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蒼の樹海の魔素使い——魔法が使えない少年は、世界の秘密を視ていた  作者: 蒼月よる


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第21話 軍の影

第七話 軍の影


 朝、港の通りに出ると、空気がいつもと違っていた。

 冒険者ギルドの前に人だかりができている。それだけなら珍しくないが、声のざわめきに妙な緊張感が混じっていた。噂話の声が、潮風に乗って断片的に聞こえてくる。

「——軍の人間がギルドに来てるらしい」

「情報部だって。遺跡のことを聞いて回ってるみたいだ」

「冒険者を引き抜こうとしてるって話もあるぜ。金をちらつかせてな」

 僕は人だかりの端に立って、ギルドの入口を見た。軍の人間がいるという割に、入口に兵士が立っているわけでもない。


 宿に戻ると、カイが革鎧に油を塗っていた。

「ギルドの前、騒がしかったですけど」

「ああ、聞いてる。軍の情報部とかいう連中がデルガに来てるらしい。昨日の夜からギルドの酒場で冒険者に声をかけてるって話だ」

 カイの手が止まらなかった。革を磨く動きは一定で、けれど声の調子が少しだけ硬い。

「情報部って何ですか」

「反宗教国家の軍には、遺物を集めてる部門がある。そいつらが冒険者ギルドに入り込んで情報を集めてるって噂は前からあった。デルガに直接来たのは初めてだけどな」

「軍の人間は信用できねえ。覚えておけ、ユーリ。あいつらは冒険者を道具としか見てない。用が済んだら捨てるぞ」


 ミラが朝市で買ってきた焼きたてのパンと、塩漬けたらのスープで朝食を済ませた。パンはまだ温かくて、ちぎると湯気が立った。外はぱりっと焼けていて、中はふわふわで、噛むと小麦の甘さがじわりと広がる。スープは鱈の出汁が濃くて、刻んだ根菜と豆が入っていた。ミラが港の魚売りから教わったレシピだという。

「ルークさんは?」

「もう出かけたよ。ギルドの閲覧室で遺跡の記録を調べるって言ってた」

 ミラがスープの鍋をかき混ぜながら言った。


 昼前に、カイが僕を連れ出した。

「今日は工場を見せてやる」

「工場?」

「素材加工工場だ。冒険者が獲った魔獣素材を加工して、武器や防具や道具にする。デルガには反宗教国家最大級の加工工場がある。冒険者なら一度は見ておくべきだ」

 港の東側、倉庫街の奥に、その工場はあった。

 石造りの大きな建物がいくつも並んでいて、煙突から白い煙が上がっている。門の前には荷馬車が列を作っていた。荷台には革袋や木箱が積まれている。中身は魔獣の素材だ。角、牙、鱗、皮、骨——冒険者が命がけで持ち帰ったものが、ここで形を変える。

「俺のガキの頃から、この工場はあった。デルガの経済を支えてる。冒険者が素材を持ち込んで、工場が加工して、商人が各地に売る。その流れの中心がここだ」

 カイが工場の門番に冒険者牌を見せて、中に入った。


 最初に案内されたのは、鍛造工房だった。

 炉の熱気が壁のように押し寄せてきた。真っ赤に燃える炭の上に、坩堝るつぼが据えられている。職人が革の前掛けをつけて、坩堝の中身をかき混ぜていた。

「蒼牙の刃物の鍛造工程だ。見てろ」

 カイが説明した。

 職人がまず、蒼牙狼の牙を石臼で砕いていた。拳ほどの牙が、ごりごりと音を立てて細かくなっていく。砕かれた牙は粒から粉へと変わり、最終的には白っぽい微粉末になった。蒼い色は消えて、薄灰色の粉に見えたが、紋視で見ると粉の一粒一粒に微かな回路の痕跡が残っていた。

