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蒼の樹海の魔素使い——魔法が使えない少年は、世界の秘密を視ていた  作者: 蒼月よる


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第16話 冒険者の格

第二話 冒険者の格


 翌朝、ギルドに向かった。

 ミラの登録試験と、僕たちの身分証の書き換え手続きのためだ。朝の通りはもう人でごった返していて、荷車が行き交い、露店の店主たちが声を張り上げている。パン屋の前を通るとき、焼きたての匂いにつられてまた一つ買ってしまった。


 ギルドに着くと、昨日以上に冒険者たちで混み合っていた。

 朝の依頼受付の時間帯なのだろう。掲示板の前に人だかりができていて、新しい依頼書を奪い合うように剥がしている。

「殺気立ってんな。朝からこれだ」

 カイが呆れたように言った。

「灰枝じゃ、ナタリアが順番に配ってくれたのにね」

 ミラが小声で言った。

 受付のカウンターに並んだ。ミラの登録試験は別室で行われるらしく、受付の男に案内されて奥に消えていった。ミラは「行ってくるね」と手を振って、緊張した様子もなく歩いていった。


 僕たちは身分証の書き換えを待つ間、ホールの隅のテーブルに座った。

 周りを見回した。冒険者たちの装備が、灰枝とは全然違う。革鎧ではなく、金属の胸当てを着けた者がいる。見たことのない素材の武器を持った者もいる。腰に下げた冒険者証は——銀牌が多い。

 そして、僕の鉄牌を見る目つき。

「おい、あれ鉄牌だぞ。7だ」

「マジかよ。あんなガキが?」

 近くのテーブルから聞こえてきた。隠す気もない声だった。三人組の男たちで、全員が鉄牌を下げている。ただし、彼らのは鉄牌6だった。

「灰枝からの移管だとよ。辺境の鉄牌なんて、デルガじゃ銅牌みたいなもんだろ」

 笑い声が上がった。

 僕は黙っていた。言い返す言葉も思いつかなかったし、実際、灰枝とデルガでは依頼の質が違うのかもしれない。

「気にすんな」

 カイが低い声で言った。

「ああいう連中はどこにでもいる。口だけのやつほどよく吠える」

「……うん」

「実力で黙らせりゃいい。それが一番手っ取り早い」


 三十分ほどして、ミラが戻ってきた。

 手に真新しい冒険者証を持っている。——銅牌8。

「受かったよ」

 ミラが嬉しそうに証を見せた。

「薬草の鑑定は全問正解。調合も一発で通った。試験官の人、ちょっとびっくりしてたよ。『辺境でこの腕前は珍しい』って」

「当然だろ。お前の師匠は相当な使い手だったんだからな」

 カイが頷いた。

「ユーリくん、私もう正式な冒険者だよ」

「おめでとう、ミラさん」

「ありがとう。——さっそく依頼、見に行こうよ」


 掲示板の前に立った。

 依頼書がびっしり貼り出されている。灰枝の掲示板の十倍はある。採取依頼、護衛依頼、討伐依頼——内容も報酬も、灰枝とは桁が違う。

 カイが一枚の依頼書を指さした。

「これだ。霧蜘蛛の巣の討伐。報酬は銀貨十五枚。巣ごと潰す依頼で、危険度Cだが——お前の目があれば問題ない」

 依頼書を読んだ。


 霧蜘蛛。危険度C。

 樹海深層から遺跡付近に生息する魔獣で、魔素を含んだ霧を噴出して視界を奪う。巣の中心に女王蜘蛛がいて、周囲に数十匹の蜘蛛が張り付いている。巣を壊すには女王を倒す必要がある。

 デルガ東方の樹海の深層に巣が確認されており、蟲糸の採取を兼ねた討伐依頼だった。


「蟲糸って、高級素材だよね。弦とか縄に使うやつ」

 ミラが目を輝かせた。

「ああ。蟲糸は軽くて丈夫で、しかも柔軟性がある。弓の弦、船の細縄、包帯、釣り糸——用途が広い。デルガじゃ常に品薄で、値段も高い。蟲糸一巻きで銀貨二枚から五枚はする」

「五枚? それだけで宿代が何泊も払えるじゃない」

「そうだ。だから霧蜘蛛の討伐は報酬より素材で稼ぐ依頼なんだ。ただし、蟲糸の扱いにはコツがいる。手で触ると粘着して離れなくなるから、専用の棒で巻き取る。棒はギルドで借りられるはずだ」

