第18話 脈動する回廊
第四話 脈動する回廊
ルークが手を差し出した。
僕はその手を握った。
乾いた、硬い手だった。工具を握り続けてきた手。指の腹にたこがあって、爪が短く切り揃えてある。
「よろしく頼む」
ルークが短く言って、手を離した。
「よろしくお願いします、ルークさん」
「敬語はいらない。やりにくい」
「……じゃあ、よろしく」
「ああ」
カイが横から口を挟んだ。
「で、お前の得意分野は何だ。罠の解除以外に」
「機構の解析。遺跡の構造を読むことだ。回路がどう走っているか、どの部屋がどんな機能を持っていたか——そういうことを推測する」
「推測、ね」
「確証が得られることは少ない。だが、推測があるのとないのでは生存率が違う」
カイが鼻を鳴らした。納得したのか、呆れたのか、よく分からない顔だった。
「まあいい。使えるかどうかは、一緒に潜れば#分かる」
「同感だ」
四人になった僕たちは、遺跡の下層を目指した。
前回の探索で見つけた階段を降りる。石段は幅が広く、二人が並んで歩けるほどだった。壁は相変わらず灰色の、継ぎ目のない素材でできている。ルークが壁に手を当てて、指先で表面をなぞった。
「この素材、デルガ近郊の他の遺跡でも見たことがある。どの遺跡でも同じ素材が使われている。——面白いな」
「面白い、って。ただの壁だろ」
「ただの壁じゃない。四千年以上前の建材が、風化もせずにこの状態を保っている。それだけで異常だ」
ルークの声には、抑えきれない興奮が混じっていた。
階段を降りきると、長い回廊が続いていた。
天井が高い。三人分の背丈はある。通路の幅も広く、大きな荷車が通れるほどだ。何を運ぶための通路だったのだろう。
僕は紋視を使った。
目の焦点を変える。表面ではなく、もっと奥を見る。壁の中に走る回路を探す。
——見えた。
壁の内部に、細い線が走っている。前回の上層よりも、明らかに密度が高い。回路が複雑に枝分かれして、壁の中を網の目のように広がっている。そして——。
「……動いてる」
声が出た。
「何が見える」
ルークが即座に反応した。
「回路が……脈を打ってます。上の階では止まってたのに、ここのは動いてる。ゆっくりだけど、何かが流れてる」
回路の中を、淡い光が移動している。一定のリズムで、奥から手前へ、手前から奥へ。まるで血管の中を血が流れるように、回路の線が明滅を繰り返している。
「脈動する回路か。……なるほど、下層はまだ生きているのか」
ルークが眼鏡の位置を直した。レンズの奥の細い目が、壁を食い入るように見つめている。もちろん、ルークには回路は見えない。でも、僕の言葉を聞いて何かを考えている顔だった。
「触るな。活きた回路に触れると何が起きるか分からない。壁から距離を取って歩け」
ルークの警告に、全員がうなずいた。
回廊を進むと、左右にいくつもの部屋が並んでいた。
扉はなかった。開口部がぽっかりと空いているだけだ。扉があった痕跡もない。最初からこういう造りだったのか、それとも扉が別の素材で作られていて、そちらだけ朽ちたのか。
最初の部屋に入った。
壁に沿って、棚のような構造物が並んでいる。灰色の素材でできた、等間隔の棚。棚の上には——何もない。空の容器が数個、転がっているだけだった。
「倉庫だな」
カイが言った。
「ああ、おそらく。棚の配置、容器の形状——物資を保管する部屋だろう」
ルークが容器を一つ拾い上げた。手のひらに収まるくらいの、円筒形の容器だ。蓋はない。中身もない。素材は壁と同じ灰色のもので、軽くて頑丈そうだった。
僕は紋視で容器を見た。回路は——ない。ただの容器だ。何かを入れるためだけのもの。
「中身は何だったんだろう」
「分からん。だが、これだけの棚がある以上、相当な量の物資を保管していたはずだ。食料か、道具か、あるいは我々が知らない何かか」
ミラが棚の奥を覗き込んだ。
「埃もあんまりないね。密閉されてたからかな」
「空気の流れが少ないんだろう。遺跡の下層は外気と遮断されている」
ルークの説明に、ミラがうなずいた。
