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蒼の樹海の魔素使い——魔法が使えない少年は、世界の秘密を視ていた  作者: 蒼月よる


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第31話 封印と鍵

第四話 封印と鍵


 ナギさんが卓の上に地図を広げたのは、隠れ里の集会場でのことだった。


 集会場といっても、地下洞窟の一角を板壁で仕切っただけの空間だ。天井が低く、苔灯の緑色の光が全体をぼんやりと照らしている。木の長卓と椅子が置かれていて、壁際に水甕がいくつか並んでいた。

 ナギさんが広げた地図は、羊皮紙ではなかった。薄い、滑らかな紙だ。触ると指先にひやりとした感触がある。遺跡から出たものだろう。表面に細かい線が引かれていて、所々に文字のようなものが書き込まれている。読めない。旧文明の文字だ。

「これが灰原の地下構造だ。まあ、全部じゃない。俺が十年かけて集めた断片を繋ぎ合わせた推測図だけどな」

 ナギさんが地図の上を指で辿った。

「灰原の地表は死んでいる。お前たちも見ただろう。魔素がゼロの荒野。植物も魔獣もいない。五十年前に神罰で国が滅んだ跡地だ」

「はい。地上には何も残っていなかった」

 僕が答えると、ナギさんは薄く笑った。目の下の隈が深い。

「地上はな。だが地下は違う。——ここだ」

 指が地図の中央を叩いた。そこには、旧文明の文字で何か書かれている。その周囲を、回路のような線が放射状に取り囲んでいた。

「巨大遺跡だ。灰原の地下に眠っている。デルガの地下遺跡——お前たちが探索したという、あのノードがあった遺跡。あれよりも、桁違いに大きい」

 ルークさんの目が光った。眼鏡の奥で、瞳が鋭くなるのが分かった。

「規模は。どのくらいだ」

「正確には分からん。だが、推定で——かつてこの国の首都があった場所の、地下全域に広がっている。都市一つ分の地下インフラが、そのまま遺跡になっていると思えばいい」

「都市一つ分……」

 ルークさんが息を飲んだ。


「なるほど。それだけの規模なら、ノードが複数あってもおかしくない」

 ルークさんが地図に身を乗り出した。指が回路のような線を辿っている。

「この放射状の線は——回路か。ネットワークの配線だな。デルガのノードと同じ構造だ」

「ああ。俺は回路には詳しくないが、お前が言うなら間違いないだろう。ただ——」

 ナギさんの声が低くなった。

「この遺跡は、封印されている」

「封印?」

「神聖国家がやった。灰原を管理下に置いたとき、地下遺跡への入口を全て封じた。聖騎士の権限でしか解除できない封印だ。——まあ、権限というか、高い魔素適合度を鍵にした認証システムだと俺は思っているがな」

 ナギさんが僕たちを見回した。

「つまり、普通の冒険者には入れない。反宗教国家の工作員が何度か試みたらしいが、全員跳ね返されている。封印に触れた瞬間に魔素の衝撃を食らってな」

 カイさんが腕を組んだ。

「つまり、セラスみたいな聖騎士がいないと開けられないってことだろ」

「そういうことだ」


 集会場に沈黙が落ちた。

 苔灯の光が揺れている。水甕から時折、水滴が落ちる音がする。

 セラスさんの顔が浮かんだ。銀色の髪。感情を押し殺した瞳。灰枝での追撃戦。デルガの港での——「行くな」。あのとき、彼女の声には怒りだけではないものが混じっていた。

「セラスは今、灰原の縁に駐屯している」

 ナギさんが続けた。

「監視基地だ。小規模な前哨で、聖騎士は彼女一人。補佐が数名。任務は灰原の遺跡を監視し、接触者を排除すること」

「それは前の話で聞いた。で、俺たちにどうしろと」

 カイさんが率直に聞いた。

「まあ聞け。俺が言いたいのはな——あの聖騎士、揺れているんだよ」

 ナギさんの目が細くなった。情報屋の目だ。人の内面を見透かすような、鋭い視線。

「俺はこの灰原に十年いる。セラスが赴任してきたのは三年前だ。最初は完璧な聖騎士だった。任務に忠実で、感情を見せず、接触者を容赦なく排除していた。——だが、最近は違う」

