第12話 白き聖騎士
第十二話 白き聖騎士
その光は、翌日の昼過ぎに灰枝に着いた。
僕はギルドの前にいた。午前中の採取依頼を終えて、カイとミラと三人で蒼苔を納品したところだった。
南の通りの向こうから、白い姿が歩いてきた。
流視で見なくても分かった。通りを歩く人々が、自然と道を空けている。空気が変わる。静かな圧が、じわりと町に広がっていく。
「——カイさん」
「見えてる」
カイの声が硬い。
白い装束。銀に近い淡い髪が長く、背中で一つに纏められている。腰に細剣。姿勢が良く、隙がない。表情は——遠くてよく見えないが、冷たい印象を受けた。
流視で見ると、全身が光っていた。
比喩ではない。文字通り、体全体から魔素が溢れている。昨夜遠くから見たときは「美しい光」だと思った。近くで見ると——圧倒的だった。カイの何倍もの密度で、しかも粒の流れが整然としている。渦を巻くでもなく、暴走するでもなく、完璧に制御された流れが全身を巡っている。
こんな人間は初めて見る。
「あれが聖騎士か」
カイが呟いた。
「近づかないで。ミラさんもギルドの中に入ってて」
「でも——」
「いいから。カイさん、逃げたほうがいい」
「逃げる? なんで」
「あの人の光……見たことない密度だよ。装甲猪とかの比じゃない。多分、戦ったら——」
「勝てない、ってことか」
僕は黙って頷いた。
カイが舌打ちした。
「……分かった。でも、すぐには動くな。相手の目的が分からない。ユーリを探しに来たとは限らない」
甘い見通しだと思った。でも、カイの言う通りかもしれない。確信がないまま逃げるのは得策じゃない。
聖騎士は真っすぐ歩いてきた。通りの人々が避ける中、ギルドの入り口の前で足を止めた。
僕たちの三歩先。
近くで見ると——若い。僕より少し年上くらいの女性だった。二十代前半。顔立ちは整っているが、表情が乏しい。瞳の色が淡くて、不思議な印象を受ける。
流視で見た光の密度が、至近距離では目に痛いほどだった。粒が体の表面を薄い膜のように覆い、内部では精緻な回路のように循環している。
「——あなたたちは冒険者ですね」
声は静かだった。丁寧語だが、温度がない。
「灰枝ギルドに所属するカイ・レドニス。鉄牌七。と、銅牌の——ユーリ」
名前を知っている。
「なんでこいつの名前を」
「調査の一環です。——少し、話を聞かせてください」
カイが僕の前に出た。剣の柄に手をかけている。
「調査ってのは何の調査だ。俺たちは何もしてない」
「数週間前、この南東の樹海で禁忌兆候が観測されました。遺跡の活性化と、それに続く神罰の予兆。——あなたたちは、その時期に樹海の探索を行っていたと聞いています」
心臓が跳ねた。やはり、あの遺跡のことだ。
「遺跡? 知らないな。俺たちは素材採取の依頼で樹海に入っただけだ」
「嘘をつかないでください。ギルドの記録を確認しています。あの時期、あなたのパーティは四日間の探索許可を取得していた。四日間、樹海の奥に入り——そして、光の柱が発生した」
カイが黙った。
セラスの淡い瞳が、カイの肩越しに僕を見た。
——そして、目が止まった。
「……あなた」
声の温度が、わずかに変わった。
「何が見えていますか」
「え?」
「あなたの目。今、私を見ている——その目。普通の人間の目ではない。何が見えているのですか」
全身が強張った。この人には、分かるのだ。僕の目が何かを見ていることが。
「……答える義務はないよ」
「禁忌に関わる能力であれば、調査の対象になります。——あなたが何を見ているのか、正直に話してください。そうすれば、悪いようにはしません」
「悪いようにしない、ってのは、お前らの国に連れていかないって意味か」
カイが低い声で言った。
「……そうは言えません。能力の内容次第です」
「却下だ。こいつは俺のパーティの仲間だ。渡さないぞ」
空気が張り詰めた。