 カイが受付に依頼書を持っていった。


 手続きを済ませてギルドを出るとき、さっきの三人組がまだテーブルにいた。

「霧蜘蛛? あのガキのパーティが?」

「無理だろ。鉄牌7と銅牌8で霧蜘蛛なんて」

「銀牌が一人いるけどな。まあ、辺境帰りの銀牌がどこまで通用するか見ものだ」

 カイは振り返りもしなかった。

「行くぞ」

 僕たちはギルドを後にした。


 デルガの東門から樹海に入った。

 デルガ周辺の樹海は、灰枝の樹海とは雰囲気が違った。木の幹が太い。蒼い葉の密度が高く、頭上を覆う葉の天蓋が厚くて、地面まで届く光が少ない。空気が湿っていて、魔素の粒が濃い。流視で見ると、魔素の粒がゆるやかに一方向へ流れている。海から樹海の奥へ。

「深層まで半日。巣はこの先の渓谷の崖にあるらしい」

 カイが地図を確認しながら先を行く。

 ミラは道中、薬草を見つけるたびに足を止めた。

「この苔、灰枝にはなかった種類だよ。湿度が高い場所にしか生えないんだって。煎じると呼吸を楽にする薬になるの」

 革鞄にせっせと詰めている。こういうところは、いつものミラだった。


 四時間ほど歩いて、渓谷にたどり着いた。

 岩壁が左右にそびえ、その間を細い川が流れている。川の水は冷たくて、ほんのり蒼みを帯びていた。魔素の濃度が上がっている。

「ここから先だ。——見えるか、ユーリ」

 僕は目を凝らした。

 流視で、魔素の流れを読む。渓谷の奥、百歩ほど先——魔素の粒が渦を巻いている。流れが乱れて、霧のように淀んでいる場所がある。

「あそこです。百歩先、崖の中腹あたり。魔素が渦になってる」

「よし。——霧蜘蛛の霧は魔素を含んでるから、お前の目でも見通しにくくなる。それは覚えておけ」

「……はい」

「ミラ、毒消しの用意はいいか」

「もちろん。蜘蛛の毒は神経毒だから、噛まれたらすぐに塗らないと痺れが広がるよ。あと、蟲糸が肌に張り付いたとき用の溶解液も作ってきた。師匠の処方箋の応用なの」

「頼もしいな」

 カイが蒼牙の剣を抜いた。刃が薄暗い渓谷の中で鈍く光った。


 巣は、崖の中腹にあった。

 岩の裂け目から白い糸が何本も張り出していて、蜘蛛の巣というよりは、糸で編まれた幕のようだった。白い糸が岩壁を覆い、あたり一面が白い膜に包まれている。糸の一本一本が親指ほどの太さで、岩に張り付いている部分は根のように広がっていた。

 流視で見ると——巣の周囲の空気が白く霞んでいる。魔素を含んだ霧だ。巣に近づくほど霧が濃くなり、視界が白く潰れていく。

「来るぞ」

 カイが低く言った。

 霧の中から、影が動いた。

 犬ほどの大きさの蜘蛛が、糸の上を滑るように近づいてくる。灰色の体に、八つの目が赤く光っている。足が八本、糸の上を器用に歩く。——一匹、二匹、三匹。次から次に現れる。

「前衛は俺が取る。ユーリ、目を頼むぞ。ミラは後方で援護だ」

 カイが踏み込んだ。

 蒼牙の剣が一閃した。一匹目の蜘蛛が真っ二つになり、体液が飛び散った。緑色の、粘つく液体だ。

「カイさん、左から二匹!」

 流視で魔素の流れを読む。蜘蛛が動く方向は、魔素の流れで分かる。一匹一匹が体内に魔素を持っていて、動くたびに流れが乱れる。

 カイが左に跳んで、二匹を一太刀で斬り伏せた。

 だが——霧が濃くなっていく。

 巣の奥から、白い霧が噴き出してきた。魔素を含んだ霧だ。流視で見ても、霧そのものが魔素の塊で、粒の流れが霧に紛れて見えにくくなる。水の中に水を流しているようなものだ。どこに流れがあるのか、判別がつかない。