「あの粉を鋼に混ぜるんだ。蒼牙の粉を混ぜた鋼は、普通の鋼より硬くて軽い。魔獣の鱗を断てる」

 職人が坩堝の中の溶けた鋼に、蒼牙の粉を少しずつ振り入れていく。粉が溶鋼に触れるたびに、ちりちりと小さな火花が散った。紋視で見ると、粉の中の回路の残骸が溶鋼の中に溶け込んでいくのが分かった。回路は壊れているのに、その構造の名残が鋼の性質を変えているらしい。

 混ぜ合わせた鋼を型に流し込み、冷えてから鍛造する。赤く灼けた鋼を職人が大槌で叩いていく。叩くたびに火花が散り、何度も赤くしては叩き、水で冷やしてはまた赤くする。その繰り返しで、鋼が少しずつ刃物の形に変わっていった。

「蒼牙の刃物は切れ味が違う。普通の鋼の刃物じゃ太刀打ちできない相手でも、蒼牙なら通る。冒険者が金を出すのは、こういう武器だ」

 僕は鍛造の工程を、紋視を使わずに見ていた。炉の熱と、槌の音と、職人の汗。素材が道具に変わっていく過程は、見ているだけで体が熱くなった。


 次に案内されたのは、なめし工房だった。

 鍛造工房とは打って変わって、ここは湿った空気と薬品の匂いが充満していた。木の桶がいくつも並んでいて、中に革が浸けられている。苔皮——苔巨人から剥ぎ取った皮だ。

「苔皮のなめし作業か。こいつは手間がかかるんだ」

 カイが鼻をつまみながら言った。

 職人の女性が、桶の中の革をひっくり返していた。素手ではなく、長い手袋をはめている。桶の中の液体は薄い緑色をしていて、つんとした匂いがする。

「薬液に漬けてるんですか」

「そうだよ、坊や。苔皮はそのままだと硬くて使い物にならないからね。まず灰汁あくに三日漬けて苔を殺す。そのあとこの薬液で二日かけて柔らかくする。最後に油と蜜蝋を塗り込んで撥水加工をするんだ」

 職人の女性が桶から革を引き上げた。緑がかった灰色の革が、ぬるりと光っていた。まだ柔らかさが足りないようで、女性はそれをまた桶に沈めた。

「撥水加工した苔皮は、雨に濡れても水を弾く。港の冒険者には重宝するんだよ。海沿いの遺跡は湿気がすごいからね」

「デルガの苔皮は評判がいいんだ」

 カイが付け加えた。

「素材の質もいいし、職人の腕もいい。他の街じゃこうはいかない」


 三つ目は紡績工房だった。

 ここは静かだった。鍛造の喧騒も、なめしの匂いもない。明るい工房に、木製の紡ぎ車がいくつも並んでいて、職人たちが黙々と糸を紡いでいた。

 蟲糸。霧蜘蛛の巣から採れる糸だ。

「蟲糸の紡績ね。これは見ものだぞ」

 霧蜘蛛から採れる蟲糸は、一本一本が極めて細い。肉眼ではほとんど見えないほどだ。それを紡ぎ車でり合わせて、使える太さにする。

 職人の手元を見た。左手に原糸の束を持ち、右手で紡ぎ車を回している。原糸から一本ずつ繰り出しては、紡ぎ車の芯に巻き取っていく。繰り出すときの指の動きが尋常ではなかった。速くて正確で、しかも一定の力加減で糸を引いている。

「何本くらい撚り合わせるんですか」

「用途によるね」

 職人の若い男が、手を止めずに答えた。

「縫い糸なら十二本撚り。弦なら二十四本撚り。防具の芯材なら四十八本撚りだ。多く撚るほど太く強くなるが、しなやかさは失われる。用途に合わせて本数を変えるのが腕の見せどころだ」

「蟲糸は高級品なんだ」

 カイが言った。

「一巻きで銀貨数枚する。冒険者が霧蜘蛛を討伐して巣を持ち帰り、工場で紡いで、仕立て屋や鍛冶に卸す。素材からの加工品までの流れが全部デルガで完結する。だからデルガの蟲糸製品は品質が高い」


