王国一の女剣士
とかく、人間という物は『特別』に強く心を奪われる。
それは例えば王国でも至高とされる実力者達である『王の手』と呼ばれる10人の戦士の内の一人である、とか。
建国百年という節目の年に大々的に開かれた武道大会で優勝をしたとか。
そんな大会の優勝者が『王の手』の中で唯一の女性であるとか……。
いずれにせよ、人は『特別』に弱いのだ。
百年に一度の節目で最強の称号を得た女性の剣士なんてこれ以上ないほどに人々の心を奪う。
事実、彼女は『最強』とされて以来、数え切れないほどの歌や絵画、そして真偽定かならぬ物語も作られた。
全て、人々が『特別』に弱い故に。
そんな最強を相手に手合わせを……。
そう考える輩も多く、王国へ訪れる者は多い。
しかし、腕自慢を相手を迎えるのは他の9人の『王の手』ばかり。
「最強を相手にしたい」
そう話す挑戦者に対するは百年に一度の試合で彼女に負けた男……言わばこの国の『二番手』だ。
「まずは俺に勝ってからだ」
そして、現在に至るまで彼は一度たりとも負けていない。
「俺はあいつ以外には負けんさ」
その言葉が彼女をより『特別』へ押し上げているのは言うまでもない。
***
そんな彼女はとっくに『王の手』を降りて主婦をしていることを王都に住む者ならば誰もが知っている。
「『王の手』を降りた理由? 簡単だよ。私、昔から最強になりたかったんだもん」
一つ一つ丁寧に芋を持ち上げて少しでも良い品を買おうとする姿には最強という単語は想起されない。
「実際、私、結構強かったしね。あの馬鹿以外には負けなかったもん。まぁ、あの馬鹿のせいでずっと最強になれなかったんだけど」
彼女は抜け目なく最も良い芋を手に取る。
彼女の夫が庶民的な芋のポトフが好物であるのを知らぬ者は王都には居なければ、良い事がある度に夫にねだられて彼女が料理するのを知らぬ者もいない。
「だけどね。私、強い上に賢いから分かっていたの。大舞台で一度だけ勝てば今までの敗けも全部チャラになるってね。実際そうなったでしょ?」
そう言って彼女はにんまり笑う。
現役を退いた彼女は今でも強いがもう最強ではない。
……いや、実のところ純粋な実力では彼女はいつだって『二番手』だった。
「最強になるには勝ち続ける事が必要なんじゃない。重要な試合で負けない事が大切なの」
彼女は意見が割れそうな事を言いながら鼻歌まじりに歩く。
「ん? 何で、あの試合で勝てたかって?」
誰もが気にしている問いに対して彼女はケロッと笑いながら答えた。
「プロポーズを受け入れられて舞い上がっている馬鹿に私が負けるわけないでしょ?」
彼女の……最愛の妻の陰口を知る由もなく、百年に一度の大舞台で敗れ最強を逃した二番手の男は仕事中にくしゃみをしていた。