「ユーリ、見えてるか!」

「……見えにくいです。霧が濃くて、流れが——」

 蜘蛛が四方から迫ってくる。カイが剣を振るって押し返すが、霧の中では動きが把握しづらい。

 ミラが叫んだ。

「カイさん、足元!」

 地面に張られた糸をカイが寸前で跳び越えた。踏んでいたら足を絡め取られていた。

「くそ、見えねえ……! ユーリ!」

 僕は必死に目を凝らした。

 魔素の粒を追おうとする。でも霧が濃すぎる。粒が多すぎて、流れが読めない。雪の中で雪の結晶を追いかけるようなものだ。何も——。

 ——違う。

 目の奥が、じんと痛んだ。

 何かが変わろうとしている。粒を追うのではなく、もっと深いところを見ようとしている。僕の目が、勝手に焦点を変えている。

 粒の「流れ」ではない。

 粒の「形」を見ている。

 一つ一つの魔素の粒が——つながっている。粒同士が線で結ばれていて、その線が模様を描いている。流れではなく、紋様もんようだ。

 目の奥が、熱い。

 じりじりと、焼けるように痛む。でも、見える。粒の奥に、紋様がある。線が走っている。回路のような、幾何学的な構造が——。

 蜘蛛の体内に、それが見えた。

 霧蜘蛛の腹の中に、拳ほどの構造体がある。魔石だ。その魔石の中に——回路が走っている。細い線が何本も枝分かれして、複雑な紋様を描いている。それは流れではなく、固定された構造だった。蜘蛛の体を動かしている設計図のようなもの。

 霧を噴くための回路。糸を吐くための回路。足を動かすための回路。全部が、一つの魔石の中に刻まれている。

「——見える」

 声が出た。自分の声が遠くに聞こえた。

「カイさん。右前方、三歩先に一匹。腹の下に魔石があります。拳大。——左斜め後ろにもう一匹、こっちは小さい。背中側に魔石」

「見えてんのか!」

「見えます。魔石が——光って見えます。霧の中でも」

 流れは霧に紛れる。でも、魔石の回路は霧に紛れない。固定された構造だから、霧がどれだけ濃くても、紋様は消えない。

 カイが一歩踏み込んで、僕の指示した位置を斬った。蜘蛛が崩れ落ちた。

「ユーリくん、鼻!」

 ミラの声が聞こえた。

 上唇に、温かいものが伝う。鼻血だ。

 手の甲で拭った。赤い。でも、止まらなかった。目の奥が痛い。じんじんと、脈を打つように痛む。

「大丈夫です。——奥に、大きいのがいます」

 巣の奥——霧が最も濃い場所に、巨大な回路が輝いていた。他の蜘蛛とは比べ物にならない、複雑で密度の高い紋様。線が何百本も走っていて、まるで夜空に浮かぶ星座のように光っている。

