第9話 これがわたしのチェックリスト?
「怪我をする前に止められずすまない。できるだけ生徒の可能性を潰したくは無いが、無理な時は遠慮なく無理って言っていいんだからな」
返事をすると花山先生は職員室へと向か……わずにもう一言だけ追加してきた。
「あと、ノックせずに入ったのも悪かった」
今度こそ職員室の方へと歩いていった。
いや本当にね、着替えてる可能性だってあったでしょ。
わたしたちが、お手て繋いで仲良しーってやってたのは女子同士なら良くあるスキンシップだし、それについて謝っているのでしたら全然気にしてませんよ。ってわざわざ言い訳するのも逆に怪しい……。
凛ちゃんは別に気にしてないみたいだけど。
普段より少しゆっくり歩いているわたしに、歩幅を合わせてくれているみたいだった。
2階に上がる階段で凛ちゃんが思い出したかのように大事な話をしてきた。
「咲百合には悪いんだけど、学校で私に話しかけないでほしい」
「えっ、な、な、なんで」
もしかしてハグしたり手を繋いできたのが気持ち悪かった? やっぱり友達にはなれません?
「私と一緒にいたら、咲百合まで酷いこと言われるかもしれない」
わたしへの気遣いや優しさと同時に、凛ちゃんは自分の身も守ろうとしていた。
ここまで積み上げられた凛ちゃんへの偏見は、そう簡単に崩せるものじゃないのかもしれない。
教室の一角、わたしと談笑する凛ちゃんの姿を見たらクラスのみんなはどう思うのか。
「実は結月さん良い人なんじゃね?」
「いよいよ龍園さんを丸め込んでクラスを牛耳る気だ」
「龍園さんも楽しそうだし俺達も怖がってないで話しかけてみようぜ」
「じゃあ悪い噂はなに? 不良っぽくして私達を怖がらせてたってこと?」
「結月さん美形だから話しかけてみたかったんだよね〜」
「全然優しい人じゃん!」
脳内のクラスメイトはプラスの意見が多かった。
正直凛ちゃんの考えは杞憂で、なんならすぐ人気者になれる気もした。
ただ、かけ算の中にマイナスがひとつでもあると答えがマイナスになってしまうように。選択肢の中にマイナスがあるならば、つまりはそれが答えになってしまうみたいだった。
それに凛ちゃんは、嬉しいけど寂しいことに、わたしだけを信用してくれている。
わたしに便乗して、クラスのみんなが一気に話しかけても凛ちゃんは今まで通りの素っ気ない態度かもしれない。
それは余計に印象が悪くなる。
「凛ちゃんの考えは分かったよ。はぁー、せっかく友達になれたのに寂しいなぁ」
「え、私と友達?」
「え?」
「え?」
え?
「わたしたち、まだ、友達になれてなかった……?」
お互いの秘密は、熱い握手は、名前呼びは、わたしはまだ友達だと思われてないのか。
「あ! いやごめん、そうじゃなくて、友達の基準とか分からなくて」
友達の具体的な基準とかあるの? 友情チェックリストに丸を書いたら「はいこれから友達です」ってそれはちょっと冷たいよなぁ。
「一緒にいて楽しい、つい相手のこと考えちゃう、もっと話したい、とか?」
自分で言ってて思った、まるで恋愛感情みたいだなって。
これを同性相手に向けるなら友情なんだろうけど、異性相手なら確実に恋愛だろうな。
いや、この考え方は止めた方がいいかもしれない、同性が恋愛対象になる可能性だって十分にある。わたしは……分からないけど。
「少なくともあんな風に心から話し合えたなら、わたしたちはもう友達だと思うよ」
「友達作れたの、6年振りだ」
そんな事を呟く凛ちゃんの言葉は多分、言った本人よりも受け取ったわたしの方が辛かった。
「凛ちゃん……安心して、わたしたち友達だからね」
思わずもう1回言ってしまった。
「うん、ありがとう」
「とりあえず、話しかけちゃダメっていう凛ちゃんの優しさは分かった。でもだよ? せっかく友達になれたんだし、せめて放課後とか休日はたまに遊んだりしよう?」
凛ちゃんは少し嬉しそうな顔で呟く、可愛い顔だ。
「うん、私もそれはしたい」
「じゃあまずは今日の放課後ね」
凛ちゃんは、教室も時間差で別々に入ろうって提案してきたけど、保健室には一緒に行ったのに、授業が始まってる所へ別れて帰ってきたら逆におかしくなるでしょって言うと納得してくれた。
多分花山先生から伝言があったみたいで、わたしたちは特に何も言われず席に着いた。
着替えてる時間がなかったから体操着のままだ、汗臭かったら嫌だなぁ。
帰りのホームルームが終わると、凛ちゃんは一目散に帰宅していった。あれ、放課後の予約はキャンセルしていませんけど……。ああそうか、学校では話しかけちゃダメなんだっけ。
まぁ普通にラインとかで連絡取れば……取れば……?
いや連絡先交換してないじゃん! 体育終わりだからスマホはロッカーの中だったし、凛ちゃんがクラスのグループラインに入ってるわけもない……。
急いで追いかけようと立ち上がったわたしは、いろはちゃんに声をかけられた。