次の部屋は、最初の部屋とは明らかに様子が違った。
壁一面に、回路が集中していた。
紋視で見ると、部屋の四方の壁すべてに回路が走っている。しかも密度が桁違いだ。倉庫の壁にはほとんど回路がなかったのに、この部屋は壁全体が回路で埋め尽くされている。線が何百本も走り、交差し、結節点を作り、そこからまた枝分かれしている。
「この部屋……すごい」
「何が見える」
「壁一面に回路がびっしり走ってます。他の場所と比べて、密度が全然違う。回路同士が何箇所も繋がってて、結び目みたいなところがいくつもある」
ルークが部屋の中央に立って、ゆっくりと周囲を見回した。
「壁の回路が集中していて、複数の結節点がある。——これは何かを送受信する装置だな」
「送受信?」
「通信室のようなものだ。回路の結節点は、信号の中継点として機能する。おそらく、この部屋から遺跡の他の場所と——あるいは、遺跡の外部と——情報のやり取りをしていた」
カイが腕を組んだ。
「遺跡の外と通信? そんなことができるのか」
「できたんだろう。少なくとも、この回路はそのために設計されている。……面白い」
ルークの口癖が出た。目が輝いている。
僕はもう一度、壁の回路をよく見た。回路の脈動は、ここでも続いている。ゆっくりと、淡い光が線の中を流れている。受信しているのか、送信しているのか。何千年も前に作られた装置が、今もまだ何かを受け取っているのだとしたら——。
背筋が、少しだけ冷たくなった。
三つ目の部屋は、最も広かった。
部屋の中央に、テーブルのような構造物がある。腰の高さほどの、平たい台だ。表面はつるりとした灰色の素材で、四隅に小さな突起がある。
紋視で見ると——。
「この台、回路がものすごく集中してます。部屋中の回路が、全部この台に繋がってる」
「管理室だ」
ルークが即座に断じた。
「中央に制御端末があって、部屋中の回路がそこに集約されている。ここからこの階層全体を管理していたんだろう。——触るなよ」
最後の一言は、台に手を伸ばしかけたカイに向けられていた。
「分かってるよ」
カイが手を引っ込めた。
「ユーリ、この台の回路をもっと詳しく見られるか」
「やってみます」
僕は台に近づいて、紋視の焦点を絞った。
回路の一本一本を追う。台の表面の下、数指ほどの深さに、回路が層になって重なっている。三層、四層——いや、もっとある。それぞれの層で回路のパターンが違う。上の層は単純で太い線が少数走り、下の層に行くほど線が細く、密になっていく。
「層構造になってます。上が太い線で、下に行くほど細かい。……六層くらいある」
「六層の入れ子……。なるほど。上位の回路が下位の回路を制御する階層構造か。命令系統のようなものだ」
ルークが顎に手を当てて考え込んでいる。
「ユーリの目がなければ、これは分からなかった。中を開けずに内部構造が把握できるというのは——」
「おい、学者の講義は後にしろ。そろそろ飯にしないか」
カイが遮った。言われてみれば、遺跡に入ってからかなりの時間が経っている。腹が鳴った。自分の腹だった。
管理室の隅に腰を下ろして、携行食を広げた。
ミラが革袋から食料を取り出していく。干し肉の包み、硬パンの塊、小さな布袋に入ったドライフルーツ。
「はい、一人分ずつ。干し肉は昨日の残りだけど、まだ大丈夫だよ」
干し肉を齧った。塩気が強くて、噛むほどに肉の旨味がじわりと出てくる。ただ、冷たい。遺跡の中は火を使えない——空気の流れが少ない場所で火を焚けば、煙が充満して息ができなくなる。だから食事はすべて冷たいまま食べるしかない。
硬パンは、その名の通り硬かった。歯が立たないほどではないけど、噛み切るのに力がいる。干し肉と交互に食べると、パンが肉の脂を吸って少しだけ柔らかくなった。
「ドライフルーツ、どうぞ。甘いの入れとかないと、頭が働かなくなるから」
ミラがみんなに配った。干した杏と、小さな干し葡萄だ。口に放り込むと、凝縮された甘みが広がった。遺跡の冷たい空気の中で食べる甘味は、不思議と気持ちが落ち着く。
ルークが上着のポケットをまさぐって、小さな革袋を取り出した。中身は——塩だった。
