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蒼の樹海の魔素使い——魔法が使えない少年は、世界の秘密を視ていた  作者: 蒼月よる


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第24話 競合者たち

第十話 競合者たち


 デルガ地下遺跡の噂は、僕たちが思っていたよりもずっと速く広まった。


 苔巨人の核石をギルドに持ち込んだ翌日には、受付の前に人だかりができていた。巨大な魔獣の核石——金貨級の素材が地下から出たという話は、冒険者たちの間で一晩で駆け巡ったらしい。

 ギルドの掲示板には、地下遺跡の調査依頼が次々と貼り出されていた。区画ごとの踏破調査、魔獣の掃討、遺物の回収。報酬も普段の依頼より高い。港街デルガが、一気に活気づいていた。

「おい、あれが第一発見のパーティだろ」

「銀牌二人に鉄牌と銅牌か。よくあの規模の遺跡を見つけたもんだ」

 すれ違う冒険者たちの視線が、以前とは変わっていた。敬意と、それから——値踏みするような目。あるいは、面白くなさそうな目。

「気にするな」

 カイが僕の隣を歩きながら、低い声で言った。

「金の匂いがすりゃ、人が集まる。それだけのことだ」


 三日もすると、デルガの宿という宿が冒険者で埋まった。

 港街には元々それなりの数の冒険者がいたが、噂を聞きつけて近隣の街や拠点から続々と流れ込んできたのだ。銅牌や鉄牌だけじゃない。銀牌のパーティが三つ、金牌を含むパーティまで一つやってきた。

 金牌のパーティは四人組で、リーダーは三十代半ばの長身の男だった。名前はゼーレン。遺跡探索を専門にしているらしく、各地の大規模遺跡を踏破した実績があるという。すれ違ったとき、僕の紋視にゼーレンの魔素が映った。体に纏う魔素の密度が、カイやルークとは桁が違う。あれが金牌の冒険者か、と思った。

「あのゼーレンってパーティ、厄介だぞ」

 カイが宿の食堂で眉をひそめた。

「遺跡専門で、しかも速い。先占権を取られたら面倒だ」

 ルークが頷いた。

「ギルドの先占ルールは明確だ。先に踏み込んだ区画は、そのパーティに優先権がある。後から入ったパーティは、七日間はその区画に手を出せない。——だが、地下遺跡は広い。まだ未踏の区画は山ほどある」

「問題は、どの区画に価値があるかだよね」

 ミラが地図を広げた。僕たちが前回の探索で簡単に書き起こしたものだ。苔巨人がいた大広間、ノードがあった部屋、そしてまだ足を踏み入れていない枝道がいくつも描かれている。

「ユーリの目があれば、壁の向こうの回路構造が分かる。どの区画が重要かを、入る前に判断できる」

 ルークが僕を見た。

「ただし、それを他のパーティに知られるのは避けたい。お前の紋視が遺跡探索にどれほど有利かが知れ渡れば、面倒なことになる」

「……うん。分かってる」

 僕の目のことは、ギルドにはある程度知られている。魔素が見えるという程度の話だ。でも、壁の中の回路構造まで読めるということは、まだ広まっていない。その差は大きい。


 翌朝、僕たちは地下遺跡に向かった。

 入り口には、ギルドの職員が常駐していた。調査の管理と、パーティの入退場の記録をつけている。すでに二つのパーティが先に入っていた。

 地下への階段を降りると、空気が変わった。湿った、鉱物のような匂い。壁に走る回路が、淡い青白い光を放っている。前に来たときと同じだ。でも、今日は人の気配が多い。遠くで足音が反響し、声が壁伝いに聞こえてくる。

「右の通路は先客がいるな。足跡が新しい」

 カイが地面を見て言った。泥を含んだ足跡が、右の通路に向かって続いている。

「左に行こう。前回、途中で引き返した枝道がある」

 ルークが言った。

 僕は紋視を使った。壁の中の回路を見る。左の通路の先——回路の密度が高い区画がある。配線が集中する場所は、重要な機能を持つ部屋であることが多い。ルークから教わったことだ。

「左の先に、回路が密集してるところがある。たぶん、何かの部屋」

 小声で伝えた。声が反響しないように。

 ルークが微かに頷いた。

「行こう」


 左の通路を進んだ先に、二つの部屋があった。

 一つは倉庫のような場所で、壁沿いに石の台座が並んでいた。台座の上には何も残っていなかったが、台座自体に回路が組み込まれている。保存用の魔素制御装置だとルークは言った。遺物を保管するための設備らしい。

