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蒼の樹海の魔素使い——魔法が使えない少年は、世界の秘密を視ていた  作者: 蒼月よる


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第三話 蒼い森の奥へ

第三話 蒼い森の奥へ


 蒼い森の中に、四人で足を踏み入れた。

 先頭が僕。その後ろにカイ。さらにリーナ、最後尾にベルト。隊列は僕が決めたわけじゃないけれど、カイが「お前が先に立て。一番目が利くやつが前だ」と言うので、仕方なくそうなった。

 朝霧がまだ残っていた。蒼い葉の隙間から差し込む光が霧に散って、森の中が薄ぼんやりと明るい。光の粒が霧に混じって漂っていて、いつもの樹海の縁より密度が高い。

 縁を越えて奥に入るのは、これが初めてだった。


「ユーリ、どっちだ」

 カイが後ろから聞いてくる。分岐に差し掛かっていた。獣道が二手に分かれていて、左は緩やかな下り坂、右は少し登る。

「……左。右のほうが粒が濃い。何かいるかもしれない」

「了解」

 カイの返事は簡潔だった。疑わない。僕が「こっち」と言えばそっちに行く。その信頼の速さに少し面食らった。出会って一日も経っていないのに、この人は僕の目を信じている。

 いや——信じているのではなく、賭けているのかもしれない。当たれば儲けもの、外れたら自分の腕でなんとかする。そういう計算の上での信頼。冒険者とは、そういうものなのだろうか。


 一刻ほど歩いた。

 森が深くなるにつれて、光の粒の密度が明らかに変わってきた。縁のあたりでは空気に粉砂糖を振ったくらいの薄さだったのが、今は粒が肉眼ではっきり見える。一つ一つの粒が輪郭を持って、ゆっくりと漂っている。

 景色が違う。

 樹海の縁しか知らなかった僕にとって、中層の樹海はまるで別世界だった。木が巨大だ。幹の太さが人間の背丈を超えていて、根が地面を這って複雑な段差を作っている。蒼い葉は頭上に厚い天蓋を作り、地面にはほとんど直射光が届かない。代わりに、粒の光がうっすらと森全体を照らしていて、蒼い薄明の中にいるような感覚だった。

「きれいだな」

 思わず呟いた。

「何が?」

 カイが聞き返した。

「……いや、なんでもない。この森、魔素がすごく多い。光の粒がいっぱいで、全体がうっすら光って見えるんだ」

「へえ。俺たちには暗い森にしか見えねえけどな」

 カイがリーナに目配せして、リーナがうなずいた。リーナは周囲の木々や地面を注意深く観察しながら歩いている。足音がほとんどしない。さすが斥候だ。

「足元気をつけてください。根が多くて転びやすい」

 リーナが後方のベルトに声をかけた。ベルトが無言でうなずく。大柄な体で巨木の根を越えるのは少し窮屈そうだった。


 さらに進むと、地面に獣の足跡が残っていた。蹄の跡。大きい。

「装甲猪だ」

 僕が言う前に、カイが地面にしゃがんで足跡を見ていた。

「二頭分あるな。足跡が新しい。半日以内だ」

「……いるよ。前方、百歩くらい先に二つの光の塊。たぶんそれ」

「マジか。百歩先が分かんのか」

「このくらい魔素が濃いと、大きい魔獣はよく見える。体の周りの粒がすごく多いから」

 カイが立ち上がって、剣の柄に手を置いた。

「よし。リーナ、回り込めるか」

「右から行けます。茂みが深いから隠れやすい」

「ベルト、正面から俺と行くぞ。ユーリ、お前は後ろに下がって——いや、やっぱり少し離れた場所から見てくれ。動きを教えてくれると助かる」

「分かった」


 装甲猪が二頭、苔むした岩の隙間で何かを食んでいた。

 近づくと、見えた。灰色の殻——装甲片に覆われた丸っこい体。村で見る装甲猪と同じだけれど、体が一回り大きい。樹海の中層に棲む個体は、縁にいる個体より育ちがいいのかもしれない。

