第7話 繋ぐ手と手は、戸惑う私のために。
「あっ、ごめん急に抱きついて気持ち悪かったよね」
絶対に辛いはずなのに、平然と語る結月さんを見ていられなくて、思わず抱き締めてしまった。
結月さんは困惑しているようで、すぐに離れる。
「本当は、誰にも語るつもりはなかった。私が何を説明しても、どうせ信じてもらえないし」
「本当は優しい女の子だって分かれば、みんなからの誤解も解けるかも……」
結月さんは、ゆっくりと首を横に振って答える
「私は、優しい人だと思われちゃいけない。そんな姿を見られたら……今まで私を怖がってた人たちに、今度は何をされるか分からない」
そういうこと、だったんだ。
平気そうな顔や態度だったけど、不良と恐れられるのも、正体がバレるのも怖かったんだ。
「そんなことないよ!」なんて無責任な台詞は言えなかった、きっとそういう心無い人たちは大勢いるから。
「だから、この話は他の人にしないでほしい」
「分かった、誰にも言わない」
結月さんは口だけの約束を信じてくれるだろうか。
不安そうな顔を吹き飛ばすには、わたしも秘密を打ち明けるしかないのかもしれない。でも……。
今にも逃げ出しそうな結月さんの手を握る。
「あのね、結月さんの本心が聞けてすごく嬉しかった。興味本位や面白半分じゃない、わたしは結月さんと仲良くなりたいって思ってたし、今の話を聞いてもっと思った!」
知り合って間も無いわたしからこんな事を言われても、気味が悪いだけかもしれない。だけど、みんなから邪険に扱われる結月さんの姿が、昔の自分と重なって放っておけなかった。そんな自分勝手な理由。
「わたしのこと、信じてほしいから、誰にも絶対に知られたくない話……するね」
わたしは自分勝手だから、誰かに知ってもらいたかった秘密を無理やりぶつける。
別に信用してないとか言ってない、と否定する結月さんの言葉を遮る。
「わたし、中学2年の途中から、卒業するまでずっと不登校だったんだ」
龍園さんの言葉は、正直信じられなかった。
こんなに元気いっぱいで、いつも楽しそうにしてる彼女が、中学生活の半分を不登校で終わらせた?
言葉だけならいくらでも嘘をつける。
だけど、今の龍園さんの表情は、まるで鏡に映る自分みたいで。
絶対知られたくない秘密、でも本当は誰かに相談したい秘密、それを語る時の顔を私は知っている。
今ここで、彼女の手を握り返す事が出来なかったら、私はずっと孤独なままかもしれない。もう二度と私に踏み込んでくれる人は現れないかもしれない。
他人を信じることはとても怖かったけど、今回だけ、たった1回だけ。
もしこの子に裏切られたら、もう全て諦めようと決めて、龍園さんの暖かい手を握り返す。
「あなたのこと、信じる。もちろん誰にも話したりしない」
龍園さんはさっきまでの元気な顔に戻り、緊張が吹き飛んだかのようにため息を吐いた。
「はぁ〜! この話、お墓まで持っていくつもりだったんだけどね、聞いてもらうとこんなにスッキリするんだ!」
その言葉に嘘偽りは無さそうだ。
しかし、龍園さんの顔がすぐに曇る。
「その、なんで不登校だったかは……聞かないの?」
聞いていいのか、あるいは聞いてほしかったのだろうか。
友達がいない私には、こういう時どこまで踏み込んでいいのか分からなかった。
でも、今の龍園さんはさっきよりも怯えた顔をしているように見えたから。
「聞かない、というか言いたくなさそうな顔してる」
私は間髪入れずに言葉を続ける。
「それに、本当に話したかったらさっきみたいに無理やり打ち明けてくるでしょ」
またキツイ言い方をしてしまったかもしれない。
だけど、私の言葉を聞いた龍園さんは、ニコッと綺麗な歯を見せて笑う。
「あははっ! そうだね、そう!」
「聞かないでくれてありがとう、やっぱり優しいね」
目を合わせて真っ直ぐにそんな事を言われると、ちょっとなんか、どういう反応すればいいか分かんない。
「優しいって言われるの、慣れない」
私の正直な気持ちだ。
信じると決めたから、この子にはちゃんと言う。
「じゃあわたしが何回も言うよ! 凛ちゃんは優しい子!」
繋がった両手を少しだけ上げた彼女は、優しく微笑んだ。
自分の名前をちゃん付けで呼ばれたのは、小学生以来だ。他の子からしたら当たり前の事だろうけど、当たり前を知らない私は慣れてなくてむず痒い。
でも、今はそれが心地良くて。
「あんまり言うと凛ちゃんも、いつか自分の名前を『優しい』だと思っちゃうかな?」
「それは、意味わかんないけど」
普通の会話ってこんな感じなのかな?
これから私は、龍園さんと友達になれるのかな?
初めての事が多くて、これからどう接すればいいのか分からないけど、今は不安な気持ちが無かった。
私の高校生活が、やっと始まった気がした。