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蒼の樹海の魔素使い——魔法が使えない少年は、世界の秘密を視ていた  作者: 蒼月よる


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第七話 別れの朝

第七話 別れの朝


 カイと二人で過ごす日々が、一週間ほど続いた。

 朝、僕は蒼苔を採りに行く。カイは樹海の周辺を歩き回る。昼に合流して、カイが焼いた肉を食べながら、見つけたものを話し合う。夕方に村に戻り、ばあちゃんの夕飯を食べる。夜はカイが空き小屋で、僕が自分の家で、それぞれ眠る。

 奇妙な共同生活だった。


 カイは、意外と料理が上手かった。

「下水道暮らしの頃はさ、食えるものは何でも食った。ゴミの中から使える食材を見つけて、火を起こして焼いたり煮たりしてた。あの頃に比べれば、魔獣の肉と蒼苔があるだけで天国だよ」

 昼飯の装甲猪の塩焼きをひっくり返しながら、カイが笑った。

「デルガってのは、海のある街でさ。港があって、船が来て、魚が獲れる。でも俺が住んでたのは港の裏側、下水道の中だ。ガキの頃から親はいなかった。下水道にはな、俺みたいなのが何人もいたんだ。食い物と寝床を巡って毎日喧嘩してた」

「……大変だったね」

「大変っていうか、それが普通だった。普通しか知らなかったからな。——で、ある日、下水道の中で遺物を見つけたんだ」

「遺物?」

「金属の塊。何に使うものかは分からなかったけど、表面に文字が刻んであった。ギルドに持ち込んだら、銀貨二枚になった。銀貨二枚だぞ。下水道のガキにとっちゃ、一月分の飯代だ」

 カイが肉を葉っぱの上に載せて、僕に渡した。

「それで味を覚えた。遺跡を探して、遺物を見つけて、売る。それが俺の仕事になった。冒険者ギルドに登録して、遺跡探索のパーティを組んで、あちこちの遺跡を回った。——遺跡屋ってのは、そういう人間だ」

「金のため?」

「最初はな。でも、だんだん変わってきた。遺跡の中にあるもの——古い建物の構造とか、遺物の作りとか——を見てるうちに、知りたくなってきたんだ。これを作ったのは誰なのか。何のために作ったのか。なんでこんなものが樹海の下に埋もれてるのか」

 カイが肉にかぶりついた。

「お前の目で見た、あの遺跡の回路。あれは俺がこれまで見た中で一番すごいものだった。金の問題じゃない。あれが何なのか、知りたい」

 僕はスープを啜りながら、カイの横顔を見ていた。

 この人は、嘘をつかない人だと思った。考えていることがそのまま口に出る。隠し事ができないのか、する気がないのか。たぶん、両方だ。


 ある晩、二人で樹海の縁に座って、夜の蒼い森を見ていた。

 魔石灯を消すと、闇の中に粒の微かな光だけが残る。カイには何も見えないだろうけれど、僕には——流れが見えていた。粒がゆっくりと、村に向かって流れている。

「まだ流れてるか」

「うん。少しずつ、強くなってる」

「……お前、この村を出る気はないか」

「え?」

「灰枝って交易拠点が、ここから北に二日歩いたところにある。ギルドの支部があって、素材の売買もできる。お前の目があれば、冒険者として食っていける」

「……冒険者に?」

「案内人として。お前の索敵能力は銀牌クラスだよ。百歩先の魔獣を感知できる索敵なんて、聞いたことがない」

「でも、僕は戦えないよ。魔法も使えないし、剣も振れない」

「戦う必要はない。お前は目だ。俺が剣だ。お前が見つけて、俺が倒す。そういうパーティの組み方がある」

 カイが夜空を見上げた。星が瞬いている。

「それにな。この村にいても、粒の流れは止まらないだろ。遺跡のことを調べれば、何か分かるかもしれない。あの回路が何なのか、魔石と遺跡が同じ構造をしてる理由が分かれば——もしかしたら、この流れを止める手がかりにもなる」

 そうかもしれない、と思った。

 このまま村にいても、押し寄せる魔素は止められない。ドーラばあさんの祈りでも、ランドの猟師の腕でも、エダおばさんの干し肉でも。この村の人たちにできることには、限界がある。