「違う、とは」

 ルークさんが問うた。

「巡回の頻度が落ちている。隠れ里の存在に——気づいていて、見逃している節がある。俺たちを排除する機会は何度もあったはずだ。だが、しなかった」

 ナギさんが肩をすくめた。

「まあ、推測だけどな。確証はない。だが——お前たちがここに来たことで、状況は変わる」

「僕が行く」

 自分でも驚くほど、すんなりと言葉が出た。

 全員の視線が僕に集まった。

「セラスさんのところに行って、協力を頼む。封印を解いてもらえないか、って」

「おいおい、正気かよ」

 カイさんが眉を上げた。

「あいつは聖騎士だぞ。お前を連れ帰るために追ってきた相手だ。のこのこ出向いて話を聞いてくれると思うのか」

「……分からない。でも、カイさん。デルガの港で、セラスさんは攻撃してこなかった。あのとき、僕には——彼女の魔素の流れが見えた。乱れていた。任務で動いているのに、体の中の魔素が揺れていた」

 カイさんが黙った。

「セラスという聖騎士に、お前が単独で接触する。それが一番確率が高いだろうな」

 ナギさんが頷いた。

「聖騎士にとって冒険者の集団は脅威だ。警戒する。だが——お前一人なら、少なくとも話は聞くだろう。お前の目を管理したがっているんだからな。殺しはしない」

「殺しはしない、じゃ安心にならねえよ」

 カイさんが渋い顔をした。

「俺が近くで待機する。何かあったらすぐ動ける距離に」

「いや、カイさんがいたら逆に警戒されると思う。……一人で行く」

「ユーリ」

「大丈夫」

 自分の声が思ったより落ち着いていて、少し不思議だった。


 ナギさんがもう一つ、大事な話をした。


「お前たち、神罰について何を知っている」

 その問いかけに、僕たちは顔を見合わせた。

「灰枝で聞いた話と、セラスさんが言っていたこと。禁忌に触れた国が滅ぼされる。神の怒り。……それくらいです」

「ミラは?」

 ナギさんがミラさんを見た。ミラさんは少しだけ表情を硬くして、首を横に振った。

「私も同じ。師匠から、禁忌に触れると恐ろしいことが起きる、とだけ」

「ルークは」

「デルガのノードに触れたとき、ネットワークの情報が断片的に流れ込んだ。各地のノードが繋がっていること、楔と呼ばれる中枢があること——しかし、神罰のメカニズムについては分かっていない」

 ルークさんが正直に答えた。ナギさんは頷いて、卓の上で指を組んだ。


「俺は神聖国家で聖典の管理をしていた。禁書に近い記録も読んだ。全てを理解しているわけじゃない。だが——一つだけ、確信していることがある」

 ナギさんの声が変わった。皮肉の色が消えて、静かな、重い声になった。

「神罰は、自動プログラムだ」

 誰も動かなかった。

「禁忌に触れた文明を滅ぼすように設定されている。誰かが——神が怒って罰を下しているわけじゃない。条件が揃えば、自動的に発動する。プログラムだ。仕組みなんだよ」

「……根拠は」

 ルークさんが聞いた。

「灰原が滅んだとき、周辺にいた記録者たちの証言を集めた。神罰の発動には一定のパターンがある。魔素濃度の急激な上昇。植生の爆発的な成長。環境の書き換え。全てが段階的に、決まった順序で進行する。——怒りや感情があるなら、パターンなんか生まれない。これは手順だ。実行手順なんだ」

 ナギさんの目が暗く光った。

「神に意思があるのかないのか、俺には分からない。だが、神罰に意思はない。あれは——設定された反応だ」


 僕は、デルガの地下遺跡で見たものを思い出していた。ノードに触れたとき、流れ込んできた情報。ネットワーク。識別子。体系。あのとき感じた——何かが動いている、という感覚。