 もう一つの部屋は小さかったが、壁一面に回路が走っていた。紋視で見ると、この部屋の回路はノードがあった部屋の回路と似た構造をしている。

「面白い。これは通信用の端末だな。ノードの下位端末——いわば枝のようなものだ」

 ルークが壁に顔を近づけて、回路のパターンを観察していた。眼鏡のレンズ越しに、何かが見えているのかもしれない。あの眼鏡は遺物のレンズで作られていると聞いた。

「ノードが心臓だとすれば、これは毛細血管だ。遺跡全体にこういう端末が散在していて、ノードと情報をやり取りしていたんだろう」

 ミラが壁の回路をそっと触った。指先に淡い光が走る。

「触ると温かい。まだ生きてるの?」

「完全には死んでいない。微弱だが魔素が流れている。ノードが活性化した影響だろう」

 この二つの部屋を先占区画として登録した。ギルドに報告すれば、七日間は僕たちの優先権が認められる。大きな収穫ではないが、遺跡の構造を理解するための重要な手がかりだ。


 問題は、帰り道に起きた。

 通路を戻る途中で、カイが足を止めた。

「……後ろに誰かいる」

 僕は紋視を切り替えて、背後の魔素を探った。通路の角の向こうに、二つの人影。冒険者だ。こちらの方を向いて、動かずにいる。

「尾行されてたな」

 カイの声が硬くなった。

「どうする?」

「放っておけ。尾行されたところで、先占区画は登録すれば守られる。——だが、気分は悪いな」

 通路の角を曲がると、二人組の冒険者が壁に背を預けて立っていた。鉄牌の男と女。悪びれた様子もなく、僕たちとすれ違っていった。

「あいつら、ゼーレンのパーティの偵察じゃねえか?」

 地上に出てから、カイが唸った。

「断定はできない。だが、組織的に他パーティの動きを監視しているなら、ゼーレンのやり方としてはあり得る」

 ルークが腕を組んだ。

「大規模遺跡では珍しくないんだ。有力なパーティの動きを追って、効率よく価値のある区画を見つける。合法だが、好かれるやり方ではない」


 宿に戻ると、食堂に見慣れた大きな背中があった。

 ガゼルだ。

 白髪交じりの長い髪を後ろで束ねた大柄な男が、テーブルの上に酒瓶と干し肉を広げて、悠然と座っていた。片目の傷跡が、食堂の魔石灯の下で深い影を作っている。

「おう、来たな。待ってたぜ」

 ガゼルが僕たちを見て、にかっと笑った。

「待ってたって、僕たちが来ること知ってたんですか」

「この宿に泊まってるのは知ってたからな。遺跡から戻る時間も、まあ大体な。——座れ座れ。いい話がある」

 カイが椅子を引いて、ガゼルの向かいに座った。

「いい話ってのは、お前にとっていい話だろ」

「俺にとっても、お前らにとっても、だよ」

 ガゼルが酒を注いだ。琥珀色の液体が杯に満ちる。上等な蒸留酒だ。

「地下遺跡の話、あちこちで聞いて回ったよ。今デルガに来てるパーティの動きもな。——で、一つ教えてやる。西側の区画、深いところに上位種の魔獣がいるって話だ」

「上位種? 苔巨人の他にもいるのか」

 カイが身を乗り出した。

「苔巨人は序の口だってよ。西側の深部に、もっとでかいのがいるらしい。素材も核石も、苔巨人より上等だ。——まあ、その分危険だがな」

 ルークが目を細めた。

「その情報の出所は」

「冒険者ってのは酒が入ると口が軽くなるもんだ。俺が買った情報を、お前らに横流しするのは商売として正しくねえ。だから——対価をもらおうか」

 ガゼルの目が、一瞬だけ鷹のように鋭くなった。豪快な笑顔の裏にある、商人の顔だ。

「何が欲しいんだ」

「遺物の鑑定だよ。坊主——ユーリ。お前の目で、俺が持ってる遺物を何点か見てくれ。回路の状態、残存魔素量、機能の推定。お前の鑑定があれば、売値が跳ね上がる」

 僕はカイとルークを見た。カイが小さく頷いた。

「……分かりました。何点ですか」

「五点。そう時間はかからんだろう」

 ガゼルが革袋から遺物を取り出した。小さな金属片、歯車のような部品、薄い板状の何か。どれも古く、表面が酸化しているが、紋視で見れば内部の回路がまだ生きているものもある。