「女王です。奥の、一番霧が濃いところ。体が——大きい。他の蜘蛛の三倍くらいある。魔石も大きい。頭大くらいの……すごく複雑な回路です」

「よし。——ミラ、ユーリの鼻血を止めてくれ。俺が女王を仕留める」

「待って。カイさん、女王の周りに糸が張り巡らされてます。地面にも、壁にも、天井にも。——踏んだら絡まる」

「どこを踏めばいい」

 紋様が見える。蟲糸にも微弱な魔素が通っていて、糸の紋様が見える。糸がない場所——通り道が分かる。

「右の壁沿いに三歩。それから左に二歩。そこから真っ直ぐ五歩で女王の正面です。頭の下側に魔石があります」

「了解」

 カイが動いた。僕の指示通りに、霧の中を進む。足元を選び、壁際を抜け、糸を避けて——。

 女王が動いた。

 巨大な体が振り向き、前足を振り上げる。同時に、口から濃密な霧を噴射した。白い霧がカイを包む。

「カイさん! 女王の前足、右側が来ます!」

 カイが身を低くした。前足が頭上を薙いでいった。岩壁に当たって、石の破片が飛び散る。

 その隙に、カイが飛び込んだ。

 蒼牙の剣が、弧を描いた。

 女王の頭の下——僕が見た魔石の位置を、正確にえぐった。

 甲高い鳴き声が渓谷に反響した。女王の体が痙攣して、八本の足がばたばたと地面を叩いた。魔石から伸びていた紋様の線が、一本一本消えていく。回路が断たれていく。

 そして——静かになった。

 女王が動かなくなった。霧も、少しずつ晴れていった。


 僕はその場に座り込んだ。

 目が痛い。頭の奥がずきずきする。鼻血はまだ止まっていなかった。ミラが駆け寄ってきて、布で鼻を押さえてくれた。

「ユーリくん、ちょっと上向いて。——これ、目から来てるんだよね。大丈夫? 目は見える?」

「……見えます。ちょっと、ぼやけてるけど」

 ミラが薬草を擦り潰して、僕の鼻の付け根に塗った。ひんやりした感触が、少しだけ痛みを和らげた。

「無理しすぎだよ。目の奥が痛いのって、たぶん目の中の——えっと、何て言えばいいのかな。魔素を見る部分が、すごく頑張りすぎて熱を持ってるんだと思う」

「ミラの言う通りだ。休め」

 カイが女王の死骸の前に立って、こちらを見ていた。剣に蜘蛛の体液がべったりついている。緑色の粘液だ。

「お前、今日のあれ——流視とは違ったろ」

「……うん」

「何が見えた」

「魔石の中の……回路が見えた。線が走ってて、模様みたいになってて。蜘蛛の体を動かしてる仕組みが、全部見えたんだと思う」

 カイが黙った。しばらく考えている顔をして、それから言った。

「粒が見えるのが最初。流れが見えるのがその次。今度は模様か。——お前の目、どこまで進化するんだ」

「分からない」

 正直な答えだった。自分でも、何が起きたのかよく分かっていなかった。


 鼻血が止まってから、蟲糸の回収に取りかかった。

 カイがギルドで借りてきた専用の棒を取り出した。滑らかに磨かれた木の棒で、表面に蝋が塗ってある。蟲糸が粘着しないようにするためだ。

「蟲糸は手で触るな。絶対にだ。一度張り付いたら、溶解液を使わないと剥がれない。無理に剥がそうとすると皮ごと持っていかれる」

 カイが棒の端を糸に当てた。くるくると回して、糸を巻き取っていく。蟲糸は白く、絹のように光沢があった。棒に巻き付く様子を見ると、想像以上に細い。一本一本は髪の毛ほどの太さしかないのに、何本も撚り合わさって親指ほどの太さの索になっている。

「細い……。でもこれで弓の弦が作れるんですか?」

「ああ。蟲糸は引っ張りに強い。鋼線より強い。しかも軽くてしなやかだ。弦に張ると、矢の飛距離が三割は伸びる。縄にすれば船の帆索にも使える。包帯に編めば、傷口にぴたりと密着して圧迫止血ができる。釣り糸にすれば、大型の魚でも切れない」

