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蒼の樹海の魔素使い——魔法が使えない少年は、世界の秘密を視ていた  作者: 蒼月よる


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第11話 遺物商の忠告

第十一話 遺物商の忠告


 ミラが加わってから、日常が変わった。

 食事が格段に美味しくなった。ミラは樹海の植物に詳しくて、食べられる草と食べられない草の区別がつく。僕の流視で魔素の濃い——つまり品質の良い——薬草や食材を見つけて、ミラが調理する。それだけで、毎日の食事が別物になった。

 蒼苔スープに香草を入れるのは定番になったし、装甲猪の肉の焼き方もミラに教わって上手くなった。根菜の煮込みに樹海のきのこを加える方法、干し肉を蒼酒で戻して柔らかくする技、蒼実の砂糖漬けの作り方——。

 食卓が豊かになると、気持ちも豊かになる。カイが「ミラが来てから太った気がする」と笑った。


 三人での依頼もこなし、日々は順調に過ぎていった。


 転機が訪れたのは、ミラが加わって五日目のことだった。

 灰枝の食堂で夕飯を食べていると、見知らぬ男が入ってきた。

 大柄で、白髪交じりの長い髪を後ろで束ねている。片目に深い傷跡がある。上質だが派手ではない服を着ていて、指に遺物らしいアクセサリーをはめていた。

 男は店の中を見回して、僕たちのテーブルに真っすぐ歩いてきた。

「よう、面白い目をした坊主だな」

 男が僕の正面に座った。許可も求めずに。

「……誰ですか」

「ガゼルだ。遺物商をやってる。——お前がユーリか。噂を聞いてな」

「噂?」

「百歩先の魔獣を感知する新人がいるって話だ。索敵能力が異常に高い銅牌。ギルドのナタリアちゃんが話してたぞ」

 カイが警戒の目をした。

「遺物商? 灰枝に何の用だ」

「商売だよ。このあたりで出た遺物を買い付けに来た。——で、そこの坊主の目が気になってな」

 ガゼルが僕をまっすぐ見た。片目しかない男の視線は、それでも鋭かった。

「お前、魔素が見えるんだろ。——これが何か、分かるか」

 ガゼルが懐から小さな金属片を取り出して、テーブルの上に置いた。

 古びた金属の塊。表面は錆びているが、形は整っている。何かの部品のように見える。

 僕の目には——回路が見えた。

「これ、遺跡の壁の中にあるのと同じ回路がある。金属の中に粒が流れてる。動いてる」

 ガゼルの目が見開かれた。

「……見えるのか。本当に見えるのか」

「見えるよ。回路は——三つに枝分かれしてて、粒が循環してる。品質は……うちの魔石コンロの粗石より、ずっと複雑。良石くらいの密度がある」

「嘘だろ。それは素人の鑑定士でも分からない情報だぞ」

 ガゼルがテーブルに身を乗り出した。

「坊主。お前の目は金になる。遺物の鑑定ができるなら——俺の商売に噛ませてやってもいい。遺物一つの鑑定で銀貨一枚。どうだ」

「おい、商売の話は後にしろ」

 カイが割り込んだ。

「こいつの目を利用するなら、まず信用を見せてもらおうか。お前が何者で、何を目的にこの辺りに来てるのか」

 ガゼルは椅子の背にもたれて、にやりと笑った。

「元冒険者だよ。金牌までいった。今は引退して遺物商だ。各地の遺跡から出た遺物を買い取って、欲しがる連中に売る。神聖国家だろうが反宗教国家だろうが、金を出す奴が客だ」

「金牌……」

「今は隠居みたいなもんだ。足を悪くしてな、前線には出られない。だが目利きはまだ錆びてねえ。——坊主の目は、俺の目利きを超えてる。正直驚いた」

 ガゼルが蒼酒を頼んで、僕たちに振る舞った。上等な蒼酒で、灰枝の食堂のものとは透明度が違う。甘みが深くて、花の香りがする。

「これはデルガの高級蒼酒だ。まあ飲め。——いいか、坊主。忠告してやる」

 ガゼルの声が低くなった。

「お前の目は便利すぎる。遺物の鑑定、素材の品質判定、魔獣の索敵。どれもギルドの鑑定士や熟練冒険者がやってることを、お前はひと目で超えてる。そういう能力は——狙われるぞ」

