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蒼の樹海の魔素使い——魔法が使えない少年は、世界の秘密を視ていた  作者: 蒼月よる


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第17話 罠師ルーク

第三話 罠師ルーク


 朝のギルドは、いつにも増して騒がしかった。

 掲示板の前に冒険者たちが群がっていて、赤い縁取りの依頼書を何人もが同時に読んでいる。赤い縁取り——緊急依頼の印だ。


「デルガ近郊の遺跡、深部探索。報酬は銀貨三十枚」

 カイが依頼書を読み上げた。

「先行パーティが入ったが、罠が多すぎて深部に進めなかったらしい。追加の探索要員を募集——か」

「罠が多い遺跡って、危なくない?」

 ミラが眉をひそめた。

「罠が多いってことは、誰も奥まで荒らしてないってことだ。遺物が手つかずで残ってる可能性が高い。報酬より中身で稼げる依頼だぞ」

 カイが僕を見た。

「お前の目があれば、魔素式の罠の位置くらい見えるだろ」

「……たぶん。回路が見えると思います」

「よし。受けるぞ」


 遺跡はデルガの東、港から半日ほどの距離にある。朝の市場で携行食を買い足してから、東門を出た。

 丘陵地帯を四時間ほど歩くと、丘の斜面に灰色の壁が見えた。遺跡だ。壁が斜面から突き出ていて、その一部が崩れて穴が開いている。穴の周囲に足場と縄が張られていた。先行パーティの設置だろう。

 流視で見ると、壁の中に魔素の流れがある。微弱だが、確かに動いている。生きている遺跡だ。


 中に入った。

 通路は幅が二歩分ほどで、天井は手を伸ばせば届く高さだった。壁は灰色の滑らかな素材で、継ぎ目がほとんどない。

 百歩ほど進んだところで、通路が広い部屋に出た。

 ——誰かいた。

 部屋の奥、壁の前にしゃがみ込んでいる人影。暗色の服を着た、痩せた長身の男だ。黒い髪を後ろで束ねていて、壁に何かの道具を当てている。

 カイが剣の柄に手をかけた。

「おい。何してる」

 男がゆっくり振り返った。細い目が、魔石灯の光に照らされた。眼鏡をかけている。レンズが蒼白い光を反射して、一瞬だけ不透明に見えた。

「……ああ。追加の探索要員か」

 落ち着いた、低い声だった。立ち上がると、カイよりも背が高い。手足が長くて、指が細い。精密作業をする人の手だ、と思った。

「先行パーティの罠師だ。ルーク。銀牌5」

 名乗りながら冒険者証を見せた。

「二層目の罠を解除しているところだ。先行パーティは一層目で引き返したが、俺だけ残って作業を続けている」

 壁に向き直って、独り言のように呟いた。

「……なるほど。この壁の回路、面白いな。二重構造になっている」


 僕は紋視で壁を見た。

 目の奥に力を込める。じんと痛みが走ったが、見えた。壁の中に回路が走っている。ルークが触れている場所の周辺に、回路が密集していた。

「……あの、そこ。回路が集中してます」

 ルークの手が止まった。振り返る。

「何?」

「壁の中の回路です。ルークさんの右手のすぐ上あたり。回路が五本くらい集まって、結び目みたいになってる」

 ルークの目が変わった。観察するような、値踏みするような目。

「見えるのか。壁の中の回路が」

「はい。紋視——魔石とか回路の構造が見えるんです。最近、見えるようになって」

 ルークは僕が指摘した場所の上を道具で軽く叩いた。こつ、こつ、と乾いた音。

「……合ってる。ここに罠の起動回路がある。壁の裏側から魔素を流すと、天井から刃が落ちてくる仕組みだ」

 天井を紋視で見ると、確かに回路が走っていて、薄い金属板が格納されている。

「天井にも回路があります。金属板が入ってるみたいです」

「なるほど」

 ルークが呟いた。その声に、微かな興奮が混じっていた。

「面白い。お前の目、面白いな」


 ルークは工具袋から細い棒を取り出して、壁の表面の隙間に差し込んだ。棒の先端が微かに光った——魔素を通す道具らしい。かちりと音がして、紋視で見ると回路の結び目がほどけていった。

