第8話 素直な女の子は可愛い
「あのさ、龍園さん」
ぎこちなくわたしの名前を呼んでくれたのは、つい今友達になったばかりの結月凛ちゃん!
ずっと話したいと思ってた彼女と仲良くなれてわたし嬉しい! やっと色んな話が出来る!
だって、クラスメイトから聞こえてくる結月さんの話は本当にしょうもないんだもん。
放課後は夕陽の見える河原でヤンキーと喧嘩してるとか、休日は仲間とバイクで町中走り回ってるだぁ?
漫画の読みすぎ……というか本当にみんな信じてるの?
現実的なものから有り得ない噂まで、よりどりみどりだった。
だからわたしは、リアルな凛ちゃんを知りたかった。
そして、今日やっとわたしは凛ちゃんと心を通わせることが出来た。お互いの秘密を話して、今も熱い友情の握手を交わしている。
「龍園さん!」
普段のカッコいい顔や時々見せる不安な顔、実は結構可愛い笑顔も、これからはたくさん見られると思うと嬉しいな〜!
「龍園さんってば!」
友達の声は、上の空だったわたしを引き戻してくれた。
もー、せっかく友達になったんだからもっとラフにいこうよ!
「わたしの苗字ってなんか堅いし、咲百合でいいよ」
「え? ……咲百合さん……?」
わたしは違うとばかりに唸る。
「うーん、呼び捨ての方がしっくりくるような」
凛ちゃんの低い声質と雰囲気でさん付けは違うかなって。
「えっ、いやでも咲百合……さんも私のこと呼び捨てじゃないし」
ごもっともです。
わたしが凛ちゃんを呼び捨てかぁ、なんか似合わないよなぁ。なんて思ってると。
「あ、ごめん、やっぱいい」
何に対するやっぱいい? って聞く前に喋り出した。
「私、ちゃん付けされるのもまだ慣れてなくて、いきなり呼び捨てにされたら恥ずかしいかも、みたいな」
こんな初心な子にいきなり、わたしの事は呼び捨てにしていいよなんて軽く言ってしまい申し訳ない。
もしかしたら、凛ちゃんは友達との接し方を模索しているのかもしれない。
「そ、そうだよね。てかわたしもごめん、呼びにくかったら龍園のままでもいいからね」
すぅーっと息を吸ってゆっくりと吐いた凛ちゃんが、少し頬を赤らめてわたしの名前を呼んでくれた。
「呼んでたらすぐ慣れると思うから大丈夫だよ、咲百合」
お、おぉ……なんかいいなこの感じ。
嬉しくてつい言葉が弾んでしまう。
「凛ちゃん、なんかさっきより素直になった?」
わたしの言った「さっき」は、手を繋いで秘密を打ち明ける前のことだけど、わたしたちが会話した時間はまだ少なく、さっきと言ってもどれくらい前のことか分かりづらかったかもしれない。
てか、誰もいない保健室でかれこれ10分くらい両手繋いでるのおかしいかも……。
「咲百合の前では素直になろうと思って。もう私の弱みは見せちゃったわけだし」
平然とそんな事を言うものだから、わたしは言葉が詰まる。
あんなにクールでキツイ物言いをしていたのに、いやそれもかっこよかったけど。まるで付き合ったら急にデレてくる彼女みたいで可愛すぎる。
落ち着け、相手は同性の友達だ。
「そっか、それは嬉し、いよ」
「そそういえばわたしに何か言おうとしてなかった?」
動揺を悟られる前に話題を切り替えて、上の空だったわたしを呼び戻した時のことを聞く。
凛ちゃんが口を開いたのと同時に、すぐ後ろからガラガラとドアの開く音がして。
「あ、花山先生……」
わたしたちの固く繋がった両手を見て何を思ったか……色々と嫌な想像も浮かんでしまったが、ここで急に手を離す方が不自然だと思い、敢えて繋いだままにする。
今入って来たばかりの先生は、わたしたちが10分くらい手を繋いでたなんて知る由もない。女子同士の軽いスキンシップですよ〜という完璧な作戦だった。
そう思ってたけど、凛ちゃんの返事は花山先生の登場でも打ち切られる事は無かった。
「えっと、いつまで両手繋いでるのかなって言おうと思ってて、そろそろ手汗かいてきたんだけど」
「あ、ごめん」
さっと離した手は、確かに汗で濡れていた。
長い時間握手してないと、こんな事は言われませんよね。
凛ちゃんは自分の手を見つけて何か考えてるようだった。
こんなことならもう少し早く聞き返せば良かった。
「うん、龍園の足が大丈夫そうでよかった。とりあえずそろそろ次の授業始まるから戻れー」
わたしたちは並んで保健室を出る。
足の痛みはもう無くなっていた。