「狙われる?」

「反宗教国家は遺跡の調査に血眼だ。お前の目があれば、遺跡の探索効率が桁違いに上がる。あいつらはそういう人材を放っておかない。それから——」

 ガゼルが蒼酒を一口飲んだ。

「神聖国家も同じだ。あいつらは禁忌を管理してる。お前みたいな目を持った人間は、管理する側にとっても脅威だし、利用価値がある。どっちに転んでも、放っておかれない」

 カイが黙って聞いていた。表情が硬い。

「忠告ってのは、それだけか」

「もう一つ。——最近、この辺りに神聖国家の人間が来てるって話を聞いた。聖騎士が一人。灰枝には来てないが、近くの集落で聞き込みをしてるらしい。何を探してるかは分からんが——時期が悪い。あの光の柱が落ちてからだ」

 心臓が冷たくなった。

 光の柱。神罰。あの後、神聖国家の人間が来ているということは——

「遺跡に入ったことが、ばれたのかもしれねえな」

 カイがぽつりと言った。


 ガゼルはその夜、いくつかの遺物を見せてくれた。

 どれも古い金属製品で、用途は分からない。だが、僕の目には回路が見えた。遺物の一つ一つに、魔石や遺跡の壁と同じ構造の回路が走っている。

「ガゼルさん。これらの遺物、全部同じ種類の回路がある」

「同じ?」

「枝分かれの仕方とか、粒の流れ方が似てる。魔石の中の回路と、遺跡の壁の回路と、この遺物の回路。全部、同じ法則で作られてるように見える」

 ガゼルが長い間、黙っていた。

「……坊主。お前は今、とんでもないことを言ったぞ」

「え?」

「俺は二十年、遺物を扱ってきた。その中で一つだけ気づいたことがある。遺物には共通のパターンがあるんだ。形は違っても、どこか同じ法則で作られてる感じがする。——お前は、それを目で見てるんだ。俺が二十年かけて肌で感じたことを」

 ガゼルが立ち上がった。

「いいか、この話は他の人間にするなよ。特に反宗教国家の軍の連中には。お前の目の価値を知ったら、何をしてくるか分からない」

「……分かった」

「遺物の鑑定が必要になったら、いつでも俺のところに来い。報酬は弾む。——ああ、それと」

 ガゼルが去り際に振り返った。

「あの遺跡には手を出すなよ。俺は商売人だから売り物にしか興味ないが——あそこにあるものは、売り物で済む代物じゃない。いずれ大きな力を持った連中が、あの遺跡を巡って動き出す。そうなったら、巻き込まれないようにしろ」

 ガゼルの背中が、食堂の戸口に消えた。

 蒼酒の杯を握ったまま、僕は遺物の回路のことを考えていた。

 全部同じ。魔石も、遺跡も、遺物も。同じ回路。同じ仕組み。

 ——この世界は、同じものでできている。

 その考えが頭をよぎって、消えなかった。


 食堂を出た後、夜の通りを歩いていると——流視が、何かを捉えた。

 遠い。灰枝の南東、樹海の向こう。

 淡い光が、一つ。人間の形をした、とても明るい粒の塊。

 僕がこれまで見た中で——カイよりも、ドーラばあさんよりも、ガゼルよりも——圧倒的に密度が高い、美しい光。

「……誰かが、来てる」

「ユーリ?」

「すごく遠いところに——すごく明るい人がいる。今まで見たことないくらい、光が強い」

 カイの顔が強張った。

「それがガゼルの言ってた——聖騎士か」

 夜風が蒼い葉を揺らした。

 光は、ゆっくりと、こちらに向かっていた。


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