 カイが手信号を出した。リーナが茂みに消える。ベルトが幅広の剣を静かに抜く。

 僕は少し離れた大木の陰から、二頭の光の塊を見ていた。

「右の一頭が頭を上げた。こっちに気づきそう」

 小声で言う。カイがうなずいた。

「——行くぞ」

 カイが地面を蹴った。一瞬で装甲猪の間合いに入る。速い。身のこなしが村の猟師たちとまるで違う。蒼牙の——いや、もっと上等な素材の剣が閃いて、一頭の装甲猪の首元、殻の隙間を正確に突いた。

 猪が悲鳴を上げて暴れた。もう一頭が頭を下げて突進の構えを取る。

「右から来る!」

 僕が叫んだ。ベルトが盾を構えて正面に立ちはだかる。猪の突進をまともに受け止めた。ずしん、と地面が揺れるような衝撃。ベルトが半歩下がったが、踏みとどまった。

 その背後から、リーナの短剣が伸びた。猪の後ろ足の関節を的確に切る。動きが鈍った一瞬に、カイが剣を振り抜いた。首元の急所に刃が入り、猪が崩れ落ちた。

 一頭目はカイの最初の一撃で致命傷だった。地面に倒れて、動かなくなっている。

 二頭。ほんの数十秒の出来事だった。


「ふう。まあまあの大きさだな」

 カイが額の汗を拭いた。息がほとんど上がっていない。慣れた動きだ。

「ユーリ、お前の目、すげえ使えるな。百歩先から居場所が分かるのはでかい。不意打ちをかけられる」

「……そんな大したことじゃないよ」

「大したことだって。普通は足跡と音と勘で探すんだ。確実に居場所が分かるのと、たぶんいるだろうで探すのとじゃ、天と地の差がある」

 カイが僕の肩を叩いた。遠慮なく。ちょっと痛い。


 それから、解体が始まった。

 カイが手際よく猪の腹を開く。まず血を抜く。ここが最も重要だとカイは言った。

「魔獣の血は毒だ。傷口があったら絶対に触るなよ。手袋をしろ」

 カイが革手袋を僕に渡した。リーナも手袋をはめて、カイの横で手伝っている。

 血抜きの方法は、首元の傷口を下にして斜面に載せ、体を傾けて血を流し出す。赤黒い血が地面に広がって、粒がそこだけ異様に濃くなった。魔獣の血の中には、空気中よりはるかに多くの光の粒が詰まっている。どろりとした赤黒の中で粒がぎらぎらと渦巻いている様子は、正直あまり気持ちの良い光景ではなかった。

「血の中にも魔素があるんだ。……すごく多い。普通の十倍くらい」

「そうだろうな。だから毒なんだ。人間の体には多すぎるんだよ」

 カイが説明しながら、手慣れた動きで装甲片を外していく。殻と体の間に刃を入れて、てこの要領で剥がす。ぱきん、と乾いた音がして、石のように硬い殻が外れた。

「装甲片。辺境じゃ壁材に使ってるだろ? ギルドに持ち込めば、一枚で銅貨三枚ってとこだ。鍋やフライパンにも加工できる」

「うん、うちの鍋も装甲片だよ」

「だろうな。——次は牙だ」

 猪の口を開いて、牙を根元から切り出す。蒼牙狼の牙ほど鋭くはないが、短い牙でも刃物の素材にはなる。

「この牙はまあ、大したことないな。蒼牙狼のやつには及ばない。ただ、量があるから安定して稼げる」

 リーナが猪の腹から内臓を取り出している。食べられる部位と食べられない部位を分けて、食べられる部分を革袋に入れた。

「肝臓は食えますよ。血抜きがちゃんとできてれば」

「まじか。俺は内臓は苦手でさ」

「カイさんは好き嫌い多いですからね」

 リーナが呆れたように言った。

 最後に、魔石だ。カイが猪の胸を開いて、心臓の近くから小さな石を取り出した。親指の先ほどの、薄く光る結晶。粗石だ。

 僕の目には、その小さな石の中に、細い筋のような模様が見えた。光の粒がその筋に沿って流れている。昨日見た魔石コンロの粗石と同じ——でも、こっちのほうが筋の数が多いような気がする。