「じゃあ、止められるかもしれないってことだよね。プログラムなら」

 口に出してから、自分の言葉に驚いた。でも、そう思ったのだ。

 プログラムなら、仕組みが分かれば対処できる。手順が決まっているなら、その手順を変えることもできるかもしれない。

「……面白いことを言うな、お前は」

 ナギさんが僕を見た。皮肉ではなかった。不思議なものを見るような目だった。

「俺はその可能性を考えて、十年間この灰原にいる。だが、答えは見つかっていない。遺跡に入れないからだ。封印の向こうに、何があるのか分からないままだ」

「だから、セラスさんの協力が必要なんだね」

「そういうことだ。——お前は鋭いな、少年」

 ナギさんが薄く笑った。


 その夜、僕は一人で隠れ里の通路を歩いた。


 地下の通路は薄暗くて、壁に貼り付いた発光苔が唯一の光源だった。苔の光は淡い緑色で、手を伸ばすと指先が緑に染まる。足元は平らに均されているが、ところどころ石が露出していて躓きそうになる。

 空気は湿っていて、少しだけ土の匂いがした。地上の灰原は何の匂いもしない死地だったから、地下のこの湿り気はむしろ安心できた。生きている場所の匂いだ。

 通路の脇に、小さな水路が流れていた。隠れ里の人たちが掘った水路で、地下水脈から水を引いているらしい。水音が静かに響いている。


 角を曲がると、小さな広間に出た。

 壁際に木箱が積まれていて、その上に苔灯が置いてある。明かりの中に、カイさんの姿があった。

 木箱の一つに腰を下ろして、剣の手入れをしていた。鞘から抜いた刃を布で拭いている。刃に苔灯の光が反射して、緑色の筋が走った。

「眠れないのか」

「……うん」

「俺もだ。地下ってのは落ち着かん。天井が低いと圧迫感がある」

 カイさんが布で刃を滑らせた。丁寧な手つきだった。

「明日、セラスのところに行くんだろ」

「うん」

「一人で」

「うん」

 カイさんが手を止めて、僕を見た。

「……正直、気に入らない。だが、ナギの言うことにも一理ある。お前一人のほうが警戒されない。あの女——セラスは、お前に対しては殺意がない。それは港でも分かった」

「カイさんもそう思う?」

「ああ。殺す気なら、港で仕掛けてた。あのとき、あいつは——何か言いたそうだった。でも言えなかった。そういう顔をしてた」

 カイさんが剣を鞘に戻した。

「行け。だが、日が暮れても戻らなかったら俺が行く。それだけは約束しろ」

「うん。……ありがとう、カイさん」

「礼はいらねえ。飯食って寝ろ。明日に備えろ」


 小さな寝台に横になった。

 隠れ里の寝台は、木の板の上に苔を敷き詰めたものだった。苔のクッションは思ったより柔らかくて、独特の湿り気がある。毛布は薄い獣皮を縫い合わせたもので、保温性はそこそこだった。地下だから気温は一定で、凍えるほど寒くはない。

 隣の寝台ではミラさんが静かに寝息を立てている。その向こうでルークさんが寝返りを打った。カイさんはまだ戻っていない。剣の手入れを続けているのだろう。

 目を閉じた。

 暗闇の中で、ナギさんの言葉が繰り返し響いた。

 神罰は自動プログラムだ。

 プログラムなら、止められるかもしれない。

 でも、そのためには遺跡に入らなければならない。そのためには——セラスさんの力が必要だ。

 明日、僕はセラスさんに会いに行く。一人で。

 胸の奥で何かが揺れていた。恐怖とは違う。期待とも違う。あの銀髪の聖騎士の、押し殺した瞳を思い出す。あの人もきっと、何かに揺れている。

 揺れている者同士なら——話ができるかもしれない。

 そう思いながら、僕はいつの間にか眠りに落ちていた。


 翌朝、隠れ里の食堂で朝食を取った。


 食堂は通路から少し広がった洞窟で、長い石の卓が三列並んでいた。隠れ里の人たちが十数人、卓についている。老人が多い。子供の姿もちらほら見えた。五十年前に国が滅んだときの生存者とその子孫だ。地下で生まれ育った子供たちは、地上の太陽を知らない。