「硬パンにこれを振れ。それだけで全然違う」
言われた通り、パンに塩を振ってみた。
——確かに、違う。硬パンの素朴な穀物の味に、塩が輪郭を与える。何の味もしなかったパンが、ちゃんとした食べ物になった。
「本当だ。美味しくなった」
「塩だけは切らさないようにしている。探索が長引くと、塩が足りなくなるのが一番辛い。体が動かなくなる」
「ルークさん、慣れてるね。遺跡の長期探索」
ミラが感心した声で言った。
「何度かやっている。三日潜りっぱなしということもあった」
「三日? 水はどうしたんだ」
カイが眉を上げた。
「遺跡内の水源を使った。——ちょうどいい。水の話だが、さっき回廊の途中に水路があったのを覚えているか」
覚えていた。回廊の壁の下部に、幅一尺ほどの溝が走っていて、そこに薄く水が流れていた。透明で、冷たそうな水だった。
「あの水、飲めるかな」
ミラが革袋の水筒を確認した。残りが少なくなっている。四人分の水を持ち歩くのは重いし、量にも限りがある。
「確認する必要がある。ミラ、見てもらえるか」
「うん、行こう」
食事を中断して、水路のある場所に戻った。
ミラが水路に手を浸して、水を掌に掬った。顔を近づけて匂いを嗅ぎ、指先で水の感触を確かめる。それから小瓶を取り出して、少量の水を入れた。革鞄から試薬の包みを出して、小瓶に数滴垂らす。
「……大丈夫。魔素の含有量が少ないから、飲んでも問題ないよ。——むしろ、外の川の水より綺麗かも。何かで濾過されてるみたい」
「遺跡の浄水機構が生きているのかもしれないな」
ルークが言った。
僕は水路の壁を紋視で見た。水路に沿って、細い回路が走っている。水と一緒に、回路も流れの方向に伸びていた。浄水——という言葉の意味は分かる。水を綺麗にする仕組みだ。四千年前の仕組みが、まだ動いている。
水筒に水を汲んだ。冷たくて、癖のない水だった。喉を通るとき、体が喜ぶのが分かった。
管理室に戻って、食事の続きをした。
干し肉の最後の一切れを齧りながら、僕は天井を見上げた。天井にも回路は走っているけど、壁ほど密ではない。照明のための回路だろうか。今は光っていないけど、かつてはこの部屋を明るく照らしていたのかもしれない。
「ルークさん、遺跡って全部こういう造りなの? 倉庫があって、通信室があって、管理室があって」
「遺跡ごとに違う。だが、似たパターンは繰り返し現れる。物資の保管場所、情報の送受信場所、全体を管理する場所——それらはどの遺跡にもある。造った者たちにとって、この三つは必要不可欠だったんだろう」
「造った者たち、ね。そいつらは何者だったんだ」
カイが干し肉を噛みちぎりながら言った。
「分からない。少なくとも、今の俺たちよりも遥かに高度な技術を持っていた。この壁の素材一つ取っても、今の鍛冶師には再現できない」
「で、そいつらはどこに消えた」
「それも分からない。……だが、遺跡の中に答えがあるかもしれない」
ルークの目が、管理室の台に向いた。
「だからこうして潜っているんだ」
食事を終えて、探索を再開した。
回廊はまだ奥に続いている。部屋の数も多い。一つ一つ覗いていくと、倉庫のような部屋がいくつか、用途不明の小部屋がいくつか。どれも空っぽだった。中身は——持ち去られたのか、朽ちたのか。何千年もの時間は、中身だけを消して、器だけを残したらしい。
僕は紋視を使い続けていた。
部屋ごとに回路のパターンを確認し、ルークに伝える。ルークはそれを聞いて、部屋の機能を推測する。僕の目とルークの知識。この組み合わせは、確かに噛み合っていた。
でも——。
「……っ」
目の奥が、じくりと痛んだ。
こめかみを押さえた。痛みが、脈を打つように広がっていく。頭の奥が重い。
「ユーリくん、大丈夫?」
ミラが僕の顔を覗き込んだ。
「……うん。ちょっと、頭が痛い」
「紋視の使いすぎだよ。どれくらい使ってた?」
「えっと……遺跡に入ってからずっと、かな」
「ずっと?」
ミラの声が、少し高くなった。