「解除完了。——次だ。この先に物理罠が三つ、魔素式の罠が二つある。お前の目があればもっと正確に分かるかもしれない」

「あの、僕は——」

「名前は」

「ユーリです」

「ユーリ。いい目を持ってるな。一緒に来てくれ」


 二層目の通路を進んだ。ルークが先頭を歩く。足音がしない。つま先から着地して、体重をゆっくり移す。罠を踏まないための歩き方だ。

 最初の罠は床の落とし穴だった。紋視で見ると、その部分だけ回路が途切れている。ルークが床板を外すと、底に錆びた金属の棘が並んでいた。

「落ちたら足に穴が開く。しかも棘の表面に魔素が残ってる。傷口から魔素が入って化膿するぞ」

「毒針みたいなものだね」

 ミラが顔をしかめた。

「だから遺跡探索では罠師が必要なんだ。戦えるだけじゃ話にならない」


 二つ目は壁に仕込まれた刃。これも僕の紋視で起動回路を特定し、ルークが解除した。

「この刃の回路、六層の入れ子になっているんだ」

 ルークが解除しながら説明した。

「検知、伝達、起動、制御、リセット、維持。六つの回路を壁一枚に収めている。設計した者は相当な技術を持っていたことになる」

 ルークの声に、遺跡の設計者への純粋な敬意が混じっていた。この人にとって、遺跡は解くべきパズルなのだ。


 物理罠を越えたところで、通路が行き止まりになった。壁に扉がある。継ぎ目が見えるが、押しても引いても動かない。

「魔素式のアクセス制御だ。先行パーティはここで引き返した。力ずくで開けようとした者が一人、軽い火傷を負っている」

 僕は紋視で扉を見た。——目を見張った。

 扉の表面にびっしりと回路が刻まれている。今までの罠とは密度が違う。渦巻きと直線が交互に組み合わさり、幾何学的な美しさすらあった。

「すごい……回路がびっしりです。密度が全然違う」

「なるほど。罠とは設計思想が違う。罠は侵入者を排除するためのもの。アクセス制御は、資格のある者だけを通すためのもの」

 ルークが眼鏡を押し上げた。

「触るな。間違った方法で開けようとすると焼かれるぞ。——正しいパターンで魔素を流し込む必要がある。鍵と鍵穴の関係だ」

「正しいパターンが分からなきゃ永久に開かないってことか」

 カイが腕を組んだ。

「普通はそうだ。だが——ユーリ。受容部の形状が見えれば、パターンを逆算できるかもしれない」


 僕は扉の回路に紋視を集中させた。目の奥が痛む。鼻の奥がつんとした。

 回路の中に、ひときわ密度の高い部分がある。扉の中央やや上。回路が渦を巻いていて、他の回路が全部そこに向かって流れ込んでいる。

「ここです。渦が三重になってて、渦の間に直線が四本、放射状に」

「三重渦に四本の放射線。古典的な認証パターンだ」

 ルークが手帳に図を描きながら続けた。

「魔素を三段階の強さで、回転させながら流し込めばいい。——俺の魔法素養は低いが、この程度の操作ならできる。ユーリ、俺が魔素を流したら回路の反応を見てくれ」

「分かりました」

 ルークの手のひらから微弱な魔素が流れた。淡い光の筋が扉の回路に入っていく。

「もう少し右です。渦の入り口がもう少し右にある」

「了解」

 魔素の流れが修正された。一段階目の渦が光った。二段階目——鼻血が出た。温かいものが上唇を伝う。でも、今は止まれない。

「三段階目——強く、速く。北から東、南、西。均等に」

 ルークの額に汗が浮いている。低い魔法素養で精密な操作を続けている。

 三層目の渦が光った。四本の放射線が同時に点灯した。扉全体の回路が一斉に輝いて——かちん、と音がした。

 扉が、ゆっくりと開いた。


「——開いた」

 ミラが声を上げた。カイが口笛を吹いた。

「お前の目があれば、遺跡の解読が十倍速くなる」

 ルークの声には、抑えきれない興奮があった。

「いや——十倍じゃ足りないかもしれない」


 扉の向こうは広い部屋だった。壁に生きた回路が走っていて、壁全体が淡く脈動しているように見えた。台座の上に手のひらほどの金属板があり、表面に細かい文字のようなものが刻まれている。どの国の言語でもない。