 朝食は簡素だった。

 水路で育てた苔を乾燥させて粉にしたもので焼いた薄餅と、地下水路に棲む小魚の塩漬けと、キノコの汁物だった。薄餅は苔の風味がほのかにあって、噛むと少しだけ甘い。小魚は小指ほどの大きさで、丸ごと食べる。塩が効いていて、骨がぱりぱりと砕ける。キノコの汁物は透明な出汁で、細く裂いたキノコが浮いている。地上の食事と比べれば質素だが、五十年間この環境で暮らしてきた人たちの工夫が詰まっている。

「この苔、栄養あるんだよ」

 ミラさんが薄餅を千切りながら言った。

「地上の蒼苔とは種類が違うけど、似たような成分が含まれてる。鉄分が多いから、地下生活には向いてるの」

「よく分かるな」

「薬師だもん。植物を見れば大体の成分は分かるよ」

 ミラさんが笑った。でも、その笑顔はいつもより少し硬かった。隠れ里の暮らしの厳しさが、ミラさんの薬師としての目に映っているのだろう。


 食事を終えて、僕は立ち上がった。

「行ってくる」

「気をつけてね、ユーリくん」

 ミラさんが僕の手に小さな革袋を押し付けた。

「止血薬と痛み止め。念のため」

「……ありがとう、ミラさん」

「面白い結果を期待している」

 ルークさんが頷いた。彼なりの激励だった。

 カイさんは何も言わなかった。ただ、僕の肩を一度叩いた。その手が重くて温かかった。


 ナギさんが教えてくれた道を辿って、地上に出た。

 灰原の光が目に刺さった。太陽が高い位置にあって、灰色の大地を白く照らしている。影が短い。空気は乾いていて、喉の奥がすぐに渇く。

 魔素がない。

 透視を使おうとしても、何も見えない。魔素がゼロの環境では、僕の目はただの視力の悪い目でしかなかった。それが不安だった。世界が急に暗くなったような感覚。見慣れた光の粒が一つもない。

 セラスさんの基地は、灰原の東の縁にあった。歩いて半日ほどの距離だとナギさんは言っていた。僕は水袋と携行食を腰に下げて、灰色の荒野を歩き始めた。


 セラスさんの基地は、崩れた城壁の陰にあった。


 石造りの小さな建物が二棟。灰色の壁に白い紋様が描かれている。神聖国家の紋章だ。周囲に木の柵が巡らされていて、見張り台が一つ。人影は見えなかった。

 僕は柵の前で立ち止まった。

 深呼吸をした。乾いた空気が肺を満たす。

「——誰ですか」

 声が降ってきた。

 見張り台の上に、人影が立っていた。聖騎士の補佐だろう。弓を構えている。

「鉄牌の冒険者、ユーリです。セラスさんに——セラス聖騎士に、お話があって来ました」

 声が震えなかったのは、たぶん運が良かっただけだ。

 補佐が何か叫んだ。建物の中から動く気配がして——扉が開いた。


 セラスさんが出てきた。


 白い装束。銀色の髪が風に揺れている。姿勢が良くて、隙がない。灰枝で見たときと変わらない——いや、少しだけ変わっていた。目の下に薄い影がある。疲れているのだと思った。

 セラスさんは僕を見て、数秒間、動かなかった。

「……あなた」

「こんにちは、セラスさん」

 我ながら間の抜けた挨拶だと思った。

「なぜ、ここに」

「お話がしたくて。一人で来ました。武器もありません」

 両手を広げて見せた。革鎧と水袋と携行食だけ。蒼牙のナイフすら置いてきた。

 セラスさんの目が僅かに揺れた。それから、補佐に何か指示を出した。弓が下ろされた。

「……中へ」

 短い言葉だった。


 基地の中は質素だった。

 石の壁に木の卓と椅子。棚に書類と地図が積まれている。窓が小さくて、室内は薄暗い。蝋燭が一本灯っていた。魔石灯ではなく、蝋燭だ。灰原には魔素がないから、魔石灯は使えないのだろう。