「この魔石、たぶん質がいいよ」

「ん? なんで分かる」

「中の……模様が、うちの魔石コンロの石より細かい。筋がたくさんある」

 カイが魔石を陽に透かして見た。普通の目には、ただの光る石にしか見えないのだろう。

「面白いこと言うな。——まあ、鑑定はギルドでやるとして。お前の目で品質が分かるなら、素材の選別にも使えるな」

 カイがにやりと笑った。また何か企んでいる顔だ。


 解体を終えると、使える素材を分配して背負った。装甲片が重い。リーナとベルトが大部分を担ぎ、カイが肉と魔石、僕が小さな素材と自分の荷物を持った。

「よし、進むぞ。遺跡は、もっと奥にあるはずだ」

 カイが先を見据えた。


 昼前に、カイが「飯にしよう」と言った。

 巨木の根元に腰を下ろして、荷物を開く。カイが携帯用の魔石コンロを取り出した。村のものより小さいが、作りが精巧だ。粗石を差し込むと、すぐに安定した火が点いた。

「さっき獲った猪の肉、焼くか」

 カイが言いながら、解体したばかりの装甲猪の肉を薄く切った。切り方が上手い。均等な厚さで、火が通りやすいように。

「血は抜いてあるけど、念のため、しっかり焼いたほうがいいぞ。生焼けの魔獣肉は腹を壊す」

 携帯用の装甲片のフライパンに肉を並べる。じゅわっと脂が出て、いい匂いが立った。塩を振って、両面をこんがり焼く。

「ほら。初の樹海飯だ」

 焼きたての肉を葉っぱの上に載せて渡された。

 かぶりつく。熱い。でも、美味い。縁にいる装甲猪より脂が多くて、味が濃い。中層の個体は樹海の恵みをたくさん食べて育っているからだろうか。塩加減はカイのほうが僕より上手かった。

「美味いだろ」

「……うん。村の猪より脂がのってる」

「樹海の奥の獲物は質がいいんだ。素材も肉も。だからわざわざ奥に入る価値がある」

 リーナが水筒の水で蒼苔を煎じて、簡素なスープを作った。僕が朝持ってきた蒼苔がここで役に立った。

「苦いですけど、体が温まりますね。ユーリくん、いい苔を採ってる」

「ありがとう。……えっと、いい苔とそうでもない苔って、あるんですか」

「あるある。魔素をたくさん含んでる苔のほうが薬効が強いんだって。薬師に聞いた」

 ベルトが黙って肉を食べている。この人は本当に喋らない。でも、食べ終わった後に「うまかった」と小さく言ったのが聞こえた。


 食事を終えて、再び歩き始めた。

 光の粒がさらに濃くなっていく。空気が粒で霞むような密度で、僕の目にはきらきらと瞬く光の洪水の中を歩いているように見える。美しかった。怖さよりも、ただ、きれいだと思った。

 カイが横に並んで聞いた。

「どうだ。何か変わったものは見えるか」

「粒がすごく多い。あと——この先、粒の流れが変わってる場所がある。何かに引き寄せられてるみたいに、一方向に流れてる」

「一方向に?」

「うん。普通は粒ってあちこちにふわふわ漂ってるんだけど、あの先だけ、何かに吸い寄せられるみたいに動いてる」

 カイの目が光った。

「それだ。遺跡だ。遺跡がある場所は魔素が集まるって聞いたことがある。——行こう。案内してくれ」

 僕は粒の流れに導かれるように、蒼い森の奥へ足を向けた。

 光の粒が、行く先を示していた。


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