セラスの表情が、ほんのわずかに——苦しそうに歪んだ。一瞬だけ。すぐに無表情に戻る。
「では、強制的に確認させていただきます」
セラスの唇が動いた。
短い。
一言、二言——それだけだった。長い詠唱ではない。ほんの数語。
それだけで、空気が光った。
「——っ、伏せろユーリ!」
カイが僕を突き飛ばした。白い光がカイの頭上を掠めて、背後の壁に着弾した。装甲片の壁にひびが入る。
一発で、壁を砕く。
町の中だから手加減しているのだろう。それでもこの威力。
「カイさん、右上から光が来る! 二発!」
流視が捉えた。セラスの手から白い粒が集束するのが見える。二つの光球が形成されて——飛んできた。
カイが剣で一つを弾き、もう一つを転がって避けた。光球が地面に当たって、石畳が弾け飛ぶ。
通りにいた人々が悲鳴を上げて逃げる。
「逃げるぞ! ここじゃ戦えない!」
カイが僕の腕を掴んだ。走る。ギルドの横の路地に飛び込んだ。
背後から、セラスが追ってくる。走る速さは——速い。聖騎士の体術が、僕の全力疾走より遥かに速い。
「右の路地! その先に抜けられる!」
流視で町の先を見る。人の光が少ない方向。建物の間を縫って、灰枝の外縁に向かう。
白い光が路地を照らした。壁に着弾して、木材が砕け散る。
「くそっ——詠唱が早すぎる。短すぎるんだよ!」
カイが歯を剥いて走った。
普通の魔法使いは、術を発動するのに長い詠唱が必要だ。言葉の一つ一つが回路を組み上げる手順になっていて、複雑な術ほど詠唱が長い。そう、カイが前に教えてくれた。
だが、セラスの詠唱は数語だ。それで壁を砕く威力の術を連発している。
——異常だ。
流視で見ると、セラスの詠唱に合わせて、体の中の粒が一斉に動くのが見える。短い言葉で、膨大な粒が正確な回路を形成する。まるで——体そのものが魔法の回路になっているような。
きれいだ、と思った。
場違いな感想だった。でも、本当にきれいだった。セラスの魔法は、遺跡の壁の回路と同じくらい精緻で、魔石の内部構造と同じくらい規則的だった。
——同じ仕組みだ。
全部、同じ。
「ミラさんは!」
「ギルドの中にいる! あいつは冒険者だ、ギルドに保護してもらえる! 俺たちは——」
路地を抜けた。灰枝の南端。目の前に樹海の縁が広がっている。
「樹海に逃げるぞ! あの中なら——」
白い光が、僕たちの前の地面を抉った。
セラスが路地の出口に立っていた。息一つ乱していない。
「逃がしません」
静かな声。淡い瞳が、僕を見ている。
「あなたの目。それは——禁忌に触れるものです。引き渡していただきます」
「禁忌? こいつの目がどう禁忌なんだ。生まれつきだぞ」
「生まれつきであっても、禁忌は禁忌です。世界の秩序を乱す可能性がある能力は、管理しなければなりません。——それが、私の役目です」
セラスの手に光が集まった。今度は——さっきまでより密度が高い。本気だ。
「カイさん——」
「分かってる。ユーリ、樹海に走れ。俺が時間を稼ぐ」
「そんなの——」
「いいから走れ!」
カイが剣を抜いた。蒼牙の刃が夕陽を反射して光る。
セラスに向かって、構えた。
僕は——走った。
振り返りたかった。でも走った。樹海の縁に向かって、全速力で。
背後で、金属と光がぶつかる音がした。カイの剣がセラスの魔法を弾いている。カイの叫び声。セラスの短い詠唱。地面が揺れる。
——お願いだから、無事でいて。
樹海の蒼い葉の下に飛び込んだ。木々の間を縫って走る。枝が顔を叩き、根に足を取られそうになる。流視で先を見ながら、人の光がないことを確認して、奥へ、奥へ。
走りながら、セラスの魔法の光を思い出していた。
きれいだった。恐ろしいほどに。
遺跡の回路と、魔石の構造と、セラスの魔法。全部、同じ法則で動いている。ガゼルが二十年かけて感じたこと。僕がひと目で見たこと。
——この世界は、同じものでできている。
その考えが、暗い森の中で、一層強く胸に刻まれた。




