界の秘密を視ていた  作者: 蒼月よる


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第八話 初めての町

第八話 初めての町


 灰枝は、僕にとって初めての「町」だった。

 二日間の徒歩の旅を終えて、木立の間から灰色の屋根と壁が見えたとき——驚いた。家の数が違う。村の何倍もの建物が、ゆるやかな丘の斜面に重なり合うように建っている。装甲片の壁に棘鱗の屋根、骨材の柱。村と同じ素材だけれど、規模が全然違う。

 通りがある。石を敷いた道が真っすぐに伸びていて、その両側に店が並んでいた。肉屋、干し肉屋、道具屋、鍛冶場、革工房。行き交う人の数も——こんなに多くの人間を一度に見たのは初めてだった。


「ようこそ灰枝へ」

 カイが両手を広げた。

「まずはギルドに行こう。お前を登録する」


 冒険者ギルドの支部は、通りの奥にある大きな建物だった。装甲片ではなく石造りで、正面に木の看板がかかっている。看板には剣と盾を交差させた紋章が彫り込まれていた。

 中に入ると、広い酒場のような空間が広がっていた。テーブルと椅子が並んでいて、あちこちで冒険者らしい人間が飲んだり食べたり話したりしている。壁には依頼書が貼り出された掲示板があり、その前で何人かが品定めをしていた。

 奥のカウンターに受付がある。若い女性が座っていて、カイを見ると顔が綻んだ。

「あら、カイさん。お帰りなさい。……あれ、リーナさんとベルトさんは?」

「先にデルガに帰した。ベルトが怪我してな。——で、こいつを登録したい」

 カイが僕の肩を叩いた。

「ユーリ。辺境の集落の出で、今日から冒険者になる」

「え、あ、はい。ユーリです。よろしくお願いします」

 受付の女性——ナタリアと名乗った——が微笑んで、登録用の書類を出してくれた。名前、年齢、出身地、特技。特技の欄で少し迷った。

「索敵能力って書いていいですか」

「もちろん。具体的にはどのような?」

「えっと……魔素の……粒が見えて、魔獣の接近を察知できます」

 ナタリアの目が少し丸くなった。

「魔素感知ですか。珍しいですね。魔法の素養は?」

「……ゼロです。魔法は使えません」

「魔法なしで魔素感知……」

 ナタリアがカイを見た。カイが肩をすくめた。

「変わってるだろ。でも本物だよ。百歩先の魔獣を感知する」

 登録が完了して、銅色の金属プレートが渡された。名前が刻まれていて、「10」の数字が入っている。銅牌の最下位ランク。

「これが冒険者証です。依頼を受けるときと素材を売るときに提示してください。ランクは依頼の達成と実績で上がります。最初は採取や低級魔獣の討伐から始めてくださいね」

 僕は銅牌のプレートを手に取って、しげしげと眺めた。

 冒険者になった。


「よし、次は装備だ」

 カイが言って、通りに出た。

 工房が並ぶ一画に案内された。最初に入ったのは革工房だった。

 中は革と獣脂の匂いが充満していて、壁に苔皮の鎧や手袋や鞄が吊り下がっている。奥で太った男が苔皮をなめしていた。

「おう、カイ。久しぶりだな」

「ダン、こいつに革鎧を見繕ってくれ。新人だ。軽くて動きやすいやつ」

「新人か。体格は——ひょろいな。細身用の鎧があるぞ。苔皮の軽鎧。撥水加工済みで、背中に蒼牙狼の毛皮の裏打ちつき。銀貨一枚半だ」

 高い。銀貨一枚半は、僕にとっては大金だ。

「カイさん、僕、そんなお金——」

「前金の三枚がある。装備に投資しろ。冒険者は装備が命だ。いい装備は命を守るし、悪い装備は命を削る」

 試着した。苔皮の鎧は軽くて、体に馴染んだ。表面がしっとりとしていて、水を弾く。裏打ちの毛皮が温かい。

「いい苔皮だね。……光の粒が、均等に散ってる。品質がいい」

「は?」

 ダンが怪訝な顔をした。

「あ、いや——なんでもない。これ、いい鎧だと思います」

「当たり前だ。俺の仕事に手抜きはない」

 銀貨一枚半を払った。前金の三枚のうち半分が消えた。


 次は鍛冶場。ゴルドじいさんより大きな炉がある工房で、太い腕の女性——鍛冶師のルカが働いていた。

「蒼牙のナイフを新調したいんだが」

「ユーリくんのナイフ、見せてもらえる?」

 僕のナイフを渡すと、ルカが刃を指で弾いて音を聞いた。

「ゴルドの仕事か。悪くない。研ぎ直しだけでいいんじゃないか。牙の質はいいし、柄も骨材で丈夫だ」

「研ぎ直しでいくらですか」

「銅貨十枚」

 安い。研いでもらうことにした。

 ルカは他にも色々なものを見せてくれた。蒼牙狼の牙で作った短剣、装甲片の盾、骨材の槍。どれも触ったことのない上等な品だ。

「お前さん、目がいいね。さっきからうちの品を見る目つきが鑑定士みたいだ」

「えっと——粒の……いえ、なんとなく、品物の良し悪しが分かる気がして」

 ルカが面白そうに笑った。


 装備を整えた後、カイが食堂に連れて行ってくれた。

 食堂。生まれて初めての経験だった。

 木造の建物の中にテーブルが並んでいて、厨房から料理の匂いが漂っている。冒険者や商人が座って、飯を食いながら話している。壁に品書きが掛かっていた。文字が少し読みにくい——目が悪いから——けれど、カイが読み上げてくれた。