 紡績工房を見学していたとき、職人の若い男が僕に聞いてきた。

「あんた、冒険者か? 随分若いな」

「はい。鉄牌です」

「鉄牌か。——ちょっと見てくれないか、これ」

 男が引き出しから、蟲糸の束を二つ取り出した。見た目はほとんど同じだ。銀色に光る細い糸の束が、同じくらいの太さで同じくらいの長さに揃えられている。

「こっちとこっち、どっちが上等だと思う」

 普通の目で見ても違いが分からない。紋視を使った。

 目の焦点が沈む。糸の表面の下に回路が見えた。

 片方の蟲糸は、回路が均一に走っていた。糸の一本一本に同じ密度で、同じパターンの回路が通っている。もう片方は、回路の密度にむらがあった。一部の糸は回路が濃く、一部は薄い。

「こっちです」

 僕は回路が均一な方を指した。

「回路——いえ、繊維の質が均一です。こっちの方が撚ったときにむらが出にくいと思います」

 職人の目が丸くなった。

「当たりだ。よく分かったな。こっちは霧蜘蛛の成体から採った糸で、こっちは若い個体から採った糸だ。成体の糸のほうが繊維の質が揃ってて、上等な製品になる。見た目じゃ分からないのに、どうして分かった」

「……勘、です」

「勘って。——いや、すごいな。うちの親方でも手触りで判別するのに時間がかかるのに」

 カイが僕の肩に手を置いた。

「こいつは目利きなんだ。あんまり騒がないでくれ」

 カイの声には、軽い口調の裏に牽制が混じっていた。

 職人は不思議そうな顔をしていたが、それ以上は聞いてこなかった。


 工場の見学を終えて外に出ると、もう昼を過ぎていた。

 倉庫街の角の屋台で、魚のすり身を油で揚げたものをカイが買ってくれた。刻んだ香草が混ぜてあって、外はかりっと、中はふわりと柔らかい。揚げたてで熱かった。

「美味いだろ。ガキの頃、港で働いてた時によく食った。こいつ一つで半日持つんだ」

 カイが揚げ物を頬張りながら言った。


 ギルドに寄って昼の依頼掲示を確認してから、カイと僕はギルド併設の酒場に入った。

 昼時の酒場はそれほど混んでいなかった。奥の席にルークがいて、解析ノートを広げていた。ミラは買い出しの帰りに合流するらしい。

 席についてエール麦茶を頼んだところで、横から声がかかった。

「失礼。少し席を借りても構いませんか」

 振り向くと、男が立っていた。

 四十前後に見えた。がっしりとした体格だが、動きに荒々しさはない。短く刈り込んだ灰色がかった髪と、鋭い目。軍服ではなく、仕立てのいい平服を着ていた。暗い藍色の上衣に、革のベルト。官僚か、あるいは裕福な商人のような装いだ。ただし、手帳を胸ポケットに差しているのが目についた。

「——何だ、あんた」

 カイの声が低くなった。警戒している。

「旅の者です。デルガの冒険者ギルドは活気があると聞いて、見学に来ました」

 男は柔らかく微笑んだ。だが、目は笑っていなかった。鋭い目が、カイと僕を観察するように見ている。

「見学なら勝手にどうぞ。席は他にもある」

「ええ、それはそうなのですが。実は先ほどの素材加工工場の見学で、お二人を見かけまして。若い冒険者が素材の加工工程に興味を持つのは珍しいと思い、つい声をかけたくなりました」

 工場で見かけた。

 僕は記憶を辿った。鍛造工房でも、なめし工房でも、紡績工房でも、この男の姿は覚えていない。しかし、この男が嘘を言っている気配もなかった。ただ、気づかれずに人を観察できるということ自体が、普通ではない。