「それ駄目だよ。目を休ませないと。——ユーリくん、紋視ってさ、目の中の……何ていうのかな、魔素を感じる部分をすごく酷使してるんだと思うの。ずっと使い続けたら、そりゃ痛くなるよ」
「でも、回路を見ないと——」
「無理しないで」
ミラの声が、はっきりと強くなった。
「目を壊したら元に戻らないよ。ユーリくんの目は、替えがきかないんだから」
その言い方は、能力としての目の話だけではなかった。僕自身の体のことを心配してくれている。
カイが振り返った。
「ミラの言う通りだ。休め。回路が見えなくても、俺とルークで安全は確保できる」
「……ごめん」
「謝るな。お前が倒れるほうが困る」
壁際に座り込んだ。目を閉じると、まぶたの裏がちかちかと明滅した。さっきまで見ていた回路の残像が、視界に焼き付いている。
ミラが革鞄から軟膏を取り出して、僕のこめかみに塗ってくれた。ひんやりした感触が、じんわりと痛みを和らげていく。
「これ、前にも塗ってもらった」
「うん。消炎の軟膏。師匠の処方箋だよ。——目を閉じて、しばらくじっとしてて」
言われた通り、目を閉じた。
暗闇の中に、回路の残像がまだちらついている。壁を走る線、脈を打つ光、六層の入れ子構造。全部がまぶたの裏で点滅している。
でも、少しずつ薄れていった。
どれくらい経っただろう。
十分か、二十分か。目を開けると、痛みはだいぶ引いていた。ぼんやりとした重さは残っているけど、歩けないほどではない。
「大丈夫?」
「うん。もう平気」
「紋視は使わないでね。少なくとも、しばらくは」
「……分かった」
立ち上がると、カイとルークが回廊の奥を覗いていた。
「起きたか。——もう少し奥に進んでみたいんだが、体は大丈夫か」
「大丈夫です。紋視は使わないで歩きます」
「それでいい」
四人で回廊の奥に向かった。
紋視なしの目で見ると、遺跡はただの灰色の通路だった。壁も天井も床も、均一な灰色。何の模様もない、のっぺりとした空間。でも、この壁の中に、生きた回路が走っているのを僕は知っている。見えなくても、そこにある。
回廊の突き当たりに、少し広い部屋があった。
他の部屋とは雰囲気が違う。壁に何か——文字のようなものが刻まれている。いや、文字ではないかもしれない。等間隔に並んだ記号のようなもので、意味は分からない。
ルークが壁に顔を近づけた。
「これは……。こういう文字を、他の遺跡でも見たことがある。読めないが、位置や配置にパターンがある」
「何が書いてあるんだ」
「分からない。だが、この配列——情報の配置を示している可能性がある。この部屋にあったものの目録か、あるいは……」
ルークは文字を指でなぞった。触れてはいない。指先が文字の上を、数指の距離を保って動いていく。
「ユーリ。……頼みがある。一瞬だけ、紋視を使えるか。この壁の回路だけ見てほしい」
「ルーク、さっき——」
ミラが口を開きかけた。
「分かっている。一瞬だけだ。この文字の周囲に回路があるかどうか、それだけ確認してほしい」
僕はミラを見た。ミラは少し考えて、小さくうなずいた。
「一瞬だけだよ。本当に」
「うん」
紋視を使った。一瞬だけ、焦点を変える。
——あった。文字の周囲に、細い回路が走っている。文字一つ一つに、回路が接続されている。文字が回路の一部だった。
「あります。文字の一つ一つに回路が繋がってる。文字自体が、回路の……何だろう、入口みたいなものかもしれない」
紋視を解いた。目の奥がずきんと痛んだけど、一瞬だったから、前ほどひどくはなかった。
「なるほど。文字が回路のインターフェース——。面白い」
ルークが呟いた。
その後、もう一つ奥の部屋を調べて、僕たちは引き返すことにした。
帰路、ルークが何度も立ち止まって壁を観察していた。足音を立てずに歩くルークの背中を見ながら、僕はカイの横を歩いた。
「カイさん、ルークさんって、いつもあんな感じなの」
「さあな。今日初めて一緒に潜ったんだ、俺も。——ただ、腕は確かだ。罠の見極めも、判断の速さも。悪くない」
カイの評価は、いつも簡潔で正確だった。
階段を上り、上層を通過して、遺跡の出口に向かう途中だった。