 卓を挟んで座った。

 セラスさんが水を出してくれた。素焼きの器に入った水。口をつけると、少し金気のある味がした。

「話とは何ですか」

 セラスさんの声は平坦だった。感情を排した、聖騎士の声。

「灰原の地下に遺跡があることを知りました。封印されている遺跡です。セラスさんの——聖騎士の権限でしか解除できない封印だと」

 セラスさんの指が、膝の上で微かに動いた。

「誰から聞いたのですか」

「情報屋から。名前は言えません」

「……そうですか」

 セラスさんは水を一口飲んだ。器を置く音がやけに大きく聞こえた。

「それで——私に封印を解けと」

「はい」

「なぜ、私がそうすると思うのですか。それは任務への背信です。神聖国家への——信仰への裏切りです」

 声が硬かった。でも、僕には分かった。透視は使えない。魔素がないから。でも、灰枝で、デルガの港で見たものを覚えている。セラスさんの魔素の流れ。乱れていた。揺れていた。

 今も、きっと揺れている。

「セラスさん。僕は——あなたが、揺れていると思っています」

 セラスさんの目が見開かれた。

「港で会ったとき、あなたは攻撃してこなかった。灰枝で戦ったときとは違った。何かが変わったんだと思う。——たぶん、あなた自身の中で」

「……何を、知ったように」

 声が低くなった。怒りに近い声。でも、怒りだけではなかった。

「僕の目には、人の魔素の流れが見えます。セラスさんの流れは——とてもきれいだった。灰枝で戦ったとき、あなたの魔法の回路は、僕が見た中で一番整っていた。でも、デルガの港では——乱れていた。きれいな回路が、震えていた」

 セラスさんが黙った。

 蝋燭の炎が揺れている。小さな光が、セラスさんの銀色の髪に陰影を作っていた。

「私が封印を解くということは」

 長い沈黙の後、セラスさんが口を開いた。

「任務への背信です。信仰への——いえ。私が信じてきた全てへの裏切りです。あなたは、それを私に求めているのですか」

「……はい」

「なぜ」

「遺跡の中に、神罰を止める手がかりがあるかもしれないからです」

 セラスさんの目が鋭くなった。

「神罰を——止める?」

「ナギさんが言っていました。——あ、情報屋の名前、言っちゃった」

 セラスさんの眉が僅かに動いた。怒りとは違う、呆れに近い何かだった。

「……続けてください」

「神罰は自動プログラムだって。禁忌に触れた文明を滅ぼすように設定された、自動的な仕組みだって。誰かが怒って罰を下しているわけじゃない。条件が揃えば発動する——プログラムだって」

 セラスさんが目を閉じた。

「……知っていました」

「え?」

「その推測は——私の上官も、同じことを考えています。神罰に意思はない。あれは仕組みだと。しかし、だからこそ——仕組みを刺激してはならないのです。仕組みであるがゆえに、条件を満たせば必ず発動する。止める手段はないのだと」

「でも」

 僕は身を乗り出した。

「プログラムなら、仕組みが分かれば変えられるかもしれない。止められるかもしれない。それを確かめるために、遺跡に入りたいんです」

 セラスさんが僕を見た。

 淡い瞳の奥で、何かが揺れていた。苦しみと、迷いと、そして——かすかな希望のようなもの。

「……今日のところは、お引き取りください」

 セラスさんが立ち上がった。

「考えさせてください。——一晩だけ」

「はい。明日の朝、また来ます」

「来なくていい。——こちらから行きます」

 セラスさんが僕を見て、ほんの一瞬だけ、表情が緩んだ。疲れた顔だった。でも、氷のような冷たさは消えていた。

「あなたは……本当に、不思議な人ですね」

 それが、僕がセラスさんの基地を離れるときの、最後の言葉だった。


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