「私はヴェルナーと申します。遺物に関わる仕事をしています」

 男が名乗った。


 その瞬間、視界の端でルークが動いた。

 ほんの微かな動きだった。ノートのページをめくる手が一瞬だけ止まり、指先が紙の上で硬直した。それは本当に一瞬のことで、すぐにルークはページをめくる動作に戻った。表情は変わっていない。けれど、僕はその一瞬の硬直を見ていた。


「遺物の仕事、ね」

 カイが腕を組んだ。

「ただの遺物商にしちゃ、身なりがいいな。あんた、商人じゃないだろ」

「お目が高い。正確に言えば、遺物の研究に携わっています。各地の遺跡から出る遺物の収集と分析を——まあ、学術的な仕事です」

「学術的ね」

 カイの声に、信じていない響きがあった。

 ヴェルナーは気にした様子もなく、穏やかな顔で続けた。

「デルガの加工工場は素晴らしいですね。蒼牙の鍛造工程は特に見事でした。牙の粉末を鋼に混合する比率が絶妙で、他の都市では真似できない」

「あんた、加工技術に詳しいのか」

「仕事柄、素材の加工にも関心がありまして。特に魔獣素材と金属の複合加工には、まだ解明されていない原理がある。なぜ蒼牙の粉を混ぜると鋼の性質が変わるのか。学術的には未解明です」

 僕は黙って聞いていた。

 この人の話し方には、独特のリズムがあった。丁寧で理路整然としていて、相手の興味を引く話題を選んでいる。だが、話しながら僕たちの反応を観察している。そういう目だった。

「——で、何の用だ」

 カイが遮った。

「世間話をしに来たわけじゃないだろ。何が聞きたい」

 ヴェルナーが微かに笑った。カイの率直さを楽しんでいるように見えた。

「単刀直入な方ですね。では率直に。——反宗教国家には、遺跡を本格的に研究するための計画があります。国家規模の計画です。遺跡から出る遺物を収集するだけではなく、遺跡そのものの構造を解明し、その技術を国の発展に活かす」

「国家規模の計画だと?」

「ええ。遺跡には、この世界の成り立ちに関わる情報が眠っている。それを解き明かすことが、人類の未来を変える——と、私は信じています」

 ヴェルナーの声が少しだけ熱を帯びた。それは演技ではないと感じた。この人は本気で遺跡の研究を信じている。信仰ではなく、確信として。

「その計画に、冒険者の力が必要です。遺跡に潜れるのは冒険者だけだ。だから——面白い仕事がある、と思いまして」

「勧誘か」

「いえ、まだそこまでは。今日はご挨拶だけです。腕のいい冒険者がいると聞いて、顔を見に来ました」

 ヴェルナーが立ち上がった。

「お時間をいただきありがとうございます。もし興味があれば、ギルドの受付に名前を預けておきますので」

「興味ねえよ」

 カイが即答した。

「軍の仕事に首を突っ込む趣味はない。冒険者は自分の足で稼ぐ。国に飼われるのはごめんだ」

「なるほど。誇り高い冒険者ですね」

 ヴェルナーは気分を害した様子もなく、軽く頭を下げた。それから僕のほうを見た。

「そちらの少年は、随分と静かですね。お名前は?」

「……ユーリです」

「ユーリ。覚えておきます。——国家には大きな計画がある。遺跡はその鍵です。いつか興味を持ったとき、思い出してください」

 それだけ言って、ヴェルナーは酒場を出ていった。


 足音が消えるまで、カイは腕を組んだまま動かなかった。

「あれが軍の人間だ」

 低い声で言った。

「見たろ。遺物商の振りして近づいてきて、世間話の振りして情報を引き出そうとする。計画がどうとか、国の発展がどうとか、きれいな言葉を並べてるが——要するに冒険者を軍の手駒に使いたいだけだ」