ルークが足を止めた。
壁の一箇所を、じっと見つめている。
「どうした」
カイが聞いた。
「ユーリ。すまないが、もう一度だけ頼めるか」
「ルークさん……」
ミラが困った顔をした。
「最後だ。これだけは確認したい。この壁の回路が、どこに向かっているか」
僕はルークの顔を見た。真剣な目だった。何かに気づいたのだ。
「……一瞬だけ」
紋視を使った。
壁の中の回路を見る。線が走っている。上層の回路は下層ほど活発ではないけど、かすかに光が流れている。その線を追う。回路は壁の中を伝って、上に——。
上ではなかった。
回路は壁を伝って、遺跡の外壁に向かっていた。外壁を突き抜けて、その先——遺跡の外に伸びている。
「……外に繋がってる」
声が出た。
「回路が、遺跡の外壁を貫いて、外に伸びてます。この遺跡の外に向かって、回路が走ってる」
ルークの目が、鋭く光った。
「やはりか」
「やはり、って?」
カイが聞いた。
「さっきの通信室で思ったんだ。あれだけの送受信装置があるなら、通信先があるはずだ。そして下層の活きた回路が脈動していた——あの脈動は、この遺跡の内部だけで完結するものではない」
ルークが壁に向き直った。
「この回路……外部と繋がっている。この遺跡だけで完結していない」
「外部って、何と繋がってるんだ」
「他の遺跡だ。あるいは、我々がまだ知らない何かと。——この回路は、ネットワークの一部だ」
その言葉が、冷たい空気の中に響いた。
ネットワーク。回路が遺跡の外に伸びて、どこかと繋がっている。この遺跡は——孤立した遺構ではなく、もっと大きな何かの一部だった。
「面白いな」
ルークの声は静かだったけど、その奥に熱があった。
紋視を解いた。目が、じくじくと痛んだ。鼻の奥がつんとする。鼻血が来そうだった。ミラが布を差し出してくれた。
「はい。押さえてて」
「ありがとう」
鼻を押さえて、僕たちは遺跡を出た。
外に出ると、夕暮れだった。
樹海の木々の隙間から、橙色の光が差し込んでいる。遺跡の中の無機質な灰色とは違う、温かい色だった。空気が湿っていて、土と草の匂いがする。
頭がまだ重い。目の奥が鈍く痛んでいる。でも、鼻血は止まった。
「今日はここまでだな」
カイが言った。
「ああ。十分すぎる収穫だ」
ルークがうなずいた。
「倉庫、通信室、管理室。そして活きた回路と、外部への接続。一日でこれだけ分かれば上出来だ。——ユーリの目がなければ、壁の中の回路構造は把握できなかった」
「ルークさんの知識がなかったら、僕が見たものが何なのかも分からなかった」
そう言うと、ルークが少しだけ口元を緩めた。笑ったのだと思う。表情が薄い人だから、よく見ないと分からなかった。
「いいコンビじゃねえか」
カイが肩をすくめた。
「でも、明日は紋視を使わないでね。目を一日休ませて」
ミラがきっぱりと言った。
「……はい」
「返事が弱い。もう一回」
「はい」
「よろしい」
ミラが満足そうにうなずいた。カイが笑った。ルークも——たぶん笑っていた。
デルガに帰る道を歩きながら、僕は今日見たものを反芻していた。
活きた回路。脈動する光。通信室の壁一面の回路。管理室の六層構造。そして——外部への接続。
遺跡は、孤立していない。どこかと繋がっている。
前に霧蜘蛛の魔石の回路と遺跡の壁の回路が似ていると思った。そして今日、遺跡の回路が外の世界に伸びているのを見た。
魔獣の中にあるもの。遺跡の中にあるもの。そしてそれらを繋ぐ何か。
全部が、一つの大きな仕組みの一部なのかもしれない。
「考え事か」
隣を歩くカイが言った。
「……うん。今日見たことを、整理してた」
「難しい顔すんな。飯食えば大体のことは解決する」
カイの哲学だった。僕は少し笑った。
「今日は何を食べるんだろう」
「ミラに聞け」
「今日はお魚買って帰ろうかな。市場にまだ間に合うかも」
ミラが足を速めた。
四人で、夕暮れのデルガに向かって歩いた。
頭はまだ少し重かったけれど、遺跡の奥で見た脈動する回路のことが、ずっと頭から離れなかった。