 一つずつ手に取って、紋視で見た。

「これは回路が死んでます。残存魔素もほぼゼロ。……こっちは回路が三層のうち二層まで生きてる。制御系の部品だと思います。残存魔素は中程度」

「ほう。三層構造で二層生存か。そいつは思ったより状態がいいな」

 ガゼルが手帳に何かを書き込んだ。

 五点の鑑定を終えると、ガゼルは満足そうに頷いた。

「いい目だ。お前の鑑定があるとないとで、取引の値が二割は変わる。——約束通り、情報はくれてやる。西側深部の上位種、気をつけて行け」

「ガゼルさん。他のパーティにも同じような情報を売ってるんですか」

 僕が聞くと、ガゼルは笑った。

「当たり前だろう。俺は商売人だ。金を出すやつには誰にでも売る。——だがな、坊主。情報にも質がある。誰に何を売るかは、俺が決める」

 ガゼルは杯の酒を一息に干した。

「お前らには本物を売ったよ。他の連中に何を売ったかは——まあ、想像に任せる」

 それが信用していいのかどうか、判断がつかなかった。ガゼルは味方でも敵でもない。商売人だ。利益になるなら、僕たちを助けもするし、切り捨てもする。でも、嘘をつくことが商売の損になると分かっている人間でもある。

 複雑な人だ、と思った。


 夕方、僕たちは宿の食堂で遅い夕食を取った。

 遺跡の探索が長引いて、戻ったのは日が傾いてからだった。体が重い。腕も脚も、泥のように疲れている。地下の湿った空気を何時間も吸い続けた肺が、地上の風をありがたく感じた。

 女将が出してくれたのは、白身魚の塩焼きと、根菜の煮込みと、硬パンだった。

 魚は港で揚がったばかりのものだという。皮がぱりっと焼けていて、身はほくほくと柔らかい。塩加減がちょうどよくて、噛むと淡白な甘みが広がった。

「……美味しい」

 思わず声が出た。疲れた体に、温かい飯が染みる。これがあるから、一日の終わりを乗り越えられる。

 根菜の煮込みは、芋と人参と玉葱を鶏の出汁で炊いたものだった。芋が煮崩れかけていて、とろりとした汁がパンに合う。硬パンを千切って煮込みに浸して食べると、パンが汁を吸って柔らかくなる。

「ねえ、知ってる? 魚の値段、先週より下がってるんだよ」

 ミラがパンを齧りながら言った。

「市場で聞いたんだけど、冒険者が増えたぶん、食材の需要が上がって——普通なら値段が上がるでしょ。でも魚は下がってるの。なんでだと思う?」

「漁師が頑張ってんじゃねえの」

 カイが魚の骨をより分けながら答えた。

「違うの。遺跡の素材が市場に大量に出回り始めたから、素材の相場が下がってるんだって。冒険者が増えて、採れる素材の量が増えた。苔皮なんか、先月の半値まで落ちてるらしいよ」

「半値?」

 僕は驚いた。苔巨人を倒したとき、苔皮素材もかなり回収した。あれの価値が半分になっているということか。

「需要と供給だ」

 ルークが煮込みを掬いながら言った。

「参入者が増えれば、素材の産出量が増える。産出量が増えれば、単価は下がる。当然の帰結だ」

「核石みたいな希少素材は値が下がりにくいけど、一般的な素材は軒並み下落してるって。遺跡の発見が経済に影響してるんだね」

 ミラが少し心配そうな顔をした。

「僕たちの収入にも影響するってことか」

「ああ。だから、量より質で勝負するしかねえ。希少素材や上位種の核石を狙う。そのためにも、効率よく重要な区画を押さえていくことだ」

 カイがそう言って、残りの魚を口に放り込んだ。


 食事の後、ルークが切り出した。

「一つ、気になることがある」

 四人が食堂の隅のテーブルに集まった。他の客は少ない。

「今日、遺跡の中で見慣れないパーティとすれ違った。三人組だ。覚えているか」

「ああ。東側の通路にいた連中か」

 カイが言った。

「あいつらの動きが気になった。冒険者にしては、足運びが揃いすぎている」

「足運び?」

「通路を歩くとき、三人の間隔が一定だった。前衛・中衛・後衛のフォーメーションを崩さない。それ自体はベテランの冒険者でもやることだ。だが——あの間隔は、軍の行軍間隔だ」

 ルークの声が低くなった。

「軍?」

 僕の声が裏返った。

「正確には、軍の訓練を受けた人間だ。冒険者は個人の癖が出る。足幅も歩調もばらばらだ。だが軍人は訓練で叩き込まれた間隔を無意識に保つ。あの三人は、冒険者を装っているが、動きが冒険者じゃない」