「万能素材なんだね」

 ミラが感心した声を出した。

「ただし、採るのが命がかりだからな。デルガで蟲糸が品薄な理由がこれだ」

 僕も棒を一本借りて、壁に張られた糸を巻き取った。棒を糸に当てて、ゆっくり回す。力を入れすぎると糸が切れるし、弱すぎると巻き取れない。意外と繊細な作業だった。

 巻き取った蟲糸を、油紙で包んで革袋に入れる。蟲糸同士がくっつかないように、間に蝋紙を挟むのがコツだとカイが教えてくれた。

 ミラは蜘蛛の体液を小瓶に採取していた。

「この体液、乾くとすごく硬くなるんだって。天然の接着剤として使えるの。革の継ぎ目とか、壊れた陶器の修理とか。薬師の道具箱にもあると便利なんだよ」

 小瓶に丁寧に体液を移している。緑色の粘液が、瓶の中でとろりと光った。

「女王の体液は特に粘度が高いから、接着力も強いはず。これだけで銀貨一枚にはなるよ」


 一時間ほどかけて、蟲糸と体液を回収した。

 蟲糸は全部で八巻き。カイの見積もりでは、銀貨二十枚以上にはなるらしい。討伐報酬と合わせれば、銀貨三十五枚。金貨に届きかけている。

「いい稼ぎだ。——さて、帰るか」

 カイが立ち上がった。

 僕の目の痛みはまだ完全には引いていなかったけど、歩けないほどではなかった。ミラが作ってくれた湿布を額に当てて、ゆっくり歩いた。


 渓谷を出たところで、人影があった。

 三人組。——朝、ギルドで僕たちを笑っていた、あの男たちだった。

 彼らも霧蜘蛛の巣を狙っていたらしい。手に棒を持っていて、その周りには蟲糸回収の準備がされていた。でも、巣は僕たちが壊してしまった。

「……おい」

 先頭の男が、僕たちの革袋を見た。蟲糸がぎっしり詰まった革袋を。

「まさか、もう終わったのか」

「女王ごと潰した」

 カイが素っ気なく答えた。

 三人組は黙った。

 しばらくして、先頭の男が口を開いた。

「……あの霧の中で、どうやって女王の位置を掴んだ」

「索敵担当がいるんでな」

 カイが僕を見た。三人組の視線が、僕に集まった。

 鉄牌7の、田舎の新入り。鼻血の跡がまだ残っている、やせた少年。

 でも——男たちの目は、もう朝のような侮りではなかった。

「……なるほどな」

 先頭の男が、短く言った。

「悪かったな。朝は。——辺境だろうがどこだろうが、腕は腕だ」

 それだけ言って、三人組は渓谷の方へ歩いていった。残った蜘蛛の素材を拾いに行くのだろう。


 デルガへの帰り道を歩きながら、僕はさっき見た紋様のことを考えていた。

 魔石の中の回路。線が走って、模様を描いて、蜘蛛の体を動かしている構造。

 あれを——前にも見たことがある。

 いや、正確には「見た」のではなく、「感じた」のだ。

 第一巻の遺跡探索のとき。灰色の壁の中に、回路のようなものが走っているのが、なんとなく分かった。はっきりとは見えなかったけれど、「何かある」と感じた。

 今日、紋様として見えた魔石の回路と——あの遺跡の壁の中にあったものは、似ている気がした。線の走り方。枝分かれの仕方。紋様の形そのものが、どこか共通している。

 魔獣の魔石の中にあるものと、遺跡の壁の中にあるものが、同じ構造をしている?

「……カイさん」

「ん?」

「さっき見えた回路——魔石の中の紋様。あれ、遺跡の壁の中にあったやつと、似てた気がする」

 カイが足を止めた。

「……遺跡の回路と、魔獣の魔石が同じ?」

「同じかどうかは分からない。でも……似てる。紋様のパターンが」

 カイは黙って、歩きを再開した。

 しばらくして、ぼそっと言った。

「もし本当にそうなら——遺跡の探索が、一気に変わるぞ」

 僕はうなずいた。

 まだ確信はなかった。でも、今日見えるようになったこの「紋視」が、ただの偶然ではないことだけは、分かっていた。


 デルガに戻ったのは、夕暮れ時だった。

 ギルドに蟲糸と討伐報告を持ち込むと、受付の男が蟲糸の量を見て、わずかに目を見開いた。

「女王を討伐したのか。三人パーティで」

「ああ」

「……大したもんだな。巣ごとの討伐は銀牌パーティでも苦戦する案件だ」

 報酬と素材買取の手続きを済ませて、ギルドを出た。

 宿に帰る道すがら、ミラが海沿いの市場で魚を買った。今日はすずきにするらしい。

「カイさんが昨日、焼いても煮ても美味いって言ってたでしょ。今日は煮てみようかなって」

「ミラさん、煮魚って作ったことあるの?」

「ないよ。でも市場のおばさんに作り方聞いてきたの。蒼酒と香草で煮るんだって」


 潮風亭の調理台で、ミラが鱸を捌いた。昨日カイに教わった通り、鱗を落として、腹を開く。白い身が出てきた。確かに上品な見た目をしている。

 蒼酒と水を半々にして鍋に入れ、香草を数本加えて、鱸の切り身を並べた。魔石コンロの火にかける。

 煮汁が沸き始めると、いい匂いが立ち上った。蒼酒の風味と香草の香りが混ざって、鼻の奥をくすぐる。

「あとは弱火で蓋をして待つだけ、だって」

 十五分ほどして蓋を開けると、鱸の身が白く輝いていた。煮汁が黄金色に澄んでいて、香草が彩りを添えている。

 皿に盛った。パンと、根菜のスープと、鱸の蒼酒煮。


「いただきます」

 鱸の身を箸でほぐした。ほろりと崩れる。口に入れると——。

「……美味しい」

 昨日の鰺とは違う味だった。淡白で、繊細で、上品な甘みがある。煮汁の蒼酒が魚の臭みを消して、香草の風味がほんのり残っている。身が柔らかくて、舌の上で溶けるようだった。

「カイさんの言う通り、煮ても美味いな」

 カイが満足そうに食べた。

「明日の朝は残りの煮汁でスープを作ろうかな。魚の出汁が出てるはずだし」

 ミラが嬉しそうに言った。


 食後、部屋に戻った。

 窓から海を見た。今日も夕焼けがきれいだった。水平線が茜色に染まっている。

 目の痛みは、だいぶ引いていた。でも、目を閉じると——あの紋様が、まぶたの裏にちらつく。霧蜘蛛の魔石の中に走っていた、回路のような線。

 そして、遺跡の壁。

 同じ紋様。

 魔獣の中にあるものと、遺跡の中にあるものが、同じ構造をしている。

 それが何を意味するのか、僕にはまだ分からなかった。

 でも——いつか分かるときが来る気がした。この新しい目が、きっとそこに連れて行ってくれる。

 窓の外で、海が暮れていく。潮の匂いが、部屋の中にまで流れ込んでいた。


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