「そう、ですね」

「ヴェルナーって名乗ったな。覚えておけ。ああいう手合いとは距離を置いたほうがいい」

 ルークが解析ノートを閉じた。

「……帰るか。ミラが待ってるだろう」

 ルークの声はいつも通り落ち着いていた。低い声で、感情が読みにくい。だが、ノートを閉じる手つきがほんの少しだけ乱暴だったことに、僕は気づいていた。


 宿に戻ると、ミラが夕飯の支度をしていた。

 今日は港で仕入れたはまぐりを使った塩蒸しだと言う。蛤を鍋に並べて蒼酒を振りかけ、蓋をして蒸す。蒼酒の甘い蒸気が蓋の隙間から漂い出て、部屋中に磯と果実の入り混じった香りが広がった。蛤が口を開くと、透き通った汁が殻の中に溜まっていた。その汁ごと口に運ぶと、蛤の出汁と蒼酒の風味が一度に広がって、思わず目を閉じた。

「美味しい?」

「すごく」

「でしょ。蛤は蒼酒で蒸すのが一番なんだよ。魚屋のおばさんに教えてもらったの」

 ミラが得意そうに笑った。


 食事の後、カイが今日のことを話した。ミラとルークに、ヴェルナーと名乗る男がギルドの酒場に来たこと。遺跡研究の国家計画の話をしたこと。冒険者への勧誘めいたことを言ったこと。

「軍の人間がギルドに直接来るなんて。噂は本当だったんだね」

 ミラが蛤の汁を飲みながら言った。

「前から噂はあったけど、裏でこっそりやってるんだと思ってた。堂々とギルドの酒場に来るなんて——」

「組織的にやってるってことだ」

 カイが言った。

「あのヴェルナーって男、ただの使い走りじゃない。身なりと話し方からして、かなり上の立場だ」

「なるほど」

 ルークが蛤を箸でつまみながら言った。

「遺物回収部門の責任者クラス、か。冒険者ギルドに直接顔を出すということは、相当な権限を持っているんだろう。面白い」

「面白くねえよ」

 カイが苦い顔をした。

「軍の連中が遺跡に手を出し始めたら、冒険者の自由がなくなる。依頼が軍の許可制になったり、遺物を軍に優先提出させられたり——そういう未来が見える」

「金の問題じゃねえんだよ」

 カイが蒼酒を一口飲んで、杯を置いた。

「自由の問題だ。冒険者が冒険者でいられるのは、誰にも縛られないからだ。国に飼われた瞬間に、俺たちは冒険者じゃなくなる」


 その夜、窓を開けて港を見た。

 今日も漁火が沖に散らばっていた。規則的に明滅する灯りの一つ一つに、漁師の暮らしがある。

 ヴェルナーという男のことを考えていた。

 あの人は、嘘は言っていなかったと思う。少なくとも、遺跡の研究を本気で信じている部分は本物だった。だけど、本物の信念を持っている人間が安全だとは限らない。ガゼルさんが言っていた。「商売じゃ済まない使い方をしたがる連中がいる」。ヴェルナーは、まさにそういう人間なのかもしれない。

 国家には大きな計画がある。遺跡はその鍵だ。

 あの言葉が引っかかっていた。大きな計画とは何だろう。遺跡を研究して、何をするつもりなのだろう。

 そしてもう一つ、気になっていたことがあった。

 ルークさんの、あの一瞬の反応。ヴェルナーの名前を聞いたときに、指先が止まった。ほんの一瞬だけ。

 何かを知っているのだろうか。あるいは——何かを隠しているのだろうか。

 考えてもわからなかった。ルークさんは口数が少ない人だ。それに、あの一瞬の反応を僕が見ていたことを、ルークさんは知らない。知らないままのほうがいいのかもしれない。

 漁火が波に揺れていた。

 目の奥に、今日も微かな疼きがあった。紋視を使ったあとの痛みとは違う。もっと深い場所で、何かが脈動している。

 僕は窓を閉めて、眠りについた。


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