 でも、僕の目なら——何か見えるかもしれない。

「……ばあちゃんに相談する」

「おう」


 ばあちゃんに話したのは、翌朝のことだ。

 蒼苔のスープを飲みながら、僕は言った。

「ばあちゃん。僕、カイさんと一緒に灰枝に行こうと思う」

 ばあちゃんは箸を止めなかった。スープを啜って、蒸し芋をかじって、それから顔を上げた。

「いつ出るんだい」

「……明後日くらいに」

「そうかい」

 それだけだった。

 止めないの、とは聞けなかった。前にカイたちと樹海に行ったときと同じだ。ばあちゃんは僕の選択を止めない。心配はするけれど、止めない。

「蒼苔を多めに採っておいてくれるかい。ばあちゃん一人でも半月は持つくらいに」

「うん。あと、干し肉もエダさんに分けてもらう」

「お前が出た後のことは心配しないでいい。この村にはみんながいる。エダやランドやゴルドが面倒を見てくれるよ」

 ばあちゃんが笑った。

「それよりね、ユーリ。ばあちゃんは、お前が外の世界を見て来るのが嬉しいんだよ。この村は小さいけど、世界はもっと広い。お前の目で、たくさんのものを見ておいで」

 涙が出そうになったけれど、我慢した。泣いたらばあちゃんが心配するから。


 出発の前日。

 僕は村の中を歩き回った。

 エダおばさんの家で干し肉をもらった。「たっぷり持っていきな。腹が減ったら何もできないからね」と革袋いっぱいの干し肉を押しつけられた。

 ゴルドじいさんの鍛冶場で、蒼牙のナイフを研いでもらった。「刃がなまってるぞ。ちゃんと手入れしろ」と言いながら、丁寧に研ぎ上げてくれた。

 ドーラばあさんには、お守りの蒼苔の束をもらった。「樹海の神様のご加護がありますように」と言って、苔を紐で束ねて首飾りにしてくれた。科学的な効果はないだろうけれど、気持ちが温かかった。

 タクとミーシャが走ってきて、「ユーリ兄ちゃん、いつ帰ってくるの」と聞いた。

「分からない。でも、帰ってくるよ」

「やくそく?」

「約束」

 小指を差し出すと、タクが小さな指を絡めてきた。


 荷造りをした。

 苔皮の背嚢に、干し肉と蒼苔と蒼酒の小瓶と水筒と、替えの服と毛布と蒼牙のナイフ。カイが携帯用の魔石コンロと魔石灯を貸してくれた。それから、遺跡で見つけた文字の板——カイが「お前が持っておけ。何か分かるかもしれない」と渡してくれたもの。

 荷物は軽い。この村での暮らしは質素だったから、持っていくものも少ない。


 翌朝。

 霧の中を、カイと二人で歩き始めた。

 村の外れまでばあちゃんが見送りに来てくれた。

「気をつけてね」

「うん。行ってきます」

「ちゃんと食べるんだよ」

「分かってる」

 振り向かずに歩いた。振り向いたら、戻りたくなるかもしれなかったから。

 カイが横に並んだ。

「泣いてんのか?」

「泣いてない」

「……そうか」

 しばらく黙って歩いた。


 樹海の縁の道を北に向かう。灰枝までは二日の距離だとカイは言った。道はあるけれど、整備されてはいない。獣道と、かすかに踏み固められた道の中間くらいの、心許ない道だ。

 樹海の縁に沿って歩いていると、右手に蒼い森が続いている。いつも見ている景色だけれど、今日は違って見えた。これから先、僕はこの森の奥に入っていくのだ。もっと遠くへ、もっと深くへ。

 粒が漂っている。いつもと同じ光。でも、流れが見える。北に向かって、緩やかに流れている。

「カイさん」

「ん?」

「灰枝って、どんなところ?」

「小さい町だよ。でもお前の村よりはでかい。食堂があって、ギルドがあって、鍛冶も革工房もある。行商人が集まる交易拠点でさ。初めて見るものがたくさんあると思うぞ」

「食堂って、どんなの」

「飯を作って出してくれる店だよ。金を払えば、自分で作らなくても飯が食える」

「えっ。そんな便利なものがあるの」

「あるある。装甲猪のステーキとか、きのこの煮込みとか。酒も飲めるし。——お前、町に出たことないんだろ」

「ないよ。村の外に出たのも、今回が初めて」

「マジか」

 カイが大げさに驚いた顔をした。

「初めての冒険が蒼牙狼の群れ戦と神罰の目撃って、ハードすぎるだろ」

「……たしかに」

 二人で笑った。

 道は続いている。蒼い森に沿って、北へ。知らない町へ。知らない世界へ。

 光の粒が、行く手で穏やかに揺れていた。


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