 カイが腕を組んだ。

「軍の人間が冒険者に化けて遺跡に潜ってるってことか。何が目的だ」

「分からない。だが、彼らが東側の通路——つまりノードがある方向に向かっていたのは確かだ」

 ノード。地下遺跡のネットワーク中継点。僕たちが苔巨人を倒した先にあった、脈動する光の部屋。

「ノードに関心がある、ということか」

 ルークが眼鏡の位置を直した。その仕草が、何かを考えているときの癖だと、僕はもう知っていた。

「遺跡に軍が興味を持つのは不思議じゃない。反宗教国家は遺物技術を国策として推進している。だが、冒険者を装って潜入するというのは——穏やかじゃないな」

「ギルドを通さずに動いてるってことだもんね」

 ミラが言った。

「ギルドに正式に依頼すれば、堂々と調査できるはず。それをしないということは、ギルドに知られたくない目的がある」

 ルークの言葉に、テーブルが静かになった。

 僕は、ヴェルナーのことを思い出していた。遺物研究者として僕たちに接触してきた男。丁寧だけど有無を言わせない話し方。手帳を常に持ち歩いて、メモを取る癖。あの男の所属が、軍の情報部だということは、まだ僕たちには確証がない。でも、ルークの表情を見ると——何かを知っている、あるいは察している。そんな気がした。

「とにかく、あの三人組には近づくな。観察はするが、接触は避ける」

 ルークがそう言って、話を終わらせた。


 翌日の朝、ギルドに行くと、受付の職員に呼び止められた。

「ユーリさん。ランクの昇格手続きが完了しました」

「昇格?」

「はい。直近の依頼達成実績と、地下遺跡の第一発見功績が評価されました。鉄牌7から鉄牌6への昇格です。おめでとうございます」

 職員が新しい牌を差し出した。鉄の牌に、6の数字が刻まれている。前の牌より少しだけ重い気がした。

「ユーリくん、おめでとう」

 ミラが笑顔で言った。

「ありがとう。……でも、まだ鉄牌だよ」

「鉄6は立派だぜ。お前がデルガに来たとき、鉄7だったろ。そっから一つ上がったんだ。順調だ」

 カイが僕の頭をぽんと叩いた。痛くない力加減だった。

「一つ上がるごとに、受けられる依頼の幅が広がる。鉄6なら、中規模遺跡の探索依頼も単独で受注できるようになる」

 ルークが言った。実用的な情報を添えるのが、ルークらしい。

 新しい牌を首にかけた。重さは、責任の重さだ。そう思うことにした。


 その日も遺跡に潜った。

 今度は南側の区画を目指した。紋視で壁の回路を追いながら、重要そうな部屋を探していく。他のパーティの足跡が増えていた。地下遺跡は広いが、無限ではない。良い区画は、早い者勝ちだ。

 南側の通路を進んでいるとき、前方から声が聞こえた。

「——だから言っただろう。この区画はうちが先に入ったんだ」

「足跡がないだろ。先占の印もない。お前らの区画じゃねえよ」

 冒険者同士の口論だった。通路の先で、二つのパーティが向き合っている。先占権を巡る争いだ。

 カイが僕の腕を掴んだ。

「回れ。別の道を行く」

 争いに巻き込まれるのは得策じゃない。僕たちは静かに別の通路に入った。

 紋視で見ると、この通路の先にも回路の集中点があった。小さいが、まだ誰も足を踏み入れていない。

「……こっちにも部屋がある。小さいけど」

「行こう」

 その部屋は、棚のような構造物が壁に埋め込まれた小部屋だった。棚の中に、小さな遺物がいくつか残っていた。金属製の薄い板と、指先ほどの筒状の部品。

 ルークが慎重に遺物を取り出した。

「保存状態が良い。回路が生きているものもある。——なるほど、これは面白い。記録媒体かもしれない」

「記録媒体?」

「情報を保存するための装置だ。何が記録されているかは、持ち帰って調べないと分からないが」

 遺物を革袋に包んで回収した。小さいが、価値のある発見だ。先占登録も済ませた。

 こうして一つずつ区画を押さえていく。地味な作業だが、積み重ねが物を言う。


 宿に戻る道すがら、僕はデルガの街を見渡した。

 通りには冒険者の姿が増えていた。武器屋や防具屋の前に行列ができている。食堂も満員だ。遺跡の発見がデルガの街全体を変えつつあった。

 金が動いている。人が動いている。素材の相場が変わり、宿の値段が上がり、食材の需給が変動している。一つの遺跡の発見が、街の経済を揺さぶっている。

 僕たちがノードの光を見つけたときには、こんなことになるとは思っていなかった。

 ノードの光は、僕たちが去った後も脈動し続けているだろう。地下の心臓のように。

 そして、その心臓に近づこうとしているのは、僕たちだけではなかった。冒険者も、商人も、そして——冒険者を装った、別の何かも。

 デルガの街の下で、何かが動き始めていた。そして街の上でも、目に見えない駆け引きが始まっていた。


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