「装甲猪のステーキが銅貨六枚。きのこの煮込みが銅貨三枚。蒼苔スープが銅貨一枚。蒼酒が銅貨二枚。——何にする?」

「全部……高い」

「冒険者の日当が銅貨十から三十だ。食堂の一食は銅貨五から十くらいが相場。毎日食堂で食ったら半分は飯代に消える計算だな」

「自炊したほうがいいのかな」

「まあ、たまにはいいだろ。初めての食堂だ。奢ってやるよ。ステーキときのこの煮込みとスープとパンにしよう」

「パン?」

「パンを知らないのか」

「聞いたことはあるけど、食べたことはない。穀物から作るやつでしょ?」

「……マジか」

 カイが何とも言えない顔をした。


 料理が運ばれてきた。

 装甲猪のステーキ。分厚い肉が装甲片のプレートの上に載っていて、横に蒸し芋と香草が添えてある。表面にこんがり焼き色がついて、切ると中から肉汁がじゅわりと溢れた。

 きのこの煮込み。数種類のきのこが濃い色のスープで煮込まれていて、香りが鼻をくすぐる。ばあちゃんの作るきのこの炒め物とは全く違う、深い旨味。

 蒼苔スープ。これは慣れた味だけれど、何かが違う。香草が入っていて、苦みの角が取れて飲みやすくなっている。

 そして——パン。

 小さくて丸い、茶色い塊。表面がかりっとしていて、中はふわりと柔らかい。口に入れると、ほんのり甘くて、もちもちしていて——何これ。美味しい。

「……すごい。パンってこんなに美味しいの」

「辺境じゃ穀物が手に入らないからな。このあたりでは行商人が時々持ち込んでくる。都市部に行けば毎日食える」

 ステーキにかぶりついた。美味しい。村の塩焼きとは比べものにならない。焼き加減が完璧で、塩だけじゃなくて何かの香辛料が使われている。肉の繊維をナイフで切って、口に運ぶ。脂の甘みと香辛料の風味が混じり合って、口の中で幸福感が弾けた。

「……美味しい」

「だろ。灰枝の飯はまあまあだぜ。デルガに行ったらもっと驚くぞ。魚介料理ってのがあってな——」

「魚介料理?」

「海の生き物を食うんだよ」

「海……」

 海を見たことがない。魚を食べたこともない。世界にはまだ、僕の知らないものがたくさんあるのだ。


 食後、カイが蒼酒を頼んで、二人で飲んだ。灰枝の蒼酒は村のものより透明度が高くて、甘みが強かった。

「なあ、ユーリ。明日からギルドの依頼を受けるぞ。まずは採取依頼と低級魔獣の討伐で実績を積む。ランクを上げないと、遺跡調査の依頼は受けられない」

「分かった」

「お前の仕事は索敵と案内だ。魔獣を見つけて位置を教えてくれ。戦闘は俺がやる。お前は後ろで見てろ」

「……戦い方も覚えたほうがいい?」

「最低限はな。ナイフの使い方と、逃げ方。あと身の守り方。明日の朝、訓練しよう」

 カイが蒼酒を飲み干した。

「いい一日だったな。食堂の飯は最高だろ」

「うん。……カイさん」

「ん?」

「ありがとう。僕を連れてきてくれて」

「おう。——これからが本番だからな。覚悟しとけよ」

 カイがにやりと笑った。


 宿に戻って、部屋に入った。

 安宿の二人部屋だ。木の寝台が二つと、小さな窓。壁は装甲片ではなく板壁で、隙間風が少し入る。それでも、寝台にはちゃんと毛布が敷いてあって、枕まであった。野営のテントよりずっと快適だ。

 寝台に横になって、天井を見た。

 光の粒が、部屋の中にも漂っている。外より薄いけれど、確かにそこにある。流れは穏やかで、窓の外に向かってゆっくりと動いていた。

 今日一日で、たくさんのものを見た。町。ギルド。工房。食堂。パン。

 世界は広い。ばあちゃんの言った通りだ。

 目を閉じた。明日から、冒険者としての生活が始まる。


 ——光の粒が見える少年が、何者になれるのか。

 それはまだ、僕自身にも分からなかった。


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