「この刻印、詠唱に使う言葉と似ている部分があるんだ」

 ルークが金属板を手に取って光に透かした。

「魔法の詠唱に出てくる古い言い回しと、遺跡の壁に刻まれた文字には、共通するパターンがある。——まあ、俺の持論だがな」

 金属板を丁寧に布で包んで収めた。


 カイが言った。

「もう昼を過ぎてる。飯にしよう」

 アクセス制御の扉の手前の通路に戻って、腰を下ろした。僕たちは干し肉と硬パンを出した。

 ルークは上着のポケットから薄い革袋を取り出した。中身は乾燥させた肉と、小さく丸めた穀物の塊。

「行動食だ。肉は塩と香辛料で漬けてから乾燥させたもの。穀物の塊は蜂蜜と木の実を練り込んで焼いてある。軽くて日持ちする」

「一つもらっていい?」

 ミラが手を伸ばした。穀物の塊をかじって、目を丸くした。

「美味しい。蜂蜜の甘さと木の実の食感がいいね。これ、作り方教えてもらえる?」

「俺が作ったわけじゃない。デルガの南区の乾物屋で買える。一袋で銅貨三枚だ」

 僕ももらった。口に入れると素朴な甘さが広がった。蜂蜜の風味と、胡桃くるみのような木の実の歯触り。硬めだけど噛むほどに味が出る。

 干し肉のほうはスパイスが効いていて、一切れで口の中が目を覚ます感じだった。

「お前たちの干し肉と交換しないか。味に変化があったほうが飽きない」

 カイが一切れ渡すと、ルークは無表情にかじって、小さく頷いた。

「素朴だな。嫌いじゃない」


 食べながら、ルークに聞いた。

「罠の専門家として、遺跡がどういう仕組みで動いているかを調べるのが仕事なんですか」

「そうだ。遺跡はただの古い建物じゃない。設計者の意図がある。回路の構造、エネルギーの流れ、部屋の配置の意味。それを読み解くのが俺の仕事だ」

「パズルみたいなものだよね」

 ミラが言った。

「そうだ。遺跡は巨大なパズルだ。一つ一つの罠、一つ一つの回路に意味がある。それを解き明かしていく過程が——」

 少し間を置いた。

「面白い」

 やっぱりその言葉に行き着く。

 ミラが小声で僕に囁いた。

「カイさんとは全然違うタイプだね。勘と経験のカイさんと、知識と分析のルークさん。正反対」

「正反対だから、組み合わせると強いのかもしれない」


 食事の後、ルークの眼鏡が気になった。

 紋視で見ると——レンズの中に、微かな回路がある。遺跡の壁の回路とは比べ物にならないほど微弱だが、確かに走っている。

「……ルークさん。その眼鏡、レンズの中に回路があります」

 ルークの手が一瞬止まった。

「……よく気づいたな」

 眼鏡を外して、手の中で回した。

「このレンズは遺物だ。遺跡から出た透明素材を、レンズに加工してもらった特注品でな。普通のガラスより透明度が高く、傷がつきにくい」

 眼鏡をかけ直した。

「もっとも、回路が残っているとは知らなかった。遺物の加工品に回路が残存しているということは——」

 言いかけて、止めた。

「いや。今はいい。後で考える」

 何かに気づきかけて、まだ形にできていない顔だった。


 探索を切り上げて遺跡の外に出ると、西の空が橙色に染まっていた。

 デルガへの帰り道で、ルークが口を開いた。

「一つ、提案がある。お前たち——もう少し一緒に探索しないか」

「一緒に?」

「俺は罠の解除と機構の解析はできる。だが壁の中の回路を直接見ることはできない。ユーリの目があれば、今まで手が届かなかった深部の解読ができる」

 ルークの声は落ち着いていたが、その奥に熱があった。

「それにお前たちには前衛と回復がいる。俺が加われば罠の専門家が揃う。遺跡探索のパーティとしては理想的な構成だ」

「お前、自分のパーティは?」

「先行パーティとは一時的な契約だ。元々、一人で動くことが多い」

 カイが黙って歩いた。しばらくして言った。

「ユーリ。お前はどう思う」

 僕はルークを見た。

 今日一日で分かったことがある。ルークの知識と僕の目は、噛み合う。僕が見えるものをルークが理解し、ルークの知識で僕の見えるものに意味が生まれる。一人では辿り着けない場所に、二人なら行ける。

「……僕は、いいと思います」

「私も賛成。あの穀物の塊、美味しかったし」

 ミラが笑った。ルークが少し面食らった顔をした。

「食い物で決めるのか」

「大事なことだよ。一緒にご飯を食べて嫌じゃない人は、一緒に旅ができるの」

 カイが鼻を鳴らした。

「……腕は確かだ。いいだろう。ただし——パーティの行動は全員で決める。勝手な判断で危険な真似はしない。それと、仲間を裏切らないこと。これだけだ」

 ルークは一瞬だけ間を置いた。それからゆっくり頷いた。

「了解した」


 デルガに戻ったのは、日が完全に沈んだ後だった。

 港の灯りが海面に揺れていた。四人で歩いている。三人だったのが、四人になった。

 ルークは少し後ろを歩いていた。足音が聞こえない。相変わらず、つま先から着地する歩き方だ。

「明日の朝、ギルドの前で待ち合わせでいいですか」

「ああ。朝は早いほうがいい。遺跡は朝のうちが魔素の流れが安定する」

 ルークが別の方角に歩いていった。暗がりの中に、長身の影がすっと消える。本当に足音がしない。

「変なやつだな」

 カイが呟いた。でも、その声に嫌悪はなかった。

「面白い人だよ」

 ミラが言った。ルークの口癖をなぞったのだと気づいて、三人で少し笑った。


 潮風亭で遅い夕食を取った。今日はミラが何も作る元気がなくて、宿の食堂で白身魚のフライと根菜の煮込みとパンを出してもらった。フライの衣がさくさくと音を立てて、白い身がほろりと崩れた。柑橘の汁を絞ると、油の重さが消えて魚の甘さが引き立った。

 部屋に戻って窓を開けた。夜の海が広がっている。

 目を閉じると、今日見た回路の紋様が浮かんだ。扉のアクセス制御。壁を走る回路の網。ルークの眼鏡のレンズの中にあった、微かな光の筋。

 遺物の加工品に回路が残っている。そのことが何を意味するのか、僕にはまだ分からない。

 でも、分かりたいと思った。この遺跡の中に刻まれた回路が、誰の手で、何のために作られたのか。

 ルークとなら、その答えに近づける気がした。

 明日の朝が待ち遠しい。久しぶりに、そう思った。


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